討伐の報告


 ゴドたちが戻ってきたので、来た道を馬車でゆっくりと引き返した。


「で、狂鹿は残ってた?」

「……いや。蹄の跡だけが、ものすごい数あった。だが戦闘の跡はない。……俺は年を取りすぎたのかね。そろそろ引退してギルドに職を見つけたくなったよ。『流浪の果て』で雇ってくれないかな」

「何言ってんのよ。秋にはもう一人子どもが生まれるんでしょ。稼がないとだめなんでしょ?」

「だからだよ。落ち着いた生活をしないとなぁ」


 帰り道はゴドの愚痴と、オルガの教えて攻撃、ダーガの私を忘れるな攻撃で、行きや狂鹿討伐よりも疲れた。同乗した狩人たちは寝たふりを決め込んでいる。



 日が沈む前に、冒険者ギルドに帰り着いた。ギルドは人が多く、ざわついている。ゴドたちが入ると、ざわめきが一層大きくなった。


「ゴドだ。狂鹿を討伐したってさ」

「二百もいたそうだぞ」

「ホントか、偵察に行ったのは八人だそ。二百を倒せるか」

「真夜中に出て、一日だぞ。ほとんどに逃げられたんじゃないのか」

「残りを討伐するのに駆り出されそうだな」

「ああ、準備したんだ、そうでないと困る」


 ラドが、茶色のスカート姿の目立たない若い女性を後ろに従えて、僕たちを待っていた。


「エルク様、お帰りなさいませ。皆様、お帰りなさいませ。ご無事な姿を見て安心いたしました」

「ラドさん、ただいま」

「エルク様、どうぞ、ラドとお呼びください」

「はぁ。ラド、でいい?」

「はい、エルク様。これはヴィエラです。エルク様の小間使いを務めます」

「エルク様、ヴィエラでございます」

「エルクだよ、よろしくね。はぁ、小間使いまでか」


 入り口で待っていた職員に連れられて二階に上がり、一番奥の部屋に通された。

 大きなテーブルと椅子があり、会議をする部屋らしい。ラドもついてきて職員と何事か話して、ヴィエラと出ていった。


 座って待っていると、階段で指示を出していた白髪の男性が、ロッテと一緒に入ってきた。今朝見たときよりも顔色が悪く、目の下に隈ができている。


「ゴド、ご苦労だった。ドニから報告は受けたが、詳しく聞こう」

「ああ、南に四時間ほど行った盆地で、ドニたちが狂鹿を発見。数は二百六十三頭。隘路で十頭、盆地で残りを討伐。一頭も残っていない」

「ドニの報告と同じだな。死体をそのままにしては問題がある。死体処理の部隊を編成しよう」


 話の途中で、ラドとヴィエラが入ってきて、エールを給仕したが、僕以外はふたりを気にも留めなかった。ラドとヴィエラはそのまま僕の背後に控える。


「いや、それには及ばない。全部持って帰ってきた」

「……どうやって?」

「エルク、説明してやってくれ」

「……あの人、だれ?」


 隣に座っているダーガに質問した。


「あ、あの方はギルド長です。ギルド長のホルガー様です」

「ふーん、そうなの。ふーん、偉い人なんだろうねぇ」


 僕は立ち上がり、右手を胸に左手を脇に広げ、優雅に一礼した。


「ただいまご紹介に預かりました、銅証冒険者のエルクと申します。以後お見知りおきを」


 ホルガーが、僕と後ろに立つ二人の見知らぬ人間とその服装に気がつき、慌てて立ち上がった。


「冒険者ギルド、ギルド長を務めます、ホルガーです。え?」


 つられて挨拶をしたホルガーは、にっこり笑う僕を見て呆然とする。


「ギルド長、どうぞお席に」


 そう言って、アイテムパックを背中からテーブルの上に置いた。


「これは、アイテムパック。この中に二百六十三頭の狂鹿を入れて運んできたよ。全部出せと言われてもこの部屋からあふれるしね。ああ、焼け焦げた頭だけなら一つ出せるかなぁ。ここって天井が高いから、角も大丈夫かな?」


 ドンッと音を立て、テーブルに狂鹿の頭を出した。毛と肉の焦げる匂いが、部屋に充満する。枝角は、かろうじて壁や天井を壊さなかった。


「頭一つでこの大きさだからねぇ。イェルドさんのとこにも入り切らないよ」

「これは、狂鹿なのか? 大きすぎないか?」

「ギルド長、俺が今まで見てきた狂鹿の、三倍はでかい。こんなのが二百以上。南の集落が襲われたのだとしたら、全滅していてもおかしくない。生き残りを探しに行く必要がある」

