海辺のひととき
影の里から南に向かうと、複雑な海岸線を持ち多くの島からなる小国連邦に出る。
小国連邦は一つの街が国家になっており、その数は五十とも六十とも、さらに多いとも言われていた。
統一された王家や政府はなく、自国も他国も、この周辺をまとめて連邦と呼んでいた。
僕はその都市国家の一つ、ネメナの城門にいた。
気温はそう高くないが、日差しが強い。
僕の服装。明るい色で植物と動物の絵が描かれた亜麻布シャツを、腰の革帯で締めてゆったりと着ている。膝丈の短いズボン、素足に膝まで編み上げた革の履物。
路行く人々は絵が描かれたシャツを物珍しそうに見ている。
徒歩で城門に近づくと、ゆったりとしたひだの多い服装で槍を構えた門衛が誰何した。僕は冒険者の金証を胸に出して見せた。
「? ……なんだ、それは?」
「おい、どうした?」
横にいた別の門衛が尋ねてきた。
「いや、この子どもに、誰かと聞いたら、あれを出した……」
「ん? 金? それは? お前誰だ? これはなんだ?」
僕はにっこりと笑って答えた。
「これは冒険者証。金証冒険者だよ、僕」
「金証冒険者? おまえがか?」
二人の門衛は大笑いし、他の門衛たちや門に並んでいる人達も呼んで、僕を笑った。
ま、当然か。通してもらえるかな。面倒だな。
「ハハハ。まあ、冒険者に憧れるのは仕方ないがな。……で、お前は誰だ? どこから来た?」
「あんまり意地悪そうじゃないから、おにいさんたちをどうこうするつもりはないけどね。……まあ、金証を見慣れないから仕方ないんだね。どうしたら通してくれる?」
「銅証なら見慣れてるぞ……いや、あれ? そういえばマリッサに銅証を見せてもらったことはないなぁ」
「オレはあるぞ。あれ? 金? 金だけど……銅証と同じだ。金? 本物か?」
「え?」
僕は大きくため息をついた。
「確認の魔道具って置いてないの?」
「ここにはないなぁ」
「じゃあ冒険者ギルドって門から近い?」
「ああ、入ってすぐだ」
「じゃあ、こうしてても仕方ないから、本物かどうか確認しに、誰か付いてきてくれない?」
「よし、俺が行こう」
最初に僕を誰何した門衛が名乗りを上げた。
「おい、ずるいぞ、それなら俺が」
「いや、俺が……」
陽気な人たちなのかな。らちが明かない。
門衛は門を塞いで言い合いを始めた。大きなため息をつく僕の頭上に、火の玉が浮かび、見る見るうちに頭よりも大きくなった。
「!」
「ねえ、僕、暇じゃないんだよね。ほら、こうして魔法も使える冒険者だし。さっさと誰でもいいからついてきて。じゃないと……」
最初の門衛が押し付けられて、僕に付いて門をくぐった。火の玉は手を伸ばして僕が触れると消えていった。
門衛の案内で冒険者ギルドに入るなり、門衛が大声を上げた。
「誰か、この子の冒険者証を確認してくれ!」
「なによ、木証や鉄証くらい見分けなさいよ。怠けに来たわけ? それともあたしに会いに来た?」
受付に並ぶ冒険者から威勢のよい明るい声がした。声の主はひだの多い軽そうな布を幅広の革帯で締め、剣を吊った女性だった。
「いや、それがな、マリッサ、この子の冒険者証が『金』なんだ。本物かどうか確かめて欲しいんだ」
「金だって! はん、あんたの後ろの子が? 金? その子が金ならあたしは」
「ええと、ちょっといいかな。また長くなりそうだから、受付のおにーさん、これ確認して」
僕は受付に進んで、若い男性に金証を手渡した。
半信半疑ながら金証を魔道具にかけて大声を出した。
「え? これは……本当に金証!」
「ええー!」
「金証冒険者エルクです。優先の情報もあるでしょ?」
「はい。優先権が、え? 冒険者ギルド総長への最優先命令権!」
「ええー!」
「本物だー! 本物だー! 本物だったー!」
冒険者ギルドを飛び出していった門衛の声が残る中、僕は受付に命じる。
「この伝言を最優先で送って。宛先は聖ポルカセス国、聖都ウトリーのクレマ司祭。今すぐにね。そこの食堂で返事を待つから」
「……はい……かしこまりました」
僕は遠巻きにしている冒険者たちを置いて食堂に向かい、エールを受け取り、焼串の盛り合わせを注文して席についた。
エールは温かったので氷魔法で冷した。焼き上がった合図を受けて焼串を取りに行くと肉と一緒に、烏賊や貝があった。
おお! いいね、海産物。うーん、豆の調味料が……あ、いや、まてよ。
僕は料理場に声をかけた。
「あのー、すみません。魚を塩漬けにした調味料ってないですか?」
「ん? あんた、島出身かい? ……それならこれがあるけど……臭いよ?」
「うんうん、その臭いのだと思う。ちょっと味見させてー!」
うん、ガルム! 魚醤だ! これを海鮮串焼きにかけて。お替りのエールを急速冷却して流し込む! ……ぷっはぁー!
