名乗りの方法
クラレンスの執務室に続く会議室で、これからのことについて話し合うことにした。
初めて、魔王城の正門から中に入る。
魔王城は大部分は石造りだが、遺跡も利用している。聖都ウトリーの遺跡は極彩色の珊瑚礁のようだったが、ここでは全てが黒ずみ陰鬱な雰囲気だった。
正面の石段を登った先に、黒い金属でできた両開きの大扉がある。その両脇に大男の門衛がいる。額から、螺旋状の角が二本突き出ている魔族。黒い革鎧を着て、剣を佩き、手には黒造りの槍を持っている。
「エルク様、この者たちは魔王親衛隊の者たちです」
ガランが説明してくれた。
ラドミールが唇を引き結ぶ。
「そうです、ラドミール殿。あなたの一族の仕事を引き継いだ者たちです」
門衛は人の姿になったガランにうなずき、槍の石突で四度扉を叩いた。
静かに内側から扉が開けられた。僕は扉の手前でいったん立ち止まり、目を閉じて黙礼をする。
……ルキフェ……ここまできた……あともう少しだ。
クラレンスとラドミールを引き合わせ、今後の計画を話した。
「いつ、僕が魔王だと知らせ、聖教会に警報を出すか、だけど。こちらに有利な状況を作りたい。まず一つ目は組織化された軍隊の整備だ。これを短期間で行うのは難しいが、精鋭部隊を一つと空軍で対応できると思っている」
「精鋭部隊は理解できますが……く、空軍とは何でしょう?」
クラレンスが首をひねる。
「ガランたち竜族のことだよ。ガラン、済まないが竜族の矜持は脇においてもらうことになる」
「……我々の矜持ですか?」
「うん、人種と一緒に戦ってもらうけど、その方法は気に入らないかもしれない」
「エルク様の命でしたら喜んで従います」
「ありがとう。具体的には後でね。次は経済的なことだ。戦費もそうだけど、戦後、魔王国が飢えないようにしたい。その上で、どの国よりも豊かになる方法を考えてる。そっちはラドと影の一族に担当してもらいたいんだ。情報局も一役買ってもらう」
「はい」
「最後に僕の名乗り。これからは魔王国全体での協力体制が必要になる。聖教会への警報の前に、魔王国国民のみんなに魔王ルキフェの後継者の名乗りをする。だが、これはあくまで後継者の名乗りであり、魔王としての戴冠式ではない」
皆がうなずいた所で、僕は続けた。
「初めて見る子どもを魔王の後継者だと認めるのは無理があるよね。ルキフェが、みんなの前で後継者として名指しするのならともかくね。宝物庫の出し入れやガランへの騎乗でも弱いと思う。クラレンス、魔王国のみんなに納得してもらうにはどうすればいい?」
「……そういうことでしたら確かに難しいですね……」
「魔王国で序列を決める方法は? いや、各部族で族長を決める方法は?」
「力、です。魔法か、武力か。ほとんどの部族が、一番強い者が族長候補になります。もちろん皆を率いる知恵や人望も重要ですが、基本的に一番強い者がなります」
「一番を決めるのは力か……」
「はい。そのために各部族ではよく闘技会を開いています」
「闘技会ね……城の前に闘技場があるけど、そこで?」
「いえ、大体は部族の集落で行われています。もめた時や人数が多い時などはあそこが使われてきました。……ただ今は荒れてしまって、大掛かりな修繕が必要です」
「うーん……よし! じゃあ城前の闘技場で、魔王後継者を決める闘技会を開こう。参加自由は時間がかかりすぎるから、族長や族長後継者、魔王になりたい実力者。各部族推薦で。……勝ち抜きも時間かかるからなぁ。……一対一だけど、僕対その他で」
「よろしいのですか? 全員と戦うことになりますが」
「うん。……ねえ、ガランに勝てる人はいる?」
「いいえ、いいえ、魔王国で一番強いのはガラン殿です」
「本気のガランと戦ってみたいねぇ。ね、ガラン?」
「私ではエルク様には勝てません。ですが、とことんやり合ってみるのも、魅力的ではあります」
「ガラン殿!」
「あ、でもガランと戦うと闘技場が……どんなに広くても闘技場じゃ無理かぁー。僕より強かったら、ほんとに魔王後継者になってもらってもいいんだけど。ガランとはまた今度だね。じゃ、闘技会だ!」
クラレンスは不安そうな顔をしていた。
話し合いは深夜まで続き、翌日から準備に入った。
早朝から、影の一族、商会、情報部にガランの念話で連絡がされた。
僕が提出した宝物庫所蔵品の一覧を見て、その金額にクラレンスが驚いていた。
「これほどの……」
「長いことルキフェに捧げてくれたんだね。ルキフェのために、魔王国のために有効活用しよう。必要資材の購入を情報局、魔王国までの輸送は空軍が担当する。いずれは輸送業を始められるといいんだけどね」
魔王城宝物庫からの資金は、竜族によって運ばれた。
僕の名乗り、後継者闘技会は、三日後となった。各部族に竜族がクラレンスの使者として派遣された。
僕は城前の闘技場を見に行った。浮かび上がって各所を点検する。空に浮く子どもに、近くを通りかかった者が目をむいた。
ここも何らかの歴史があるのだろう。いきなり改築してしまってはなぁ。……隣に新築するか?
