初めての魔王国


 僕とレーデルは、連れ立って建物をでる。

 陽が傾き、山々が茜色に染まる里の道を、手をつないで歩いた。

 すれちがう里の人も、駆け寄ってくる犬も、草をはんでいるヤギたちも。僕らの目には入らなかった。




 翌日、みんなに会議用建物に集まってもらい、これからの計画について伝えた。


「魔王国で『世界の守り手』の検証をする。ガランとラドミールに同道してもらう」


 僕は、隣に座るレーデルの手を取って続ける。


「もし効果がなければ、僕は狂乱する。僕の体には、狂乱すれば、肉体が滅びる手段が講じられている。ルキフェが用意してくれたものだ」


 レーデルが、僕の手を強く握りしめた。


「肉体は、滅びるけど、魂となってルキフェのもとに戻るだろう。その上で再び、エルクの体でこの世界に復活する。その時は狂乱、いや『変異』が起こらないように、太古種の施設を、魔王城ごと破壊する」


 僕は安心させるようにレーデルに向かって微笑んだ。


「効果があれば、三人で魔王城に行くよ。魔王城の施設を掌握して、聖教会の商人を拘束する。その後は魔王国を世界に認めさせる、共に生きていく同胞としてね」


 改めて、みんなを見渡す。


「僕は失敗をした。策士策に溺れる、を地でいった。思いつめたレーデルに……。皆には僕の計画には、必ず穴がある、と考えてもらいたい。僕の策がうまくいかなかった場合に備え、常に、自分たちで対処方法を考えておいてもらいたい」




 僕はガランと初めて邂逅した場所に飛んでもらった。


「こ、これは? 何の跡なのでしょう、激しい戦闘があったような……」


 ラドが、穴だらけの岩山や、地面の跡を見てつぶやいた。


「あ、この跡ね。てへっ。ほとんどは僕のいたずら。あそこの、地面の深い溝と竜型の窪みは、ガランとの悪ふざけ」


 ラドは僕とガランを交互に見た。


「じゃあ、ここから魔王国の方に飛んでくね。ここから一番近い『狂乱』の影響を受けた者の場所を越えたら知らせるよ」

「はい」




 僕は低く、地面を這うように飛んで、魔王国に入った。

 ガランとの邂逅地点から続く荒野が途切れると、高い岩山が天然の障壁となり魔王国への出入りを阻んでいる。

 岩山の連なりを越え、深い森と湖、河川の土地になった。河川に沿って所々に集落がある。


 もう『狂乱』の影響を受けた場所を過ぎている。僕には異常は感じられなかった。




 ガランたちを呼んで合流し、お互い異常がないことを確認する。


『ホーロラ、今いいかい?』

『はい、大丈夫です。エルク様』

『うまくいったよ。狂乱はしなかった。レーデルたちに伝えて』

『かしこまりました』



 ガランと魔王城に向かう。

 長く続く豊かな深い森が途切れると、岩の多い荒れ地に出る。荒れ地の丘の先に黒い地面と尖塔が見えてきた。


 魔王城は、中央の太く高い塔を囲むように複数の尖塔が立ち並んでいる。

 罪を贖う教会を真っ黒にした感じだな。おどろおどろしい。

 ルキフェの姿に合ってると言えば合ってるけど……どの世界でも「黒い色」、暗闇には恐怖をおぼえるってことか。


 塔や建物には瘤のような物が突き出し、規則的な部分と、不規則な部分が入り混じり有機的にも見える。中央の部分、ほんの一部は太古種の遺跡だな。あとは太古種の影響、いや下手くそに真似てるってことか?


