数えてね


 朝食を、ラドとヴィエラに横に立たれて取った。

 リリーは興味津々、ハイディは少しおかんむりな感じだ。


 ……オットーの件が済むまでごめんなさいかな。でも、かしずかれて、見られながらの孤食は、どこに入ったのかわからないな。僕、庶民なんだよ! 両脇にかしずかれるのは慣れていなくて重すぎ。次はやめてもらおう。


 自分たちの朝食は気にしないようにとヴィエラに怒られ、冒険者ギルドに向かった。


 ギルドの入り口を入ろうとした時だ。

 僕の前を行く数人の子どもが、入り口でビクッと足を止める。


「あれがエルクか?」

「いや、あの子らをよく見ろ、木証だ」

「銅証だったはずだ」


 中にいる群衆からの注視を受けて、立ち竦んだらしい。

 ラドとヴィエラを従えて入っていくと、どよめきが上がった。冒険者の階級証がない街の人も、大勢いる。


「ああ、あれがエルクだ」

「うん、銅証とお供、まちがいない」

「あんな綺麗な顔の女の子なのに。ホントなの?」

「あいつは貴族らしいぞ」

「気をつけろよ、『あいつ』なんて言ったら首が飛ぶぞ」


 受付のブリッタに近づいて行くと、並んでいた冒険者が先を譲ってくれた。


「おはよー、ブリッタさん」

「おはよう、ございます、エルク、様」

「『様』はやめてね。昨日が灰色狼の買い取り予定日だったはずだけど。イェルドさんの作業は終わったの?」

「はい、終わっています。二階の部屋で精算の確認をお願いします」


 二階の部屋でラドとヴィエラを紹介した。


「ラド、ヴィエラ。下の掲示板から、狂鹿の討伐価格を調べてくれないかな。それと、昨日ギルド長の会議にいた冒険者、ゴドたちを待って、食堂にいるよう伝えて。これは待っていてもらうための飲み物代ね」


 ラドに、小金貨と大銀貨が数枚入った革袋を渡す。


「かしこまりました」


 ラドとヴィエラが部屋を出ていくと、僕は大きくため息をつく。


「ブリッタさん、僕は貴族じゃないから、今まで通りでいいよ」

「でも、エルクさん、あの二人は執事さんと小間使いさんなのでしょう?」

「ふぅー、押しかけられたの。僕が自分たちの主人の世継ぎだって思われちゃって、堅苦しくて息が抜けない」

「ふふ、そうなのね、急に偉くなって、困ってしまったわ」


 ブリッタから精算金額の説明を受けた。


「通常の灰色狼よりも大きく、魔石の品質もよいので、この金額です。ボス狼はさらに品質が良く、こちらの金額です。ボスの毛皮も素材としてはもちろん、好事家への高額売却も期待できますので、その分を上乗せしてあります。いかがでしょうか?」

「うんと、毛皮は三十、魔石は二十九と。はーい、わかりました。そうだな、小金貨を五十枚、大銀貨五十枚を現金で。後は、口座にかなぁ。受け取るのは下の受付だよね?」

「ええ、そうですが、用意してこちらにお持ちしますよ」

「ううん、ちょっと訳があってね。下で受け取りたいんだ。その金額が用意できたら教えてよ。それとね、二、三日中に知人がベルグンの街に来るんだけど、その人、ボクの宿を知らなくてね。冒険者ギルドで登録するってことしか知らないんだ。だからギルドに僕を訪ねてくると思う。お手数をかけちゃうけど『ガランに言われて、エルクを訪ねてきた』って人がいたら、宿を教えてあげてくれないかな、お願い」

「ふふ、いいわよ。他の職員にも話しておくわ。『ガランに言われて、エルクを訪ねてきた』ね」

「ありがとうー」


 二人で部屋を出て一階におりて、ゴドたちのところに向かった。


「おはよう、エルク。済まないな、飲み物をもらってるぞ」

「おはよう、みなさん」


 昨日の討伐メンバーから、これまでに討伐した魔物の話を聞かせてもらった。狩人の役目ってのが面白い。偵察の技術って役に立ちそう。

 常に命の危険がある、ハイリターンだがハイリスクな仕事。冒険者ってそうらしい。

 用意ができたと受付から伝言が来たので、大勢の人の間を通って受付に向かう。


「はい、こちらの金額になります、お確かめください」

「はーい。ええとぉ、小金貨が五十枚だったね、一、二、……」


 僕はわざとゆっくり数える。後ろから様子をうかがう見物人に、金貨銀貨を見せて、金額を確認していく。


「あれって、昨日の狂鹿の代金?」

「いや、解体はまだのはずだ。たぶんその前に持ち込んでた、灰色狼の分だろう」

「すげえな、あれだけありゃ寝て暮らせるぜ」

「あんな子どもが、金貨を。俺も冒険者になろうかな」

「あの子、大丈夫なの、あんな大金持ってて、悪いやつに狙われないといいけど……」


 食堂に戻ると、ロッテがイェルドと一緒に来ていた。


「そろっているわね、おはよう、みなさん」

「ぼうず、灰色狼は苦労させられたぜ……だが、もっと凄いのを持って来たんだって?」

「イェルド、エルクが灰色狼を出した時にいられなくて残念だったぜ。でもな、今度のは、あんなもんじゃねえからな。腰抜かすなよ。って、ま、俺たちも全部は見てないんだがな」


