魔将軍と猛虎将軍
「ドーグラス、あちこち筋肉が断裂してそうだね……治癒魔法かけとくねー。……はい、いいよ」
「……ありがとう」
「しばらく安静ね。後で様子確かめに行くから」
ドーグラスは頭を下げ、曲がった星球槌を持って貴賓席に戻った。
「次! 魔将軍! 魔族ランヴァルド!」
髪に白いものが交じる長身の男性が貴賓席から降りてきた。
額に赤黒い角が、二本生えている。袖付きでフードの付いた濃茶のローブを着ている。ローブには細かく魔法陣が刺繍で装飾され、見たところでは防御と速度に関する魔法陣のようだった。帯剣して革帯に短杖を差していた。
「少しエルクさんと話をしたいのだがいいかな?」
ランヴァルドは、クラレンスに話しかけた。
「エルクさん?」
「ええ、いいですよ」
「ラウノはちゃんとやれてますか?」
ランヴァルドのその言葉を聞いて、僕は破顔する。
「ランヴァルドさんは、ラウノのお師匠様ですか?」
「ええ、そうです」
「ラウノさんは組織の長として、魔王国のために重要な役目を担っています。魔法の実力も上がり、皆から頼りにされています」
「そうですか、それを聞いて安心しました。……もう一つ。クラレンスが闘技場に防壁の魔法が使われていると言いましたが、エルクさんですか?」
「はい。観客席を仕切る壁から上方に使っています。みなさんが入場した時から構築しています」
「……少し試してもよろしいでしょうか?」
「ええ、いいですよ」
ランヴァルドは腰の短杖を引き抜き構えた。
「あ! ランヴァルドさん、ちょっと待って下さい!」
僕は慌てて止めた。
「どうかしましたか?」
「いいえ、ランヴァルドさんが魔法を使っては、敵に、僕に手の内を晒してしまうのではないですか?」
今度は、ランヴァルドが破顔した。
「大丈夫です。……私ではエルクさんには勝てませんから」
二人の会話は僕の魔法で場内に流されていた。それを聞いた観客から驚きの声が上がった。
「今の聞いたか!」
「ランヴァルド様が、あの子どもには勝てないと言ったぞ!」
「……魔将軍がかなわないと言ったのか! 何者なんだ! あのエルクって子どもは!」
「では、少し試させていただきます」
そう言うと、ランヴァルドの短杖から火弾が四方八方に飛んだ。今まで会った魔術師の中では、一番詠唱速度が速かった。ほぼ無詠唱だね。
ドドドドドドドドドドッ!
観客席の手前で火弾が弾け、のけぞった観客から悲鳴が上がった。
防壁に当たる火弾は、どの魔術師よりも高温だった。
観客席の手前で火弾の爆炎は上方に抜け、被害を受けた者はいなかった。
「良いようですね。……これなら思い切って打ち込めます」
ランヴァルドの笑みが深くなった。
いや、いや! ランヴァルドさん! 顔怖いです。
「納得していただけましたか?」
「はい。では始めることにしましょう」
僕とランヴァルドは距離をとって向かい合った。
「始め!」
ランヴァルドの攻撃は、今見せた火弾ではなかった。岩の槍と氷の槍が入り混じって、僕に向かって飛んできた。
僕は小刻みに跳んで、土と氷の槍をかわした。
二重詠唱? 土と氷を同時発動か……速いねぇ、詠唱も槍の速度も。おまけに僕の動きを誘導してるし。
僕の着地の瞬間、土の槍が広範囲で地面から生える。槍の先端、普通なら足を貫くはずが、僕は軽やかに穂先を歩いた。
ランヴァルドが眉をひそめ、更に詠唱をする。
僕が足を置く土槍の間から、炎が立ち上がる。
跳び上がった僕は、後ろ向きに回転し、炎の外に着地しようとした。その場所に氷の槍が地面から伸びる。
空中で手足を大きく広げた僕は、下から風を吹かせて舞い上がり、更に遠くに降り立った。
僕の周りに全身を包むように氷の塊が現れたが、スウッと消えていった。
僕はランヴァルドに視線を固定したまま、横に走り出した。追いかけるようにランヴァルドから火弾、氷弾が放たれるが、僕が走る方がわずかに速い。
走る僕に、火弾が「ククッ」と曲がって向かってきた。
僕は右手を広げ火弾を受ける。また爆発せずに消えていった。
「おおっー! 曲がった! 火弾が曲がったぞ!」
「あれだ! あれが魔将軍だけができる魔法! 縦横無尽の魔法弾だ!」
観客から大きな歓声が上がった。
ランヴァルドの魔法弾が、闘技場の広さ一杯を使って距離と速度、威力を変えて迫る。
へぇー、曲げるか。……標的設定か、行動予測か?
