後悔


 僕は、聖剣製作に必要な「ウーツ鉱」の調査に辺境大山脈に向かうと聖教会に通知した。

 すでに三本の聖剣が収められていること。

 「ウーツ鉱」を見分けられるのが僕だけであること。

 さらに冒険者ギルドによる連絡網を優先的に使用出来るようにすることで、勇者が聖都ウトリーを離れることの反対意見を封じ込める。

 勇者の機嫌を損ねたら、どうなると思ってるの?



 エウスタキオ主座から、冒険者ギルドに「推挙」という「命令」が出され、僕の冒険者ギルド、金証が用意された。

 各国、各支部での最優先命令権、場合によっては、国王にも命令ができる資格が与えられる。




 エウスタキオ主座に初代主座セロについて聞いてから五日後、僕はラドたちと聖都ウトリーを離れた。


 聖都ウトリーから馬で二日、ガランと合流した。

 案内役としてついてきた白ローブは僕の支配を受け、別れてフラゼッタ王国に向かっていった。


「やあ、ガラン」

「エルク様。レーデル様はお元気です」

「え?」

「レオナイン殿から、エルク様がずっとお気になさっているだろうから、一番に伝えるようにと」


 僕は、頭を抱えた。


「そりゃ、ずっと心配はしていたけど……何かあれば駆けつけられるよう、場所がわかる首飾りも渡したけど……」

「我らの女王になられるお方です。エルク様以外の男が近づかないよう、竜族が常に一人はおそばにおります」

「いや、それって……別にお付き合いしているわけでもないし……こういった事は本人の……レーデルの気持ちが大切だし……本人たちより、まわりが騒ぎすぎると、だめになることも多いし……」




 ガランが僕とラドを乗せた。


「ガラン、里に向かってくれ。レオナインとフノッスに報告することがある」

「はい、レオナイン殿は辺境大森林のエルフ族のところにいます。里に戻るようホーロラに伝えます」




 昼前に、里の会議用建物に入った。フノッスと魔王国中央情報局への参加状況を話しているところに、レオナインが入ってきた。


「こんにちは、レオナインさん。いくつか報告があって来たんだ」

「こんにちは、エルク様」



「まずこれを渡します。『世界の守り手』と呼ばれる魔道具です。勇者とそのパーティーが、魔王を討伐する時に身につける魔道具です。ルキフェのいう『狂乱』を防ぎます」

「狂乱を防ぐ魔道具ですか。そう、以前ご指示いただいた『ルキフェ様が復活した時に起こったこと』ですが、ほとんどのものが憶えていませんでした。ですが、身体が巨人になったとを、私とフノッスをはじめ幾人かは憶えていました」

「うん、それはラドからも報告を受けてるよ。それを基にして影響を受ける範囲も特定できた。この魔道具の効果は、これから僕が実際に検証する。ここに全部で五百個持ってきたから、族長たちや情報局の人たちに配ってね」

「はい、かしこまりました」


「その『狂乱』だけど、実際には別の生物に、いわば変身させてしまう『変異』というものだった。魔王城の地下にその装置が、太古種の造った装置が置かれている。それを止めてしまえば、ルキフェが復活しても狂乱しないし、魔王国の人々も影響を受けないことがわかった」

「太古種の装置……なぜそのような物が」

「ああ、それもわかった。聖教会が、仕組んだことだった。それを止めに行くよ。……ふふ、レオナインさん、フノッスさん、僕は勇者になったんだ、聖教会が公認する、勇者にね」

「はい?」

「さて質問です。勇者になった魔王に、魔王討伐が出来るでしょーか? あ、『世界の守り手』は、『聖剣を造ってやる』って嘘をついて、聖教会に集めさせた材料で、聖教会の施設を使って、『魔王』が作りました」


 しばらくキョトンとした後で、全員で大笑いする。




 みんなで笑いあっているところに、レーデルが入ってきた。


「エルク? エルク!」

「やあ、レーデル、久しぶり! 元気だった?」


 僕は立ち上がり、思わずレーデルに駆け寄った。


「エルク……どうしてここに……」

「ああ、内緒にしていてごめん。実は、学院に入る前に、大おばあ、コホン、レオナインさんとは面識を得ていたんだよ。今ね、僕が聖教会公認の勇者になったと報告したところなんだ。フフフ」

「え? エルク……やっぱり……勇者だったのね……」


 僕を見て輝いたレーデルの笑顔が、変わっていった。目を大きく見開き、涙を浮かべ、苦しそうに歪んでいく。


「……エ、エルク……これ、これね……まだ完成じゃないけど……エルクに着てもらおうと作ったの……」


 手に持っていた袋から、生成りのシャツを取り出して広げた。風に舞う花びらが刺繍されている。


「これを僕に?」

「……ええ、ええ、エルクを……エルクを思って刺繍したの……」


 レーデルの顔が悲しげになった。


「着てみて……その服をこれに着替えて……着て見せて……お願い……今、ここで……」

「……ああ、いいよ」


 僕は着ていた戦闘服を脱いで上半身裸になると、レーデルから受け取ったシャツを着た。


「どう? 似合う?」

「……ええ、似合うわ。思っていた通り……エルクに似合うわ……」


 僕に向けたその目からは涙が流れた。

 笑顔だが、悲しげで、苦しげで、涙を流して、つぶやく。


「エルク、愛している……ごめんなさい……」


 レーデルは短剣を抜いて、僕に突き刺した。


「え?」


 胸に突き刺さり背まで抜けたレーデルの剣を、僕は見下ろした。

 レーデルのくれたシャツに、見る見るうちに血のシミが広がる。


「エルク様!」

「ごめんね、ごめんね、エルク! 私もすぐ行くから! 一緒に行くから!」


 レーデルはもう一本の短剣を抜き、自分の喉を突き刺す。


 ガコッ!


 鈍い音と共にレーデルの短剣は、その細く白い喉には届かず、宙に止った。


「レーデル!」


 ……ああ……そうか、知らなかったのか。苦しめてしまったのか。愛おしいレーデルを苦しめてしまった……愛おしい……。


 僕は胸の剣を抜くと、自分自身に治癒魔法をかけた。


 ……心臓を少しそれてる。苦しめてしまった……悲しませてしまった。


「レーデル、ごめんね」

「エルク……」

「僕が勇者になるかもってことが、君を苦しめたんだね……」


 僕はレーデルに手を伸ばして、指でレーデルの涙を拭いた。


「私は、影の一族だったの。魔王様を崇拝する一族、守る一族。勇者に、復讐を誓った一族。エルクが勇者になるなら……敵になる。一族の苦しみ、そのためにお母様も。家族の苦しみを止めなくては……」

「レーデル、レーデル、ごめんね。レーデルの敵になりたくなくて、嫌われたくなくて、君に、言えなかったことがあるんだ。僕はね、僕は魔王なんだ。僕は魔王エルクなんだ」

「……エルクが魔王?」

「ああ、そうだよ。僕は、魔王エルク」


「レーデル、このお方は私たちの魔王様。ルキフェ陛下の後継者。影の一族がお仕えする、魔王エルク様なの」


 そうレーデルに告げると、レオナインが皆を連れて部屋を出ていく。

 僕は、レーデルの手を取り椅子にかけさせる。


「僕が、僕が魔王になった話を、はじめから……僕が、誰なのかを話すよ」

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