暴力の予兆


 イェルドの倉庫。

 バラバラになった狂鹿十頭に傷のない十頭を、なんとか入れた。ボスは巨大すぎて入らない。ボスと残りは商業ギルドの倉庫に預けることになった。


 ジュストの商館をさらに北に行くと、倉庫街になっている。水路が通り船着き場もある。道にも水路にも検問所があって、警備が厳重な一区画が、商業ギルドの倉庫街だった。


「いや、確かに、上からはここを開けとけって言われてるがね。魔物を入れるだけだろう? この広さ全部はいらない。魔石代もかかるから、魔物ごときにはもったいない」


 倉庫の管理者が、僅かばかりの場所を開けてそう言ってきた。イェルドの言葉にも、のらりくらりと言い訳して、広い場所を開けようとはしない。


 僕はラドとチラリと視線を合わせて、割って入った。


「おじさん、ここの倉庫の一番偉い人なの?」

「何だ、この子は? 子どもが口を出すな」

「エルク卿に失礼な! そこになおれ! この者は、わたくし、エルク卿の執事ラドミールが、手打ちにいたします!」


 僕の前にラドが進み出た。手にはどこから取り出したのか、腕の長さほどの片手剣を抜いて管理者に突きつける。


「ひ! いや! あ、え? 卿? 手打ち? 貴族様? し、失礼いたしました」

「ラドミール、よい。さがれ。……ねえ、おじさん? 質問に答えてくれない?」

「は、はい、エルク卿。私が倉庫の管理責任者で、一番偉いです」

「そう、責任者なの。なら、おじさんが責任取るんだよね。イェルドさん、狂鹿は全部でいくらぐらいになるかねぇ」

「そうさなぁ、大金貨二、いや、三十枚ってところかな」

「で、そこの狭いところに押し込んだら、どのくらい価値が下がる?」

「大金貨一枚になっちまうかな、エルクきょう」

「三十が一ね。じゃあ二十九枚の大金貨は、おじさんが僕に払ってくれるのかな。商業ギルドの命令に従わなかったんだから、そうなるよね、おじさん?」

「え、だ、大金貨? そんな」

「おい、おまえ! 子どもだからってなめてるのか! 甘く見ているのか! おまえは大金貨二十九枚、支払えるんだろうな!」


 ……ちょっとだけ、ルキフェの重い声を混ぜてみたけど。まずい! おじさん青くなって震えて、お漏らししそう。やりすぎた。


「おじさーん。わかってもらえた?」


 ひざまずいた責任者は、蒼白になって答えた。


「はい、わかりました! いますぐ倉庫を開けます! エルク卿!」



「はいこれで終了ね。お手数かけたね」

「おい、表の検問所、領都警備隊によくよく話をしとけよ。責任者! 盗まれでもしたら、お前に払ってもらうからな!」

「はい、はい。申し伝えますです。きつく言っておきます。ご、ご安心を」


 イェルドの注意に、見張りにあたるギルド職員もうなずき、責任者が大量の汗をかきながら、コクコク頭を下げる。


 無事に倉庫に収めた帰り道、最敬礼する責任者が見えなくなると、僕の背中をイェルドが「パチン」と叩いた。


「アハハッ、面白かったぜ、エルクきょう! お前の声、子どもなのに迫力あるな。俺も寒気がしたぜ。あいつは、親戚が商業ギルド評議委員なのを笠に着る、嫌な奴でな。スッキリしたぜ」

