緊急偵察。だったはず?


 夜が更けた頃。部屋の扉をノックする音で、僕は起こされた。


「エルク様、エルク様、ラドです」

「ああ、起きてるよ」


 部屋の扉を開け、ラドを招き入れた。夜中にも関わらず、ラドは白いシャツに黒いズボンでキチンとした服装をしている。


「冒険者ギルドからの使いの方がみえております。至急の御用で、討伐の用意をしてギルドに来ていただきたいそうです」

「討伐? 狼が出たかな。わかった、すぐに行く」


 玄関まで降りるとギルドの使いはおらず、寝巻き姿の支配人に聞くと先に出ると去ったそうだ。



 冒険者ギルドには十数人の冒険者が集まっていた。ほとんどが銀証をつけ、銅証が数名だ。


「エルク! こっちだ!」


 ゴドが声をかけてきた。


「ゴド、何があったの?」

「うむ、狂鹿きじかの群れだ。それも普通の群れじゃないようだ」

「狂鹿? 図鑑にあったな。人も喰う草食動物?」

「ああ、南の集落が襲われたらしい。逃げだせた者から知らせが伝わったが、近隣の集落からはなんの知らせもない。全滅したのかもしれん。大きな群れらしい。銀証以上が呼ばれて、偵察に行くことになった」

「……僕は銅証だけど?」

「お前は強いだろうが。俺とダーガの推薦で一緒に行ってもらう許可をもらった」

「エルク様、銀証の方が呼ばれる偵察に同行とは危険です。おやめください」

「ん? エルク、この人は?」

「申し遅れました。私はエルク様の執事です」

「し、執事! やっぱりお前、お貴族様か?」

「ラド! そうだと言い張って押しかけてきたんだ。はぁー、こっちは押しかけ執事のラドミール、こちらは銀証パーティー『嵐の岩戸』のゴド」

「お、おお、よろしくお願いします、ラドミールさん」


 ……すごいな、ゴドは一緒に旅した御者だとわかってない。初めて会った人って認識なんだ。


「みんな、聞いてくれ!」


 声がした方を向くと、白髪の男性が階段の中ほどに立っていた。


「南の山間部に、狂鹿の群れが出たとの知らせがあった。群れの数が多いようだ。そこで、まず偵察を出す。その後、人数が集まり次第、討伐隊を出す。通常なら多くても十数頭だがもっと多く、体も大きいらしい。まずゴド、ダーガ、オルガ。それとドニたち四名の銀証狩人で先行してもらう。いいな。緊急事態なんだ。討伐依頼は断らんでくれ、たのむ」


