軍資金と国家予算


 僕は魔王城で、魔王軍の訓練をして、ラドたちの準備が整うのを待っていた。空軍輸送機……竜の背に乗ったラドが帰還して、現状を報告してくれた。



「エルク様、これは本当に必要なのでしょうか? 金儲けをするなど……」

「ルキフェ復活後の魔王国。新生魔王国として世界に出るには、国としての力が足りないんだ。そのための方策の一つだよ」

「前に話されましね」

「ああ。百年魔王が復活していないから、他の国には余力がある。それを魔王国への進軍で吐き出させて、国力を弱める必要がある。フラゼッタ王国のように侵略を考え出す輩がいるからね。軍費で消耗させる。同時に、ラドが手配して商会が大量に買った軍事物資、この投資で利益を出す」

「……魔王討伐で、魔王国が潤うのですか……」

「くくくっ、そうなるといいねぇ。各国の情報局に竜族を配置して、念話の連絡網も整備したし。これで相場の操作が……」

「エルク様、悪いお顔されています。ああ、以前お話くださった……冒険者ギルドのお話で……」

「うん、そう。瞬間的な連絡網が、いかに力を発揮するか、確かめてみようね」


 ラドが思い当たったようにうなずいた。


「さて、『魔王国に魔王後継者が誕生したらしい』噂はどう?」

「はい、冒険者ギルドを中心として、各国同時に噂を流す用意は終わっています。『エルク』の名は伏せて、勇者と同一人物とわからないようにします」

「うん。じゃあ、今日にも噂を流して、三日後に警報を出そう。……今なら……戦後の作付けにも間に合うかな」

「はい」




 聖ポルカセス国聖都ウトリーの「機関」に向けて、魔王復活の予兆を知らせる警報を鳴らした。


 聖都ウトリーの情報局から、クレマ司祭が警報を受け取り討伐の準備に入ったと知らせが来た。僕の指示通りにクレマ司祭からエウスタキオ主座、主座会議に報告がなされた。

 勇者エルクは辺境大山脈にて聖剣を製作中だが、連絡はいつでも取れる。今回は勇者も主戦場で合流する。

 聖教会の威光を強く印象付けることを今回の魔王討伐の主目的としたのでエウスタキオ主座以下、主座会議議員全員が従軍することになった。

 議員からの異議をエウスタキオ主座が却下し、今までに例のない、聖教会総出の参戦となった。

 新聖剣の威力を見せつけるために、各国からの討伐軍には王家も必ず参戦するよう強く命じられた。


 迅速に遠征準備が進められ、聖教会騎士団を主力に、聖都ウトリーを出発した。


 各国の聖教会から魔王復活の急報が告げられ、魔王討伐依頼が冒険者ギルドに出された。

 各国軍は速やかにノルフェ王国東部、ベルグン伯爵領、領都ベルグン郊外で合流。

 ギリス王国および小国連邦は、魔王国に続く荒地、南北に長い絶壁上で合流する事と告げられた。




 魔王国では魔王城の東に、二階建ての大きな白い建物が新しく建てられていた。

 新設の闘技場と同じ建材が使われ、横幅がある大きく広いガラス窓が並んでいる。

 僕が錬成魔法で建築したんだ。魔道具による冷暖房、上下水道を整備してる。水洗トイレには温水洗浄機が備えられていた。これはとっても重要。