僕は立ち止まると、両手をランヴァルドに向けた。
迫る火弾と氷弾を狙い、僕も魔法弾を放つ。火弾には氷弾、氷弾には火弾を当てて相殺する。
曲線軌道で迫るランヴァルドの魔法弾に、僕が放つ魔法弾が曲線を描いて当たっていく。
「あれを! あの子も曲げる!」
ガガガガガガガガガッ!
僕とランヴァルドの中間地点で、それぞれの魔法弾が爆発する。
二人の間の爆発の距離が変わり、僕に爆発が近づいてくる。僕からの魔法弾が止まり、ランヴァルドの魔法弾が僕に迫った。
僕に当たる直前、魔法弾の前に手のひらほどの青い光の盾がいくつも現れ、魔法弾が命中するとともに消えていった。
試しだったけど、盾でも、距離があっても、魔力吸収ができるね。
急にランヴァルドが後ろに飛んで下がった。何も見えないが、ランヴァルドの周りから空気弾の破裂音が連続して響いてきた。
「クッ!」
薄っすらと空気が揺らめき、ランヴァルドの前に防壁があるのが見えた。
僕の身体を中心に、光弾が回り始め、上昇し、ランヴァルド目掛けて落ちていった。体には当たらないが腕を伸ばしたくらいの近くに、光弾が地面に突き刺さる。土が飛ぶ。
前面にあるはずの防壁も貫いて地面に突き刺さる。土埃にランヴァルドの姿が見えなくなった。
「降参降参! 私の負け! 降参!」
光弾が止まり、風が土埃を吹き払うと、両手を上げたランヴァルドが見えてきた。
「きついねー。……さっきのは光魔法でしょう? 魔王様の魔法ですね」
「光?」
「光魔法って、おとぎ話や神話に出てくる、魔王様が使うやつか?」
「全てを穿ち、全てを焼き払い、全てを浄化するってやつか……」
「ほんとにあるんだ!」
「勝負あり! エルクの勝ち!」
僕にランヴァルドが歩み寄ると会釈をした。
「光魔法を見せていただき、ありがとうございます、エルク様」
「魔王の魔法なの?」
「ええ、魔王ルキフェ陛下だけが使えたと記録にあります。勇者以外の敵を消し去ったとか」
「へぇー」
「魔王ルキフェ陛下が使った魔法?」
「そんな魔法が使えるってことは……」
「うん、あの子……」
「私はそろそろ魔力が怪しくなりましたが……さすがはエルク様、魔力が切れそうにありませんね」
「うん、速さと魔力量だけは人に誇れるんだ。……後でルキフェが使う魔法のお話聞かせてね」
「かしこまりました」
ランヴァルドは貴賓席に戻っていった。
「次! 猛虎将軍、虎人族ヴァルナル!」
貴賓席から偉丈夫が降りてきた。
黄色と黒の縞模様になった頭髪、鼻から口がやや前に出ている。風格を感じる落ち着いた金色の眼。
革鎧、籠手、脛当をつけている。むき出しの腕を見ると、先程の熊人族ドーグラスとは筋肉の質が違うのか、引き締まっていながらも柔らかそうだった。
丸い耳は僕に向けられ、長い尻尾の先端だけが左右に小刻みに振られている。両手持ちの剣を佩いている。
お互いに黙礼すると中央に歩いていった。
「始め!」
クラレンスの合図にヴァルナルが剣を抜きながら飛びかかった。僕も剣を抜いてヴァルナルに向かう。
ギャリンッ!