 狩人は騎馬で、残りは四頭立ての馬車で向かう。途中馬をかえる手配を先行させている。


「エルク様、お気をつけて。ご無事のお帰りをお待ちしています」

「ありがとう、ラドさん、行ってきます」

「エルク、早くしろ、出すぞ」


 馬車には御者二名とゴド、ダーガ、オルガ、僕が乗り、夜の街を疾走する。

 しゃべれば舌を噛む振動を無視して進む。全員が必死にしがみついて振動を耐える。万一馬車が壊れたら、騎乗で向かう予定だ。


 ……この揺れに、革の匂いがキツイ。酔いそうだ。みんなには悪いけど、顔のところだけ魔法で清浄な空気。重力と空気で座布団を作らないと、乗っていられないね。ごめん。


 途中で馬をかえ、夜が明けてきた頃、僕の探知魔法に反応があった。

 十や二十の数ではない。二百を超える。

 馬車は、両側から山がせまり街道が狭くなったあたりに差し掛かかっている、その先の盆地に、ひしめくように狂鹿の群れがいる。


「ぐっ! ゴド! 狂鹿がいる! 馬車を止めて! これ以上進むとまずい!」

「なに! わかるのか!」

「ああ、すごい数だ! 馬車を止めて!」


 ゴドが御者に馬車止めさせると、僕は窓から馬車の屋根に登った。


「ゴド、あの隘路あいろの出口で待ち伏せすれば、一度に襲いかかられない。せいぜい二頭か三頭だ。けど先に進めば囲まれる」

「エルクわかるのか」

「エルク、わかるの? 魔法?」

「ああ、そういう魔法だよ。狩人たちが戻ってくるよ。御者さん、馬車を回せる?」

「いや、だめだ! ここじゃ狭くて時間がかかる!」

「だよね。馬四頭に六人じゃあ、逃げ切れないね」

「お前たち御者は、馬で引き返せ。俺たちで時間を稼ぐ!」

「えーと、逃げなくても大丈夫かな。ゴドとダーガとオルガで隘路の出口で待ち伏せて」

「エルク! お前はどうするんだ!」

「オルガ、一対多数に有効な魔法が使えるのは、誰?」

「くっ、エルクの魔法ならあるいは。でも数が多いんでしょ?」

「問題ないよ。数百なら同時攻撃できるよ。千を超えたら別の魔法を使うさ」

「エルク、おまえ」

「ダーガ、大丈夫だって」


 そこに狩人たちが馬を疾走させて戻ってきた。


「ハァハァ、無理だ、数が、多すぎる! すぐに、やってくるぞ。御者を逃して、少しでも時間稼ぎするしかない。お前たち行け!」


 狩人たちも御者を逃し、自分たちが犠牲になる気のようだ。誰を逃してギルドに報告させるかでもめている。「一番若いお前がギルドにいけ」と残る役を奪い合っている。


「大丈夫だよ。あの隘路の出口で待ち伏せしてね。じゃ行ってくる」

「おい、待て、エルク! エルク!」


 ゴドたちの声を背に走り出した。



 盆地側の出口が見えたところで隘路に何枚か防壁を張る。今回は見える必要がないので無色透明にした。


「馬車でひどい目にあいながらここまで来て、獲物無しも、かわいそうか。八人だから八頭? 御者さん入れて十頭か。まず一頭ずついってみるか」


 路が曲がりくねっていて、ゴドたちからは見えないのを確認して、少し宙に浮き盆地を見渡す。

 狂鹿は、全身をこげ茶色の体毛におおわれ、動くたびに筋肉が躍動する。長い大きく広がった角は幾本にも分岐し、角のないものも少し混じっている。

 ワピチに似てるかな、もっとでっかいけど。角のないのはメス? エルクの角とは違うね。


「全部で二百六十三頭ね、あの一番でかいのがボスかな。でかいって言うより巨大だね。ふむふむ、様子を見に、狩人が山を超えてきそうだから早いとこやるか」


 防壁魔法の魔力に反応して、狂鹿が僕に向かって来る。

 群れの先頭に、空気で作った柵を置く。せき止められた群れは、怨嗟の声を上げて柵を破ろうとする。さらに柵を増やして一頭ずつ仕切って、隘路に通した。

 探知魔法で追跡、ゴド側の出口で仕留められたのを確認する。倒すのに結構時間がかかっている。


「誰が倒したのかなぁ。まあ、獲物の分配は任せよう。次、いくよぉー」


 一頭が出口からでて、次が待つ。倒されたら次。時間はかかったが、十頭全部が順番に倒される。冒険者側に負傷者がいないのを確認した。

 隘路を防壁で塞ぎ、狩人たちも盆地に入れないようにする。