 その建物には僕とクラレンスの執務室、私室、魔王国中央情報局、魔王軍統合参謀本郡を置いている。近くに練兵場も併設した六角形の国防総省は計画中。


 聖教会、各国軍の進行状況は竜族の念話を使って情報部に集められ、参謀本部の広い統合司令室に送られる。

 部屋の壁には、大陸、討伐軍集合地、魔王軍が予定する主戦場の、高高度からの静止映像が映し出されていた。

 その静止映像の前には大きな透明な板が設置され、各国の討伐軍の進軍情報が書き込まれていく。



「やっぱり遠い国は時間がかかるね。最西端のペルワルナ王国騎士団は先遣隊二十騎が聖ポルカセス国に入ったばかりか。本隊王家軍の進行が遅いな」

「王族の馬車による進軍の影響です。報告では王妃や王女たちも連れ、供揃いがむやみと多く、王宮が移動するようだと伝えてきています」

「あそこはねぇー、困ったもんだよ。間に合う?」

「……おそらくベルグンに着くには一年はかかるかと……」

「ハァー」


 大きくため息をつく僕にラドが答えた。


「ペルワルナ王国の記録では過去の魔王討伐軍にも間に合っていないようです。戦後に各王室との婚姻が増えていますので、それが目的かと」

「身近じゃないんだろうね、魔王復活の恐怖が。……ベルグンのおかみさんたちとは危機感が違うってことか。クレマ司祭に命じて急がせて。王と王太子、騎士団本隊だけでも間に合わせるように。観客が揃わないと面倒だからね」



「ギリス王国軍の進行が止まりました。北に向かう街道が、山崩れで埋まっているようです」

「……わかった。……今から行って街道を復旧してくるよ。……自分に攻めてくる軍隊の便宜を図るのは、やっぱり、どうかしてるよねぇ」


 ラドが手で口を押さえ、笑いをこらえていた。


「いっその事、魔王国から南に抜ける街道を整備しようか? 小国連邦に抜けて、二つの海をつなぐ……いや、もっと落ち着いてからか。経済効果を見据えないとだめだな。空輸の優位を損ねないようにもしないと」




 魔王復活の警報が出て二ヶ月後、年が変わる前に各国の騎士団がベルグンに集結した。歩兵隊の多くと輜重隊はいまだにたどり着けず、街道を進んでいる。




 僕はベルグンに着いたエウスタキオ主座とクレマ司祭を訪ねた。必要な命令を伝えると、魔王国を偵察するという名目で、すぐに聖教会軍を離れた。


 利に敏い商人のジュストは予想通り、ベルグンにいた。マイヤたちもベルグンにいる。

 ボルイェ商会会頭邸に、マイヤだけを呼び出してもらった。


 応接室の扉を開けて、中で待つマイヤに挨拶した。


「やあ、マイヤ、ひさしぶりー! 元気だった?」

「エルク! あんた、あんた、元気そうだねー!」


 お互いの近況を話した後で、マイヤに来てもらった理由を説明した。


「魔王討伐軍に同行?」

「うん。ベルグンの討伐隊に付いて行ってほしい。報酬はボルイェ商会が支払う。必要な経費もね。僕からの依頼だということは内密にして。……今度の魔王討伐軍の遠征で、あることが明かされる。世界中の人に関係のある、とても重要なことがね」