 ゴドがニヤニヤして言った。


「では、訓練場の方に向かいましょう。狂鹿を数える用意は、整えてあるわ」


 食堂のあたりで聞き耳を立てていた多くの冒険者、昨日の話を伝え聞いた街の人、全員が訓練場についてくる。

 訓練場には職員が並んでいた。


「出してくれたものを職員が数えることにしてるんだけど。あなたたち、倉庫からロープと杭を持ってきて。見物人が作業の邪魔にならないようにしてちょうだい」



 ロープで予想外の見物人を整理するのに、幾人か職員が列を作る。


「じゃあエルク、狂鹿を出してくれる?」

「一度に全部出すと、傷みそうだね」

「そうだな。一頭だけ、出してみてくれ」

「うん。じゃあ、一番多い大きさのを。そこにいる人、隣に一頭出すから驚かないでね」


 前に立つ職員の足元に、狂鹿を出した。


「うおぉー!」


 見物人からどよめきが起きる。


「大きい!」

「ボスか! 普通のやつの三倍はあるぞ!」


 イェルドが近づいて行き、狂鹿を検分すると聞いてきた。


「エルク、これはボスじゃないんだな? 幾つあるんだ?」

「四肢がバラバラになったやつが十頭。灰色狼と同じ状態のが、二百五十三あるよ!」


 見物人から、驚いた声が上がった。


「二百って言ったか! おい!」

「あれが、二百……」

「いま、どこから出したの?」


 イェルドが僕のそばに戻ってきた。


「一頭ずつでは時間がかかりすぎる。一カ所に出したら潰れるしなぁ。……きれいに並んでいると数えやすいんだが」

「うーん、やってみる」


 最初に出した一頭の横に九頭並ぶのをイメージして出してみる。狂鹿が十頭並べられた。


「うん。並べられたね。十頭ずつの列にして全部出せそうだよ。手前にゴドたちが討伐した十頭を出して、その横に僕が討伐したやつを並べていくね」


 イェルドの指示で職員が広く離れて並んだ。最初の十頭をパックに戻して、ボス以外を全部並べてだす。


「うわぁー!」


 見物人から、悲鳴のような歓声が上がった。


 訓練場一面に狂鹿が並んだ。


 イェルドもロッテも並んでいる職員も声を出せない。ゴドたちもね。徐々に見物人も静かになっていく。


「イェルドさん、数えなくていいの?」

「……あ、ああ。ぼやぼやするな! 数を確認しろ!」


 数を確認したイェルドとロッテが、話をしながら僕に近づいてくる。


「こっちの十頭が、ゴドたちの討伐分でいいのよね」

「ああ、エルク以外で討伐だ。御者も加勢したから、九人で分ける予定だ」

「で、残りが、エルクね。……違いがはっきりするわね」


 十頭は、矢が刺さったままで、体中に傷を負い、焼け焦げ、首を落とされている。残りは目立った傷がどこにもない。


「狂鹿を倒すなら、足を止め、角を避ける。手数で体力を奪い、首を落とす」

「ああ、あの十頭はそういう戦い方だな」

「……他はどうやって倒したんだ? 傷がないぞ」

「あんな大きさのが、街の近くに……」

「四頭立馬車で四時間と聞いたぞ。南の集落近くだ」

「この数が来てたら……」

「あの子のおかげで街は救われたのね……」

「……もし街の外で襲われたら……」

「南の集落! お祖母ちゃんが近くに住んでる! どうしよう!」


 ロッテが気づき、見物人に声をかけた。


「みなさん、今回の狂鹿はこの通り、すべて討伐されました。この街を襲うことはありません。ですが、注意と警戒は必要です。現在、ベルグン伯爵と冒険者ギルドが共同で対策を立てています」


「エルク、全部で二百六十二頭だ、一頭数が合わんが」

「ああ、ボスがまだですよ。かなり巨大。一緒に出します? こっちを片付けてからの方がいいかと思ったけど」

「これの保存場所は、商業ギルドの倉庫を借りる事になった。一度パックに入れてもらって、運んでもらえないか?」

「いいですよ。じゃ、しまいまーす」


 狂鹿の近くから職員が離れた。狂鹿は音もなくパックに入れられた。見物人がまた、驚く。


「狂鹿が、消えたぞ?」

「ああ、あの子のアイテムパックだな」

「あんなにあったのに一瞬で? どれだけ入るんだ?」

「アイテムパック……」

「アイテムパック……」


 見物人から、羨望混じりの静かな声が上がった。


「ボス、いきまーす!」


 その声とともに、巨大な狂鹿が現れる。

 見物人も職員も思わす後退さる。訓練場が静寂に包まれた。


「はいこれで二百六十三ね。ってイェルドさん? イェルドさぁーん?」


 イェルドは口をパクパク動かしていたが、音が出ていない。誰もがそうだった。

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