「これが、二百……。ベルグン伯の方で情報収集の部隊を出しているが、追加を出してもらう。……これが、この街まで来ていたら」

「ああ、酷いことになっていたろう。馬車を飛ばして四時間の距離だ。この前の灰色狼といい、何かが変だ」

「うむ、ベルグン伯領全体と王都にも知らせを出そう。冒険者ギルドの各支部にも警報を出しておく。私はベルグン伯のところへ行く、ロッテ、後を頼む」


 そう言い置き、ギルド長は急ぎ足で、部屋を出ていった。

 ロッテが僕を見て、驚いた顔を張り付かせている。


「エルク、あなた貴族だったの……あ、いえ、貴族でいらしたんですか」

「ロッテさん、貴族じゃないですよ。このラドとヴィエラは押しかけ執事と小間使いさん。僕のことを、自分たちの主人の子といって聞かないんだ」

「エルク様、あなた様は確かにお世継ぎでございます」

「ね。それよりロッテさん、狂鹿をどう処理しようか? イェルドさんのところにも入らないと思うよ。他に倉庫があればだけど」

「……まずは討伐数の確認。あとは解体ですが、ギルドの職員だけでは……手配しないと。……魔石と毛皮と肉……角……市場が暴落しかね……商業ギルドにれんらく……」

「ロッテさん、討伐数の確認から、一つずついきましょう。パックに入れておけば鮮度は落ちないから。ただ訓練場じゃなければ全部を出して数えられないし、僕らはもう休みたい。明日の朝からでいいでしょ?」

「そ、そうね。明日の朝、また集合でいいかしら?」


 ゴドたちも了承し、解散となる。

 階段を降りていく途中で、冒険者たちから声がかかった。


「討伐に何人必要だ、ゴド!」

「あ、ああ、みんな聞いてくれ。狂鹿はすべて討伐された。必要なのは後処理だけだ」

「だが、二百以上だろ! 一日で討伐できるわけないだろうが! 被害が出てからでは遅いんだぞ!」

「ふむ……昨日、訓練場で、このエルクが魔法を使うところを見た者はいないか? あそこに居合わせた者は?」


 何人かの手が挙がる。


「見た者なら納得するだろう。エルクが一人で、すべて討伐した」

「……エルクってだれだ?」

「あれかぁ。あれで二百以上もかぁ。あれならありえるか?」

「一人でって。ふざけてんのか、ゴド!」

「俺たちは、寝ずにでかけて行って、疲れてるんだ。さっき手を上げたやつ、みんなに説明してやってくれ、頼む。俺たちは帰る」

「まておい!」

「よし! 説明してやるぞ! 昨日訓練場で何があったか! エルクとは誰か! 狂鹿を倒せるのか、をな。だからゴドたちは帰してやれ!」


 冒険者ギルドを出て、明日の集合を約束して解散する。

 宿に戻り、ヴィエラの部屋をお願いすると、ラドの部屋から離れたところにしか空室はなかった。明日にはエルクの隣が出立するので、空いたら替えてくれることになった。

 食堂と部屋の前で二人とお約束の小芝居をして、部屋で一人になれた。


 宝物庫にクラレンスからの報告書が入っていた。

 魔王国内の魔物に、特に異常なことは起きていない。

 魔族についての報告もあった。

 魔王国ではドワーフが中心となって魔力鉱を産出し、各国に輸出。そのために魔族の商人が外と行き来し、他国で暮らす者もいる。

 魔王が倒された時に、魔王国から出奔した部族も幾つかあったらしい。

 両件とも、調査は続行すると結んでいる。


 ノックがあったので報告書をしまい出てみると、ヴィエラが盆にコップを載せて立っていた。


「宿から新鮮な牛乳を分けていただきました。温めてありますので、よくお休みになれると思います」

「ああ、ありがとう。テーブルの上に置いて」


 コップを置いた後で、ヴィエラが聞いてきた。


「エルク様、汚れ物などありましたら、洗濯をしておきます」

「ああ、洗濯ね。魔法で汚れを落としてるから、大丈夫だよ。ありがとう。……ねぇ、ヴィエラ」

「はい、なんでしょう?」

「ベルグンに来てから、僕にちょっかいを出してきそうなチンピラやスリなんか、排除ありがとう。指示が出ているかもしれないけど、ラドとの作戦があるから、もう排除しなくていいからね」

「はい、そう指示されております。……お気づきとは思いませんでした」

「いやー。美人さんは気になるからねぇー。じゃあ、おやすみ」


 ヴィエラは黒髪、緑の眼でかなりの美人だ。地味な服装。ラドと同じく人目を引かず、周りに溶け込む術を知っているのだろうね。


「ゆっくりとお休みくださいませ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る