「世界中の?」

「うん。今ここで教えるわけにはいかないけど。それで、今回の戦いで何が起こったのか……マイヤたちで広めてほしいんだ。世界中で歌ってほしい。劇にしてほしい」


 平和になったこと、夜が明けたことを、歌ってほしい。


「……」

「マイヤたちの護衛に、ゴドの『嵐の岩戸』とダーガの『海風』に最優先護衛依頼を出しているよ。何が起こるのか、その目で見てほしい」





 ベルグンから魔王討伐軍が出立する。聖教会騎士団を先頭に、各国の騎士団が続く。騎士団と王家の騎馬には、聖教会騎士団が数十騎、督戦としてついた。


 ノルフェ王国の東、北から南に伸びる長い絶壁の海近く、崖にできたわずかな谷の切れ目から、魔王国に続く高地へと各国軍は登っていった。



 ベルグンから各隊の上空には光学迷彩を発動した円盤が飛んでいたが、気づく者はいなかった。 


 高地への行軍は雪混じりの天候になることもあり難航した。

 準備を怠り、燃料魔石、防寒具、食料の不足を起こした者には、夜間のうちに聖教会輜重隊と名乗る者が物資を補給する。おかげで凍死者、餓死者は出なかった。


 目覚めが悪いからね。

 この円盤飛翔体……便利だからって世界中に配置して情報を集めたら……検閲して都合の悪い情報を遮断し、毒殺や自爆攻撃に使いたくなりそう。

 ……ラドとクラレンスには、僕に意見してくれる側近になってもらおう。嫌な情報をも、キチンと報告してくれて、間違いを正してくれる側近に。

 僕は、それを受け入れる度量の大きな指導者になろう。




 高地を幾日か行軍した後、討伐軍は陣を構えた。

 穴が空いた奇岩がたくさんある、荒れ地の入り口だった。


 聖教会エウスタキオ主座の天幕を中心に正面は聖教会騎士団、左右に各国の騎士団が布陣した。


 国王たち、騎士団長などがエウスタキオ主座の天幕で軍議を開いた。

 布陣した先に敵である魔王国の姿はなく、なぜここに布陣するのかと聖教会に質問が浴びせられた。


「魔王国の魔物共はどこだ? 記録によるともっと北の魔王国近辺で戦ったとあるぞ」

「ロークス王、勇者のご指示です」

「クレマ司祭といったか……しかし、勇者は魔王討伐に魔王城に向かうのだろう?」

「いいえ。今回はこの地で戦われます。自らお作りになった新しい聖剣を皆様にお目にかけるために」

「新しい聖剣? 勇者が自分で作ったのか」

「はい。もうまもなくこちらに着くと思われます」




 王たちが軍議をする横に、冒険者達の陣が置かれていた。今回は各国の冒険者が集められひとつの集団とされていた。

 集まって話し合うギルド長たちを取り囲むように、各国の冒険者達が武器の手入れをしている。

 その集団の後ろ、冒険者の馬車や荷馬車に混じって家のような馬車がある。


 黒いマントをきつく巻き付け頭巾を深くかぶった小柄な人影が近づいた。


「やあ、マイヤ、来てくれてありがとう」

「あら、エルク!」

「エルク?」

「やあ、ヘリ、トピ。オッシ、こんにちは」

「エルク!」


 マイヤたちの声に冒険者たちが注目した。


「エルク?」

「エルク!」


「やあ、オルガ、ゴド、久しぶりー」

「お前も依頼を受けたのか」

「レーデルから聞いてる、学院で一番なんだって?」

「エルク! 私も、私もいる。依頼を……」


 ゴド、オルガ、ダーガに囲まれた。


『エルク様、準備が整いました。いつでも出れます』

『了解した、ガラン。合図する』


「ああ、みんな、僕はもういかないといけないんだ。またあとで……」

「エルク!」

「やあ、ホルガー、ベルナール、バシレオ。……ギルド長の皆さん、これを」


 そう言って僕は金証を胸元に出した。


「金証!」

「そう、金証になったんだ。……バシレオ、僕のこの金証には冒険者ギルドへの最優先命令権、総長にも命令できる最優先命令権があるのを覚えてるよね?」

「……ええ、エルクの金証には最優先命令権が付いてるわ」


 ギルド長以下、ゴドたち全員が驚いて顔を見合わせた。


「そこで、ギルド長全員に命令する。魔王討伐軍から、聖教会から攻撃命令が出ても、冒険者を参戦させないことを命ずる。ここで起こることを見て、聞いて、持ち帰ることを冒険者の仕事とする。いいね?」

「いや、それは……」

「もし、とがめられたら、『勇者エルクの命令』と言っていいからね」

「勇者エルク!」

「僕はもう行く。命令厳守で。じゃ、またあとで」


 僕は小走りにそこを離れた。


「勇者!」

「エルクが勇者?」

「バシレオ、どういう……」


 ゴドたちの声を背に、エウスタキオ主座の天幕に向かった。


『いいよ、ガラン! 魔王軍、進軍開始だ!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る