僕は高く浮かんで辺りを確認して、魔王城に戻った。
「ねえ、クラレンス、いま大丈夫?」
執務室で夜を明かしたまま着替えもしていないらしく、昨日と同じ服装のクラレンスに声をかけた。
「はい、大丈夫です」
目の下に隈ができて。大丈夫じゃないけど、ごめんね。
「外の闘技場、歴史的建造物としてあのまま残しておくよ。で、街の外、西側の牧草地って誰の所有? 買い取れないかな?」
「……街の西。牧草地ですか。……エルク様のものです」
「あ。……いや、誰かあそこを牧畜で使ってるんじゃないの?」
「はい、街の者が使っているはずです」
「そう。街の長に聞いてみたほうが良さそうだね。その牧草地に新しく闘技場を作るよ」
「えっ? 新しい闘技場ですか? ……今からではとても」
「あ、僕が作るから大丈夫。一応長に言っとくね。クラレンスの名前で新闘技場建設の許可状を貰えるかな」
「……かしこまりました」
新しい闘技場には地下施設も昇降機もいらないな。観客席と排水設備だな。よし錬成しよう。……あ、あれか、あれに似た物が使えないかな? それなら白く出来る。どこかに火山の跡がないかな。それと石灰岩か。ふむ、太古種の記憶にあるコレも使えるか。
僕は空を飛び魔王城の周りを見渡し、錬成材料を採取しに行った。
三日後、魔王後継者闘技大会が開催された。
三日前までは何もなかった牧草地に、一日で建てられた真新しい競技場に誰もが驚いた。
黒い魔王城、薄黒い建材の街に比して、陽を受けて白く輝く円形闘技場。
その壁には、大鹿の角が白く染め抜かれている黒と赤の懸垂幕が、交互に間を開けて飾られている。
竜族の使者は僕の用意した大量の革紐を持って赴き、なるべく多くの人を乗せて戻ってきた。
実際には竜たちが魔法で落ちないようにしているのだが、乗る人が安心するためには手綱に捕まる必要があるんだよね。
食事や休憩用天幕、トイレなどが急遽用意された。
低い太鼓の連打が、円形闘技場から響き渡っていた。
少しの静寂をおき、何度も同じ連打が響く。段々と人々の期待が高まっていった。
太鼓の音につられて、闘技場が街と各部族からの人々で埋まった。
正面に一段高い貴賓席があり、その上には横長で四角い大きな白い壁が建てられている。その壁には外の懸垂幕と同じ、大鹿の角の絵が飾られていた。
小気味良い小太鼓の高い音が加わった。
闘技場にはあちらこちらに白い円盤が浮かんでいる。直径は肩幅ぐらいで何の支えもなく浮かび、ゆっくりと移動していた。
気がついた人々がその円盤に驚き、指を刺して隣の者に教えていた。
高らかな金管楽器の合奏が響き渡った。
やっぱり音楽は必要だよね。音響装置も良いみたい。録画の魔道具はどうかな?
壁に飾られていた角の絵が消え、人の顔になった。貴賓席で立ち上がった、クラレンスの顔だった。
クラレンスが右手を上げて話し始めた。
「お静かに。みなさんどうぞお静かに」
クラレンスの声が闘技場一杯に響き渡った。
ざわついていた観客席が静かになる。
「これより魔王後継者闘技会を開催する。急遽の開催ではあるが、各部族より戦士が集まってくれた。感謝する。魔王ルキフェ陛下の後継者として、一人の人物が名乗りを上げたいと願ってきた。その人物が、魔王後継者にふさわしいのか、すなわち、魔王国で最も強いのか、判断を下すための闘技会である」
クラレンスは、観客を見渡して続けた。
「それでは、その後継者を見極める戦士たちを紹介する」
軽快な音楽とともに五人の戦士が、親衛隊の兵士の先導で入場してきた。
「狐人族オーケ。狼人族ハンネス。熊人族ドーグラス。いずれも戦闘種族の族長後継者の若者である。続いて皆も知る二人の将軍。魔将軍の名を持つ魔族ランヴァルド。猛虎将軍の名を持つ虎人族ヴァルナル」
紹介に合わせて、壁に映し出されたクラレンスの顔が、歩いてくる戦士の姿になる。
歩いてくるその姿が、そのまま壁に映されていることに気がついた観客から、どよめきが起こった。戦士たちは手を上げて観客の歓声に答える。
「将軍」と呼ばれたが、魔王国全体に組織化された軍隊があるわけじゃない。狂乱の影響を受けるから、指揮なんてできないしね。
部族で一番強い者を、人間をまねて「将軍」と呼んでいるそうだ。
戦争時ではなく、平時の呼称なのは皮肉だね。
「では、魔王後継者としての名乗りを希望する者を紹介する」
その声とともに勇壮な音楽が響き渡った。
うんうん、この超人の曲を選んで正解だね。透明感と勇ましい感じ、明るくてワクワクする音楽は必要だよね。
魔王親衛隊と入場してきた者は、小柄だった。
「ドワーフ?」
「いや、髭がない」
「え、あれ、子ども?」
「子どもが?」
壁に映されたのは笑顔の子どもだった。
五人の戦士の横に並ぶとクラレンスが名を告げた。
「彼の名は、エルク。自らを魔王ルキフェ陛下の後継者と名乗っています。このエルクと五人の戦士が戦います。まず最初は、狐人族オーケ!」
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