 全体が見えてきた所でガランから降りて、しばらく観察する。

 魔王城の魔力の流れは複雑で、「機関」と似た流れだった。


 ガランとはここで別れる。

 ラドは、マントを体に巻き付け頭巾を深くかぶり別行動で街に入る。


 僕はひとり光学迷彩を使って、魔王城に近づいていった。

 魔王城の周りには城と離れて街がある。家々は薄黒い木造で、傾斜の急な切妻屋根が、間隔を開けて並ぶ。

 魔王城と街の間には大きな闘技場も造られているが、壁の多くは崩れ、荒れ放題になっている。

 ガランの背から見た他の集落には、にぎやかさが見て取れる所もあったが、この街は陰鬱な様子だ。市場や屋台には活気がなく、歩いている人もうつむいた感じだった。

 そう大きくない街を見て回り、一度街の外に出てガラン、ラドと合流した。


「ラド、どう?」

「はい、敵の商会は位置を確認しました。入り込ませていた情報部員とも連絡をつけました。商人たちに特段の動きはないようです」

「よし、じゃあ、城に入り、装置を止めてくる。二人はここで待つように」

「了解しました」




 再び光学迷彩を始動させ、宙に飛び城のベランダから、城内に入った。

 クレマ司祭から得た城内の情報を頼りに、地下へと降りていく。


 数階分下ったところから、それまでと様子が変わり、聖都ウトリーのような遺跡が部分的に現れる。無人で照明のない暗闇の中を幾つかの扉を潜って降りていく。



 大きな扉に行き当たった。鍵を魔力で開け、静かに開くと、中から赤い光が漏れてきた。

 中央に赤い色を薄く放つ大きな瘤状の遺跡、太古種の動力炉がある巨大な空間に出た。

 部屋に入って右手に、聖都ウトリーとの通路に繋がる扉、左手の壁際には種類の違う瘤が幾つかの塊になって点在し、それぞれが明度、彩度の違う光を放っている。


『ギデ?』

『はい……もう少し左奥に進んで……そう、これは魔王城に魔力を供給する装置。こちらが時空を制御する装置。決められた空間の時間を停止させることしか出来ない……今の設定では宝物庫を制御している……隣りにある物は魔王国全体に緩やかな精神作用を起こさせる装置。今は一人を、敬愛させる設定になっている』

『敬愛の精神作用か……これで魔王を崇拝させているのか……永い間魔王を忘れないのは不思議だと思った……』


『そしてこれが魔王国全体に、広範囲に、変異を起こす装置』

『こいつを止めればいいんだな』



 ギデの指示に従って、装置を停止させる。

 その指示を、一人でこなすことは普通の人間には無理だった。上と下、右と左の小さな瘤に、同時に触れて魔力を流すなど、複雑な同時操作が必要だった。

 人の背では届かないし、手が二本では足りない。

 魔力を細く伸ばし操作した。


 ……太古種の多くは何本も触手を持つ巨体だからな。セロは複数人でやったのかな。


 目当ての装置の光が消えて、作動停止を確認した。


『隣の瘤が特定の対象に干渉する装置。今は変異させる設定。太古種が目指した精神生命体への進化。そのために様々な生命を星間、異世界間を越えて移植し、実験を重ねた……エルクが見知った世界と、ここの環境や生物たちが同じなのは、その実験の結果だ……新しい実験体も生み出した。今はその実験体に固定されている……ルキフェだ……』

『この装置さえ止めれば……』


 装置の停止を確認した。

 光の消えた装置を見上げた。

 ルキフェ。見てるか? これで「狂乱」は止められるはずだ。後は実際に復活してもらうだけだ。……今すこし、時間をくれ。まだやり残したことがある……そのあとは……。


 さらに奥に向かった。


『これが魔王復活を感知して警報を出す装置として使われているもの……本来は個人の魔力色や魔力量を感知して作動させる通信装置。通信先は今は聖都ウトリーの機関になっているが……他の星、異世界、次元を超えた先にもつなげられる……』

『そうか、そこまでか……それでも、さらに先を願ったのか……』

『今、警報は出ていない。ルキフェから譲り受けた魔力に、元からの魔力、これまで得たエルク自身の魔力が交わり……別の個体と認識されている』

『……やはり、最初に魔王城に出現していれば、ルキフェと認識されかねなかったか……』


 その装置に少し手を加えた。

 自動で警報を出すのを、手動で出すようにってのに近いか。これでこっちの準備が出来たら、魔王復活警報発令だ。




 僕は作業を終えて、上階を目指した。

 城の正面入口からすぐのところに、クラレンスの執務室がある。ガランから在室するようにと連絡してもらっていた。


『ガラン、装置は止めた。いつルキフェが復活しても狂乱しないし、魔王国にもその影響は出ない。実際にルキフェが復活しないと検証はできないが、太古種の装置は停止した。皆に伝えて』

『了解しました……ありがとうございます、エルク様』

『ラド、商人たちの所在は変わらない?』

『お待ち下さい……はい、変わりません。商館に三人ともいます』

『わかった。商人の掌握は、こちらが済んでからにする。今しばらく待機してくれ』

『了解いたしました』


 扉をノックし、クラレンスの誰何の声で中に入る。


「僕だよ、クラレンス。久しぶり」

「……エルク様」


 入ってきた僕を見て、クラレンスは驚いた顔で立ち上がった。

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