「ごめんね」


 残ったボス以外、二百五十二頭に狙いを定め、細い光弾を撃った。

 狂鹿たちは、ビクッビクッと体を硬直させる。大きく「フウーッ」と息を吐き、その場に倒れていく。しばらく痙攣していたが、全ての動きが止まる。

 ボスが空気の柵を激しく蹴り、体当りする。見えない柵に噛みつき、甲高い怒りの声を長くあげる。


 ボスの前に降りると、怒りからか目を真っ赤に光らせて、枝分かれした巨大な角をこちらに突き立てようと突進してきた。


 ……時間をかけて、苦しめたくはないな。


 軽く会釈をして頭と角を飛び越える。背中の上空から延髄を焼いた。

 ボスは身体を震わせて、前足を折り、「ズンッ!」と前のめりに崩れた。他の狂鹿と同じく、「フウーッ」と大きく長く息を吐き、目の光が消えていった。


「良き転生を」


 横倒しになったボスの頭をなでて、冥福と転生を祈った。



 一頭ずつアイテムパックに入れるのは手間なので、一気に入れられないかとあれこれ試してみた。探知魔法で標的を選んで「入れ」とイメージするだけで一度にすべてを収められた。

 入れ残しがないことを確認して、防壁を解き、ゴドたちのところに戻る。


 歩いて隘路をいくと息を切らし、こちらに走って来るダーガと行きあった。


「エルク、無事か! 狂鹿は追ってくるのか!」

「いいや、すべて倒したよ。そっちは怪我とかなかった?」

「……すべて、倒した? 焼き払ったのか?」

「ううん、そんな勿体ないことしないよ。昨日の魔法攻撃と同じ。脳の一部を焼いたんだ」

「何頭いたんだ?」

「えっと、そっちに十頭送ったから、こっちが二百五十三」


 ……あ、自分の分も入れてた。九頭送ればよかったのか。いまさらだね。


「二百……いや、エルクだからな。もう何を聞いても驚かないよ」


 馬車まで戻ると、みんなが寄ってきた。

 こちらに送った十頭。後ろ足に集中的に矢が刺さり、焦げ、足を切り飛ばされて、首を落とされていた。


「エルク、無事だったか」

「ああ、ゴド。こっちも無事だったね」

「……おかしなことにな。一頭ずつ襲ってきたんだ。まるで順番待ちのように、一頭倒されると次の一頭ってな。……エルクか、エルクだな」

「ねえ、どんな魔法なら、魔物を操れるの? 後で詳しく聞くわね」


 オルガの顔が怖かった。


「狂鹿はもういないんだな?」

「うん、全部ここ」


 僕は自分のパックを指差した。


「……よし、考えても仕方がない。ドニ、元気な馬を選んでギルドに報告に行ってくれ。一頭替えを連れて急いでいけ。討伐隊が出発する前に報告できればいいが。残りの狩人とダーガは俺と来てくれ、討伐を確認に行く。オルガとエルクは御者と馬車を守ってくれ」


 ゴドの命令でそれぞれが動きだす。御者たちが馬車を回していると、オルガが近づいてきた。


「エルク。ここにいる狂鹿も、持って帰ってくれる?」

「うんいいよ」


 標的にして、切り飛ばされた足や首も一瞬で消えた。


「はい、終了」

「……ねえ、エルク。……最初にあなたが狂鹿を見つけたわよね。狩人たちが帰ってくる前に」

「うん、師匠から教わった魔法だよ」

「……その師匠って凄いわね。さぞ、名のある魔術師なんでしょうね?」

「さあ、『師匠』って名前だと思ってたよ。それ以外で呼んだことないんだ」


 ……ルキフェって名前で、たぶん、世界で一番高名な魔術師だけどね。


「そう、会ってみたいわ」

「森に住んでたけど、旅に出ろって言われて。行きたくなくてさぁ、直ぐに戻ったんだ。でも住んでたはずの小屋にたどり着けなかった。無くなったのかなぁ」

「……残念ね……。私は魔術師の資格を取ってから……すぐにあのクソ師匠とクソ魔術師ギルドから逃げ出したの。勉強が途中になったから、教えてくれる人が欲しいのよ。……エルクに弟子入りしようかしら」

「えー! 僕がオルガに弟子入りして、魔術師になれないかなって思ってるのに!」

「あら、私じゃだめよ。もうあと五年しないと、試験に弟子を推薦できないもの」

「そっかぁー、残念」

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