魔王国の兵力


 高地に澄んだ高らかな声が響き、北から黒い影が飛んできた。

 黒い影は、見る見る討伐軍の陣に近づき、上空を左から右に横切った。

 澄んだ吠え声は高く、低く、天上からの歌声となって、戦場いっぱいに響き渡った。




「竜だー! 黒い竜だぁー!」


 その声に、中央の天幕から聖教会の者と王たちが飛び出した。


 二対四枚の翼を優雅に広げ、巨大な黒い竜が上空を旋回する。

 その背には真っ白な革鎧姿の女性が、濃茶色の髪と真紅のケープをなびかせ、右腕を高く突き上げている。竜と女性はほのかに白い光を発していた。


「女神、さま?」


 黒い竜は数回上空を旋回したあと、距離を取って討伐軍本陣正面に対峙して浮かんだ。

 発する光が背後に大きく広がり、明るく輝いて消えていった。

 不思議なことに討伐軍の全員に、竜の姿がまるで目の前にいるかのように見えた。竜に乗る女性の暖かく優美なほほ笑みも、自分に向けられているかのように。



 黒い竜が澄んだ高い吠え声を一声上げた。


 北から、ふたたび影が飛んできた。

 さまざまな明るさの赤い竜が二頭一組になり、きらきらと光を反射する大きな箱型の塊を綱で吊るしている。その数は百を超えていた。


「あんな数の竜が!」

「あの数! あの大きさ!」

「なんだ! 何か持っている!」

「なぜ? どうして細かいところまで、はっきりと見えるんだ?」



 赤竜たちは浮かんでいる黒い竜の後ろに緩やかに下降し、次々と箱をおろした。


 最初に降ろされた三つの箱から、小気味良い太鼓のロールが聞こえてくる。大太鼓が腹の底に響く。うん、音響装置はいいようだ。

 箱の前面が大きく開き、音が大きくなる。中から揃いの赤い衣装に高い帽子の集団が降りてきた。手には様々な楽器を携えている。

 勇壮な音楽が、演奏され、戦場いっぱいに響き渡る。


 他の箱からは次々と武装した者たち、兵士たちが現れる。

 ある者は額から角を生やし、ある者は大きな耳に尻尾があった。


 中央の箱から出てきた兵士は揃いの黒い革鎧、黒いベレー帽を身につけている。全員が長い槍を天に向かって携えている。

 別の箱からは青い革鎧、青いベレー帽、短躯。多くが両刃の斧を持っているドワーフの兵が出てくる。

 さらに別の箱からは白いベレー帽、白い革鎧、長弓を背負ったエルフの兵が降りてきた。

 いずれも颯爽さっそうとしていて、きれいに隊列を組んで、音楽に合わせ行進してくる。




 討伐軍の騎士たち、兵士たちが、聴き慣れない大音響の行進曲に列を乱す。あちらこちらで馬たちがいうことを聞かず、逃げ出している。


「敵?」 

「あれが魔王軍?」

「いや、醜い化け物のはずだ!」

「ああ、不細工な巨人たちと聞いたぞ」

「数は多くない。大丈夫、数は多くない」

「しかし、あれは。相当訓練してるし、武器も良さそう……」


 討伐軍のあちこちから、ざわめきが起こった。



 黒い竜が高らかに、今度は二声澄んだ吠え声を上げた。


 北から明るさの違う茶色の竜が、十頭以上で三角形に並んで飛んでくる。

 色とりどりの煙を後ろに引きながら、討伐軍の上空を左から右に横切り、旋回し、一斉に分かれては合流した。

 一糸乱れぬその動きに、討伐軍は、ぽかんと口を開けて空を見上げたままだった。

 最後に大きく旋回すると、煙が止まり、黒い竜の後ろに並んで浮かんだ。



 黒い竜が高らかに三度吠えた。


 北から雲が湧くように影が飛んできた。

 全てが竜だった。


 群れは数頭、数十頭で複雑な形を作って飛んできた。

 地面スレスレに飛ぶもの、大きく円を描くもの、急上昇と急降下を繰り返すもの。

 だが互いに衝突することなく、まるで空で踊りを踊っているような動きで飛んでいる。


 空を埋め尽くすような数の竜が、黒い竜の後ろに浮かぶ。全ての竜たちが澄んだ声を、高く長くあげた。




「馬を落ち着かせろ!」

「あんなに……あんなに……」

「無理! 無理だ! あんな数の竜に! 叶うわけがない!」


 王たちが、司教や司祭に詰め寄った。


「……なぜだ……なぜ、あんな数の竜が。どこから湧いた?」

「おかしい! 主座! 主座! 魔王軍は烏合の衆じゃないのか!」

「ああ、どの記録にだって、化け物がむやみと突っ込んでくるだけとあるはず! あれは、あれでは、まるで軍隊ではないか!」


 その時、王たちの前に小柄な人影が進み出て、マントを脱いだ。

 無帽で、真紅に金ボタンと記章の並んだ上着、白いスラックスに黒いブーツ、翻る黒いケープの裏地は鮮やかな赤。右腰に金の短剣、左腰に黒い剣を佩いている。




「やあ、エウスタキオ主座、遅れた?」

「エルク様!」

「王様たち、いろいろお話したいことがあるんだけど。どうやら戦場の兵士の皆さんにも、一緒に聞いてもらったほうが良さそうだよね」


 僕はそう話しながら、ゆっくりと浮かび上がった。同時に、幾つもの白い円盤をアイテムパックから取り出して宙に飛ばす。僕の魔法を増幅する新型の媒介装置でもある円盤を。


「浮いた?」

「……人が浮く? そ、空を飛んでいるのか?」


 僕は天幕から離れ、魔王軍に向けて一定の高さで飛んだ。


「飛んでる!」

「子どもが飛んでるぞ!」

「何だ? あれは! 子どもが空を飛んでいる!」


 戦場からどよめきが聞こえてきた。


 

 僕が討伐軍と魔王軍の中間で停止すると、空中に僕の姿が大きく映し出された。


「みなさん、こんにちは。お久しぶりの方、しばらくでした。初めましての方、僕はエルクです」


 宙に浮いている僕が、右手を胸に当て左腕を下に伸ばしてお辞儀をすると、空の大きな子どもも一緒に動き、その声は戦場全てに届いた。


「僕は聖剣を発動し、聖教会に『勇者』と認められました。これがその証です」


 僕は左腰の黒い剣を抜き、空に掲げた。

 黒い剣は白い光を溢れさせ、討伐軍から大きな歓声が起こった。


「おお! 白い光!」

「聖剣だ!」

「勇者だ! あれは勇者だ!」

「助かった! 勇者がいれば!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る