謀略ノススメ
「やあ、クラレンス。どうしたの? ガランから聞いてなかった?」
「……部屋にいるようにとは連絡を受けましたが……エルク様がいらっしゃるとは……」
「うん、やっぱりねえ、重要な報告は自分で直接したいからね」
僕は執務机の前におかれた椅子に腰を下ろす。
「クラレンス、ルキフェが復活しても『狂乱』しないように出来たよ。魔王国のみんなもね。ほら、僕も狂乱してないし、消滅もしなかった。地下の装置は今止めてきた。あの部屋は誰も出入りができないようにしておいたよ。……もちろん聖都ウトリー側からもね」
クラレンスは、静かに僕を見つめる。
「狂乱しないでルキフェ様が復活できると……ありがとうございます。……いつから……いつからお気づきだったのですか?」
「ん? なんのこと?」
「……私のことです」
「クラレンスのこと?」
「ええ」
「最初に会った時、かな。まあ、確証があったわけじゃないけど。……僕なら、僕が聖教会なら、取り込むのは一番上を狙うから。役に立っているようでも、ザコはザコだからね。あ、でもね、勘違いしないでね。クラレンスを告発しよう、罰しようとは思ってないからね」
「……私は……裏切者ですよ」
「いいや、それは違う。クラレンスは裏切り者じゃないよ。確かに協力したろうけどね。……一族でずっと続けてきたの?」
「……はい。親から子へと。ずっと。私の家族が続けてきました……」
「クラレンス、ご苦労だったね。もう少しでその役目も終えられるから。今少しその役を続けて欲しい」
「エルク様」
そう。クラレンスなんだよね。そこを引き込むのが一番効果的。自白を強要しないで済んで、良かったよ。
「じゃあ、状況の説明ね。まず、魔王国側。狂乱は止めた、ルキフェのも魔王国国民のも。魔王復活の警報は、こちらの都合のいい時に出せるようにしてある。次、聖教会側ね。エウスタキオ主座は押さえた。次期主座には僕の支配下にあるクレマ司祭をつける。まあ、聖教会そのものを無くす予定だけどね。形を変えて、太古種の遺跡を管理する何らかの組織にするつもり」
「……主座を?……聖教会を?」
クラレンスは呆気にとられた。
「各国の有り様も変えるか、変わるかする。もう僕が変えた国もあるし、仕掛けている最中の国もね。それと、勇者が誕生したよ」
「勇者が? ですが、ですがまだルキフェ様は……エルク様が、魔王と、気づかれた?」
「いいや、まだ誰も気づいてないよ。クラレンスが黙っていてくれたしね。……勇者は僕。僕が聖教会に認められた勇者になった。連絡はなかった?」
「……エルク様が、勇者? はい?」
クラレンスが、ぽかんとした顔になった。
「魔王がね、勇者になったの。さて、ここで問題です。魔王が勇者に討伐されないためには、どうしたらいいでしょうか? はい、クラレンス君」
「……魔王と勇者が同一人物……ふふふ、確かに。確かにそれでは勇者に魔王は討伐できませんね」
「でしょー」
僕が計画していることをクラレンスに話し終わった所で、クラレンスが聞いてきた。
「エルク様、我々一族が犯してきた罪を……償う機会はいただけないのですか?」
「うん、いただけない。だって、借りがあるのは魔王だからね。ルキフェがいないのに魔王国の人たちを率いてきたでしょ? 食べさせて、子を産ませて、寒さから守って……本来はルキフェの仕事。いくら聖教会が植え付けてると言っても、魔王を、ルキフェを敬愛する気持ちを、みんなに持たせ続けてきてくれたのは、クラレンスの一族。それを忠誠心というんだよ。人々への忠誠心」
「……忠誠心」
「じゃ、ちょっと聖教会の商人たちとお話してくるから。あとでまた来るねー」
僕は、クツクツと笑いながら、茫然としているクラレンスを一人残して部屋を、魔王城を出た。
ラドが手配して、魔力鉱商会へ来訪の先触れを出してもらう。その後ふたりで商会に入っていった。
「こちらはエルク様。商会を取り仕切るアチェ、ウベ、セタに伝言を預かっています。このような店先では詳細はお話しできません」
僕は、潜入用の戦闘服から略装に着替えている。
「では、こちらでお待ち下さい」
応接室に通されると僕は扉に向いて座り、背後にラドが立った。
お茶を供する者が、そこは、お客様が座るところではないと席を移るよう促してくる。