「イェルド様。エルク卿への無礼は、イェルド様でも許されません。お控えください」


 イェルドが目を剥いた。


「エルク、……ほんとに卿なのか?」

「そんなもんじゃないよ。ラド、もうお芝居は終わり」

「いえ、いずれはお父上の跡をお継ぎになるのです。無礼を許してはなりません」

「はぁー。ごめんね、イェルド。この通り、押しかけ執事に困ってるんだ」

「くくくっ、お前も苦労の種を持ってるんだな。なんか安心したぜ」

「ははは」


 検問所を抜けて、人通りが少ない小さな倉庫が立ち並ぶあたりに、知り合いを探知した。


「ちょっと、寄り道。こっち行くね」


 そう言うと、僕は倉庫の壁に挟まれた、細い道に入っていった。


「おい、エルクどうした?」


 手で静かにするよう合図した。


「イェルド、ラド、手を出さないでね」


 そう小声で言うと、数人の男たちが道を塞いでいるところに近づいた。


『その娘は傷つけるな。売り物なんだからな』

『こっちのガキは?』

『そいつは生意気そうだ、いらない。痛めつけてそのへんに転がしておけ』


 そう、聞こえてきた。


 通りを見張っている男が、僕に低い声を出してくる。


「おう、ここは通れねぇ、別な道を行きな」

「定番だねぇ。チンピラさんのセリフ集、なんて本、出てるのかな」


 僕は壁を走り、男たちを跳び越した。


「やあ、トピ、ヘリ、元気ー?」


 壁を背に、ヘリを守るように立つトピ。ヘリは泣かずに男たちをにらんでいる。五人の男たちが囲み、長めのナイフを抜いていた。


「エルク!」

「なんだこいつ! どこからわいた!」

「はぁー。ま、チンピラさんだからしかたないか。おまえだね『その娘は傷つけるな。売り物なんだからな』って言ったの」

「エルク、こいつらヘリを拐う気なんだ! 気をつけろ!」

「うん、わかってるよ。ヘリ、大丈夫だからねー。あれ? トピ丸腰? これ使って」


 ヘリに手を振ると、パックからブロードソードを取り出してトピに投げ渡す。


「さて、僕も今回は剣を使うかな。ダーガ師匠の真似してみよう」


 そう言うと剣を抜き、リーダーと思しき男に低く踏みこむ。


「く、はやっ!」


 男のナイフを持つ右手の腱を、腕をしならせ撫でるように切り、回転しながら剣を持つ手を素早く変え、ふくらはぎを切り裂く。

 踊るようにしなやかに、流れるように動く。低く速く体を寄せ、右に、左に、剣を持ち替える。三人の手首の腱を撫でるように切り、ふくらはぎを裂き、刺す。


 トピに一人が向かったが、トピの小さく速く振るうブロードソードに、ナイフを払われ太ももを切られてうずくまった。


「はぁー、なんだいトピ。そんな剣の使い方出来るんじゃない」


 僕を脅した男が踵を返したところに、イェルドの素早い飛び蹴りが炸裂し、壁に吹き飛んだ。


「ヘリ、大丈夫? 終わったよ」


 ヘリは泣き出してトピにしがみついた。僕はふたりを見て、にっこり笑い、パックから細い革ひもと布の束を取り出してラドに渡す。


「これで縛っといてね。しゃべれないようにもしといてね、この悲鳴うるさいから。しかし、イェルドの一発は強烈だね。逆らわないようにしなきゃ。ねえ、人さらいの現行犯、殺人ならびに傷害未遂はどこが取り締まるの?」


「領都警備隊だな。さっきの倉庫街の検問所が詰め所だ」

「そうか、突き出した方がいいの? でも、この人たちって全員必要? 一人いればよくない? あとは戦闘で死んだってことで。突き出すの楽でしょ?」


 縛られている者たちに聞こえるように言った。


「イェルド様、その方が手間がかかりません。エルク様に剣を向けたのです。万死に値します」


 イェルドはドギマギしながら首を振った。


「い、いや、それはまずいだろう。兵士を呼びに行ってくるから殺すなよ」

「ええっー! ……じゃ、一人くらいはいいでしょ? 誰にしようかな?」

「エルク、たのむよ」

「わかった。努力するよ。あ、ゆっくりでいいよ。トピとヘリも連れて行ってね。この人たちとちょっとおしゃべりしたいんだ。誰の命令でこんな事したのか、とかね」


 イェルドはしばらく僕を見つめうなずいたあと、トピとヘリを連れて兵士を呼びに行ってくれた。


「エルク様、終わりました」

「どれどれ、どんなふうに縛ったのかな? ……後でこの縛り方教えてね。さてと、そうは言われても、殺したほうが、世のため人のため。女の子拐おうなんて生きてる価値ないよね」


 血に濡れた抜いたままの剣を持って、男たちに近づいた。殺しちゃ駄目かぁ。さっきの管理者にしたこと。あれやってみようか。


「さっきのがリーダーかな。『売り物なんだからな』って言ったよね。誰に売るのかなぁ。知りたいなぁ。教えてくれたら残しといてあげるんだけどなぁ」

「……」

「……そう。じゃあしかたがない。どうしてもしゃべってもらうよ。ラド、ごめん、これからすることは、あなたにも影響があると思う。僕の声が聞こえないところまで、離れてた方がいい」

「先ほどの、倉庫の管理者にしたことでしょうか?」


 僕は黙ってうなずいた。


「では、私はここにおります。あれでしたら皆さん素直になると思います。私は耐えます。お願いです、いさせてください。私にはお気遣いなく、お願いします」

「知らないよ、どうなっても」


 うなずくラドと僕を交互に見て、何をされるのかと、男たちは青くなる。

 ルキフェの声を混ぜて言った。


「お前たち、僕の大切な人に害を成そうとしたお前たちは、許しがたい。皮を剥いでやろう。指先から少しずつ、少しずつ。すべて剥いでも簡単には死なせない。魔法で治し、何度でも剥いでやる。自ら死を望んでも、簡単には死なせない。しゃべることはない。永遠の痛みを与えてやろう」


 男たちは皆失禁した。涙と鼻水と涎を垂らし、イヤイヤをするように頭を横に振る。

 ラドは、真っ青になりながらも耐えた。

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