狐人、狼人、熊人


 四人の戦士と親衛隊が、貴賓席に向かう階段を登りクラレンスの横に座った。


「この新しい闘技場には魔法で防壁が張られ、観客席には被害が及ばないようになっています。魔王騎乗竜ガラン殿の攻撃をも防ぐほどです。存分に戦うように。それでは、始め!」



 オーケと僕が向き合うとクラレンスから始めの声がかかった。

 狐人族オーケは小柄な女性だった。

 大きな耳が出ている革兜、太くて立派な尻尾。二本の剣を佩いている。


「……子どもでも……」


 二本の剣を抜いたオーケは、僕に向かって低く飛び出した。左右の剣を高さを変えて僕を挟むように振るう。


 キキンッ!


 鋭い音がして、交差するはずのオーケの剣を、僕の剣が弾き、腕を開いたように払われた。僕が剣を抜くところは、誰の目にも見えなかった、はず。


 壁にはいくつもの角度から戦いが映し出される。壁と会場を見比べ、歓声が上がった。


 オーケは僕を中心に円を描き、剣を振るっては引き、二本の剣で角度と左右を変えて切りつけた。そのことごとくを、僕は一本の剣で払う。

 へえー、速いね。それに鋭い打ち込み。片手なのに重い。で、攻撃しながら詠唱するか。かすかに唇が動く程度でか。


 僕が受け流し、逸れたオーケの剣から火弾が飛び出す。僕は無手の左手を広げて火弾をつかみ取る。火弾は爆発せずに消えた。

 眉をかすかに上げたオーケは、左右に素早く動き、火弾を混ぜて剣を振るう。僕は今度は火弾を剣で切り裂いた。切り裂かれた火弾は、またも爆発せずに消えていく。

 さすが魔王国の戦士。学生とは違うね。剣でもあり、短杖でもある武器か。ではこちらも。

 僕が攻撃し始める。オーケの動きについていき、払い、防ぎながら、斬りつける。手や足を狙い、突きを入れる。


 オーケの剣、持ち手、膝、足先を狙ってほんの小さな火弾を飛ばす。

 「パチ! パチ!」とごく小さな爆発が起き、オーケの動きを阻害する。動きが乱れたところを僕の剣が切り裂く。

 オーケの革鎧が切り刻まれ、切り傷を受けて血に濡れていく。


「クッ!」


 払われた左手の剣が手を離れて飛んでいき、オーケが低く唸った。右手の剣一本になったオーケの剣速が上がった。僕も剣速を上げる。

 そろそろかな? 狐なら来ると思うんだが。


 オーケが僕の膝よりも低く身を屈め、足先を斬りつける。受け流した瞬間にオーケが高く飛び、剣を突き出して落ちて来た。

 オーケには僕を貫いたように見えたが、手応えはない。僕はかすかな動きでオーケの落下を避けている。

 降り立ったオーケの両太ももを、素早く刺し貫いた。

 うずくまるオーケが声を上げる。


「うー、降参降参! ボクの負け!」



「それまで! 勝者エルク!」

「くー、情け容赦ないねぇー。……もっと剣速上げられるんでしょ? それにあれをかわされるとはなぁ」


 近づいてきた僕にオーケが尋ねた。


「まあね。……ちょっと待ってね。……はい、よし! 治癒魔法かけたから」

「お、痛みがなくなった。血も……止まった。ありがとね」

「治癒魔法では流した血は戻せないから、しばらく注意してね」

「あいよ」


 狐って上から獲物狙うから、左右の素早い動きに目を慣らさせといて、上下を混ぜるんじゃないかと思ったんだよね。


「おい、あの子の動き見えたか?」

「いや、見えなかった」

「速いなあ」

「治癒魔法も使えるのか」


 僕と会釈を交わすと、オーケは剣を拾って貴賓席に向かった。


「続いては狼人族ハンネス!」


 黒い髪で防具の類は身につけていない。

 耳は状況判断のためか前後左右に向けてよく動いている。両手持ちの長剣を右の腰に手挟んでいる。顎を引き、ややつり上がった鋭い目を向けてくる。


「始め!」


 僕が歩み寄ると、ハンネスはすり足で詰めてくる。剣は抜いていない。

 抜刀術?