「ここで構わない。三人を早く呼んできて」
僕のにこやかだが、はっきりした物言いに退室していった。
「失礼する」
一人のいかつい中年が入ってきた。
「やあ、こんにちは。僕はエルクだよ。君は誰かな? アチェ? ウベ? セタ?」
腰掛けたままの僕が声をかけた。
「ウベだ」
「あ、そう。使用人じゃないんだね。僕はね、クレマ司祭からの伝言を持ってきたんだ」
「……クレマ司祭の? こんな子どもが」
「ああ、僕は『機関』に部屋をもらってるんだ。その意味がわかる?」
「……クレマ司祭の……『機関』に部屋をもらう子ども……勇者候補か?」
ウベは僕をまじまじと見つめた。僕の視線を受けて、その身体が震えだした。
「ざんねーん。違うよ、勇者だよ。……さて、他の二人も呼んでよ」
「かしこまりました」
ウベは、部屋を出ていった。
しばらくして、廊下の向こうから複数の声が聞こえてきた。
「勇者だと? 何も聞いてないぞ」
「……まだ魔王が復活していないのに勇者だと?」
「エルク様に失礼なことを。礼儀に気をつけろ」
商館には関係者しかいないのかな。「勇者」「勇者」って、敵地で連呼することじゃない。完全になめてるよね。
「失礼します」
ウベが扉を開けて入ってきて、他の二人を招き入れた。
「どうぞー。何も聞いてないのは当たり前。僕が伝えに来たんだからね」
「……」
二人が顔を見合わせ、改めて座っている子どもに視線を向ける。
「扉閉めて。で、どっちがどっち?」
僕に見つめられた二人が小刻みに身体を震わせた。
「私がアチェです」
「セタです」
「そう、僕はエルク。よろしくね」
その二人も大柄な体形で、商人というよりも兵士に見えた。
「今後は僕の命令か、僕の代理であるこのラドミール、あるいはラドミールの部下に従ってね」
「かしこまりました」
「それと、僕が許可するまで、魔王城地下の『機関』への通路は使用禁止ね。まあ、部屋に入れないようにしてあるんだけどね」
「かしこまりました」
「君たちは立っててね。ラドかけて」
「はい」
「魔王国中央情報局の活動を、魔王国で本格的に始めよう。やっと本国で活動できるよ」
「人員は他から呼びますか?」
「うん、やることが多すぎて手が回らなくなるはずだから。各国の活動を最低限にして呼び寄せてね。人員輸送はガランに相談してね。……アザレア、オディー、ラウノはやれてる?」
「はい、優秀です。すでにフラゼッタ王国で各部の指揮を取っています。他国での組織化についても計画書を提出、稼働し始めています」
僕はにっこり笑う。
「彼らの人選をした優秀な宰相がいるんだ。後でクラレンスに紹介するからね。それで魔王国中央情報局と合わせて、クラレンスと共に早急に整備してもらいたいものがある」
今後について簡単に打ち合わせた後、僕とラドは席を立った。ラドの後ろに立っていた三人に目をうつす。
「あ、君たちのこと忘れてた。彼らへの尋問は、聖教会からの資金の流れを中心にね。いくら魔王国の宰相が優秀でも、魔王討伐後の復興には苦労したはずだ。聖教会から資金が入ってるよね、ウベ?」
「はい。年に数度、聖教会から提供されています」
「それを追えば、聖教会と親しい者がわかる。ラド、情報提供者だからってすぐに罰するつもりはないからね。中には功労者もいる。ルキフェ復活後に、排除するかどうするかの検討をする名簿作成ね」
「はい、かしこまりました」
「……ん? んん?」
そのまま、三人を見つめていた僕は、ニヤリと笑ってしまう。
「……エルク様、お顔が……お下品に……」
「げへっ、げへへっ……ねぇ、ウベ」
「はい」
「商会は、魔王国は、もっと予算が、必要だよね。魔王国では、今年は酷い不作、魔力鉱鉱山も事故多発、交易が不調。復旧の緊急予算を追加要求しないとね」
「え? いいえ、今年は豊作になるようです。鉱業も順調……」
「いやいや、そうじゃないよ。魔王国に今すぐ資金を提供しないと、魔王が復活しても、魔王軍は侵攻ができなくなりそうでしょ?」
「……?」
「ぷっ! ……エルク様」
「ラド、笑っちゃだめ。いくら聖教会が、魔王軍、魔王国の軍備増強に資金援助してくれるからって、笑っちゃぁ、失礼だよ」
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