剣が剣を弾き、二人がすれ違う。走りながら、お互いの隙を探り、打ちかかり、払われる。
急停止して二合、三合と打ち合い、走って距離を取り、再び打ち合う。
「おいおい、見えんぞ!」
「黒い影と音だけだ!」
観客には走り続ける二人の姿がはっきりとは見えず、黒い影が交わり、離れ、斬撃の音だけが残るように見えているようだ。
縦に打ち、横に打ち、上に払い、下に払い、前に突く。一時も休まず、走り、止まり、打ち合う。
フフフッ、こりゃぁ、楽しい!
「楽しいねぇー!」
「ああ、ここまでとはな。ここまでついてきてくれるとはな。楽しいな!」
二人は笑い声を上げて、闘技場一杯に走り回った。
観客の中で見極める者は少なかったが、打ち合い、払い合う度に、どちらかの拳、蹴りが混じり、剣術とも体術ともいえぬ技を出し合っていた。
闘技場中央に来たときに、二人の動きが止まり、離れた。
「ああ、これはだめだな」
ヴァルナルが自分の剣を見た。ヴァルナルの剣は上から下まで刃こぼれしていた。
ヴァルナルは僕を見つめると納刀して、にやりと笑った。それを見た僕も納刀し、同じような笑みを浮かべた。
僕らは見つめ合ってうなずくと、お互いに向けて走った。
拳を振るい、避け、蹴りを出し、身を屈め、地を這うように蹴りを出す。
腕で受け止め、膝で受け、身体を回転させて蹴りを出す。尻尾が襲う。霞むようにしか見えない拳と蹴り。
肉体がぶつかる音と空気を裂く音が闘技場に響いた。肉弾戦となった僕らに、観客が大声で声援を送った。
どのくらいの間打ち合っていたのか、中央で動きを止めた僕らの様子には、明確な差があった。
試合開始の時と同じ様子の僕に対し、ヴァルナルは肩で息をし、防具のあちらこちらに傷が付き、壊れ、顔を腫らし、目尻と口からは血を滴らせていた。
「ここまでだな。私の負けだ。降参する」
「勝者エルク!」
僕がヴァルナルに治癒魔法を使い、共に貴賓席に登った。
「五人の戦士が、魔王国が誇る戦士たちが、敗れました。魔王ルキフェ陛下の後継者として名乗りを上げたエルクに、戦士たちは敵いませんでした」
クラレンスの声に、観客から大きな歓声が起きた。
クラレンスが、手で闘技場の観客を指し示し、僕に挨拶を促す。
僕は貴賓席の前面に歩いていくと、そのまま宙に足を踏み出した。宙を歩き、立ち止まった僕はゆっくりと観客を見渡した。
そこに、竜たちが飛んできた。
ひときわ大きな黒い竜を先頭に編隊を組み、闘技場の上空を飛び回った。
見上げる歓声が一段と大きくなった。
竜たちは編隊を組んだままゆっくりと僕の上に降りてきて、控えるように宙に止まった。
僕は手を広げ、話し始める。
「お伝えしたいことがあります。これまで魔王国を苦しめてきた戦いが、まもなく終わります」
観客が静かになっていった。
「魔王国に、魔王ルキフェ陛下が復活する度に起こっていた『狂乱』は、もう起きません!」
闘技場を静寂が包んだ。
「魔王ルキフェ陛下はまもなく復活されるでしょう。ですが、昔のように無秩序に戦いを望み、魔王軍が他国を侵略する『狂乱』は、起きないのです。ルキフェ陛下は、いままで一度たりとも、他国を侵略することを望んでいませんでした。ご自分が復活されることで『狂乱』が魔王国に不幸をもたらすことを、それが繰り返されることを、嘆き、悲しんでこられました。魔王国に住む人々を深く愛してこられたのです」
僕は、空を見上げた。
「聖教会でした。全てを企んだのは聖教会でした。聖教会がルキフェ陛下をゆがめて復活させ、勇者との戦いを強要していたのです。それを止めるために、ルキフェ陛下が私を遣わしました!」
僕は、静かに拳を空に向ける。
「これから、魔王国を苦しめた聖教会を叩き潰す戦いを始めます! もう二度と魔王国に不幸が訪れないよう、最後の戦いを始めます!」
竜たちが空に向けて、澄んだ吠え声を上げ、歓声がそれに和した。
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