 僕らは少しの距離を開けて歩みを止めた。手を伸ばせば相手に触れる距離。両腕を垂らしたまま向き合った。

 くー、まずいね、達人? こっちは素人だから歩み寄る間に斬れたろうに。気迫負けしそう。


 お互いの目を見つめ合ったままで動かなくなった。


「……動かないな」

「しっ!」


 ……見切れるか……殺したくはない……できるか……後の先。


 ハンネスの両腕が先に動く。僕にはハンネスが、ゆっくりと動いているように見えた。

 ハンネスの左手が鞘をつかみ、右手が柄に伸びて、剣を真っすぐ上に抜く。

 僕は左手、逆手で柄を握り引き抜く。右手が刀身を追う。

 打ち下ろされるハンネスの剣を、横に返した僕の剣が右拳を支えに受け止めた。


 キンッ!

 

 僕の頭上で二本の剣が交差した。ハンネスは剣を完全に振り抜き、僕は剣を横にしたままで止まった。

 ハンネスの剣は柄に近いところで切断され、僕の背中をかすめて地に刺さっている。


 ハンネスが後ろに下がり、自分の剣をみて、僕に会釈した。僕も下がり納刀した。


「……受け止めずに、あのまま胴を薙げたでしょうに」

「いえ、死んでもらっては困りますからね」

「私の負けです。お見事です」

「必死でした」



「それまで! 勝者エルク!」


「なに? 何が起きた?」

「……見えなかった」

「一瞬の勝負か」


 ハンネスは切り落とされた剣先を拾い、断面に見入った。


「折れたのではなく、切られたか」


 ハンネスは剣先を手に貴賓席に登っていった。



「次! 熊人族ドーグラス!」


 貴賓席から巨漢が降りてきた。手には星球槌を持っている。

 丸い耳を出し、鼻あてのついた革兜をかぶっている。茶褐色の髭を伸ばしているが、つぶらな瞳をしているね。

 重厚な革鎧と籠手、脛当をつけ、筋肉ではち切れそうな体。


 星球槌はドーグラスの腕と同じ程の長さの鉄柄。金属の棘を生やした球形の鉄塊がつけれられているが、凶悪な見た目の星球槌を軽々と持っている。大人の男性でも持ち上げるのに苦労しそうな大きさだった。


「始め!」


 ドーグラスが進んでくると、僕は剣を抜かずに、散歩にでも行くように気楽な足取りで歩み寄った。

 ドーグラスが星球槌を両手で構え、素早く身体を回転させて、僕の頭を目掛けて打ちつけた。


 ガコンッ!


 鈍い音と共に、星球槌が受け止められていた。

 僕は左手を顔の横に上げて、受け止めたんだ。

 魔力で棘を防いでるからいいけど。頭が破裂するか、棘に骨ごと顔を剥がされるね。


 つぶらな瞳を大きく見開き、鉄柄をひねるが、星球槌は僕に押さえられて動かない。ドーグラスの顔が紅潮してきたところで僕は手を離した。

 星球槌が後ろに引かれ、僕の頭上から打ち下ろされる。


 ガコンッ!


 僕の頭に当たり、星球槌が跳ね返される。

 帽子の位置を直し、僕はにっこりドーグラスに笑いかけた。


「ぐおおおっー!」


 吠えたドーグラスが、勢いをつけて星球槌を振り回した。

 頭、肩、腕、胸、腰、足と、僕のあらゆるところを打ち据える。


 ガコンッ! ガコンッ! ガコンッ! ガコンッ! ガコンッ! ガコンッ!


 僕は円を描くように下がり、ドーグラスは追いかけ、踏み込んで打ち込む。僕は打たれても微笑みを浮かべていた。


 再び僕の頭上から、ドーグラスが渾身の力を込めて打ち下ろす。僕は左手を上げて「パシッ!」っと受け止めた。

 そのまま、星球槌を引き上げようとするドーグラスと、棘の球形をつかんでいる僕との力比べになった。

 鉄柄を両手でつかんで持ち上げようとするのを、僕は左手だけで己の頭上に留める。

 ドーグラスが荒い息を止め、顔がさらに紅潮し、全身の筋肉が膨れ上がる。革鎧の留め金が弾ける。

 鉄柄が全体に曲がりそうだけど……下から魔力で一点に……。


 ドギィンッ!


 鉄柄が曲がり、ドーグラスが膝をついた。


「はぁ、はぁ、……負け……です。はぁ、……俺の……負けです……」


「勝負あった。エルクの勝ち!」


 一緒に息を止めていた観客から、大きなため息が漏れた。

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