「金証を見せなさい!」
「……?」
貝焼きを頬張ったままの僕に、甲高い声がかかった。
声をかけてきたのは、白髪交じりの髪を三編みにして頭に巻き付けた、褐色の肌の女性だった。
「さあ、見せなさい!」
「ングッ!」
僕は自分の口を指差し、貝を噛まずに、あわててエールで流し込んだ。
「グウッ! はぁはぁ、死ぬかと思った」
「見せなさい!」
声が更に高くなった。
「……だれ?」
「何度言わせるの! 金証を見せなさい!」
「はあ? あんただれ? って聞いてるんだけどね。礼儀知らずな人だな」
「いいから、早く!」
「いやだ」
「……え?」
「知らない人に、なぜ命令されなくてはならない。いやだ!」
「あの子、逆らったぞ」
「いや、この辺の子じゃないし……金証だけど」
「あーあ、ああなると怖いぞ、ギルド長は」
遠巻きに僕を見ていた冒険者から、小声が聞こえてきた。
「……金証を見せろ、ってことは、返事が来たのかな」
そう言うと僕は女性を無視して立ち上がり、受付の若い男性の所に向かった。
「あなた! ちょっと待ちなさい!」
歩いてくる僕と後ろを追いかけて来る女性を見て、受付が青い顔になる。
「おにーさん、返事来た?」
「あ、……あ! いいえ! まだ送っていません!」
「はい? 送ってないって、どういうこと? 命令が理解できなかった?」
「ちょっと待ちなさい! 金証を見せなさい!」
「……ひょっとして、あんたここのギルド長?」
「そうです! ギルド長のバシレオです!」
「だから、そう名乗ればいいじゃない。……で、送ってないってどういうこと、おにーさん? 魔道具の故障?」
受付にさらに尋ねた。
「あ、いえ、ギルド長が……」
僕は、バシレオに向き合った。
「なぜ送らないの? 急いでるんだけど」
「き、金証を見せなさい!」
「理由は? なぜあんたに見せなければいけないの?」
「身分を偽る者の伝言など送れません! あなたのような子どもが金証のはずありません」
「はぁー。……これ、はい金証。もう一回魔道具に通して」
僕は金証を外して、受付に渡した。
「で、納得した?」
「……そんな。こんな子どもが金証になったなんて連絡きてない……それも総長への最優先命令権……聖教会め!」
「おにーさん、先に伝言送ってくれる? ギルド長にはゆっくり説明するから」
「あ、はい、しかし、操作はギルド長しか……」
「ええ? 夜中の緊急事態はどうするの? ギルド長は寝ないの? はぁ。バシレオさん。僕の命令に、あなたは従わなくてはならないのは、理解した?」
バシレオは僕を睨みつける。
「送れないなら、ギルド長の任を解くけど? 僕にはそれが可能だってわかるよね」
「……ニコラ……送って。あなたはこちらに来て」
ギルド長執務室で、僕はバシレオと向き合った。
「金証冒険者エルクです、自己紹介してなかったね。聖都ウトリーの主座会議議員が冒険者ギルドに命じて、僕を銀証から金証にさせたんだ。……聖教会をあんまり良く思ってないみたいね」
「……『完了。劇場に変更なし。ありや?』……こんな伝言で十日分の魔力を使わなくてはならないなんて……」
「ふーん、そうか十日分の魔力か」
「みんなが、どんなに苦労して魔物を狩ってると思ってるの? 海の魔物を狩るのは陸とは違うのよ。海に落ちたら死ぬのよ。それを聖教会は……」
「そうか。……じゃ、僕が使った分の魔力は充填するよ。そこまで苦労しているとは知らなかったしね。魔力充填の魔道具ある?」
別室にいき、伝送魔道具の使用済み魔石に、魔力を充填した。
バシレオの話では、魔術師に魔物討伐の支援をさせて冒険者を守らせ、充填が後まわしになっているという。海に面した都市国家ではどこも同じ苦労を抱えているとのことだった。
「……さすが金証なのね。一瞬で充填してしまうなんて……。ごめんなさい、さっきの態度は悪かったわ」
「いいえ、僕も無理なお願いしてしまってごめんなさい」
それから、バシレオと話すうちに聖教会についての愚痴になっていった。
聖教会。どこにでもギジェルモ司教のようなやつがいるのか。聖教会がどうなるか教えてやれればいいんだけど。
そこに返事が送られてきた。
「……返事よ。『なし』……これだけよ」
「ありがとう。ええと……はい、受信分の魔力も充填したよ。じゃあ僕はもう行くね」
「ええ、ありがとう……ここに腰を落ち着けるの?」
「ううん。僕はやらなきゃいけないことがあるから。またどこかでね。……あ、ねえ魔王が復活したら、バシレオはどうするの?」
「魔王が? ……討伐依頼が出て、みんなを連れて討伐に行くことになるわ。まあ、百年復活してないけど。もしそうなったら、ここは大混乱ね」
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