裏もいろいろある
「どう? 話す気になったぁ?」
ルキフェの声を混ぜずに、明るく尋ねる。
全員が首を縦に振る。
「そう、人間素直が一番だよね。じゃ話してもらおうかなぁ。ラド、大丈夫?」
「……はい……今しばらくお待ちを……」
「うん、じゃあこの人たち綺麗にするね。匂いがスゴイし、みんなも気色が悪いでしょ?」
洗浄、乾燥の魔法をうずくまる男たちに使い、治癒魔法で血を止め、傷を治す。
「エルク様、もう大丈夫です。申し訳ありません」
「ラド、謝ることはないよ。しかし、よく耐えられたねぇ。良ければ、彼らから話を聞いてくれる? 裏の世界についても知りたいな。まずは誰に頼まれたか聞いてみて」
「はい。みなさん、話していただけますね?」
リーダーと思われる男が答えた。先ほどとは打って変わって、素直な態度だった。
「……嫌だったんだ、子どもを拐うなんて……カルミアのペッテルの命令で。インガ商会とフォルカー商会から、ペッテルがあの子をさらうように頼まれた。その仕事が回ってきた。男の子は殺せと言われたが、子どもは殺したくない」
「それで? 拐ってどうしようというのですか?」
「う、売ると、領主の長男に。あいつはおとなしいと思われてるが、ケダモノだ。秘密にしているが、子どもをいたぶるのが好みなんだ、女も男も関係なく。ただ、その前に、アイテムパックを奪う人質として使うと言っていた」
「ほう、長男ですか、次男ではないのですね」
「次男はもっと大人の女をいたぶるのが好きなんだ。くそっ! カルミアさえ来なければ、こんな仕事しないんだ。そりゃ悪いこともしてたさ。けど、子どもを殺すようなやつらの下にいなきゃならないなんて……」
「カルミアがこの街に来たのは、十年ほど前ですね。一緒についてきたのではないのですか?」
「ああ、俺たちはベルグン生まれのベルグン育ち。子どもの頃から悪かったが、今ほどひどくなかったんだ」
「地元だったんですね。カルミアに飲み込まれましたか?」
「そうだ。全部、バルブロとペッテルが兵隊連れてきて、ベルグンを牛耳ったせいだ。親父もアニキたちも殺されちまった。オジキのモーリッツさんが、泣く泣くカルミアについて守ってくれてるが、ひどくなるばっかりだ」
「いろいろ話してくれてありがとうね。もうすぐ兵士が来るから、聞かれたら何でも答えるんだよ、正直に誠実にね。誠実が大事だよ。……君たちは人に理不尽を強いて来たよね。でも世の中には、もっと上からの理不尽があって、君らなど簡単に潰される。わかったよね。まあ、君らの上も『僕』という理不尽が潰してあげるよ」
男たちはうつむいていた顔をあげる。
「そこでだ、考えてほしいんだ。自分にとって本当の『幸せ』ってなにか。自分が本当に望んでいるものは何か。考えて生きてほしい。もう会わないだろうけど、元気でね」
僕が説教臭くそう言った時に、イェルドが兵士を連れて戻ってきた。
男たちを引き渡し、詰め所まで同行する。
兵士たちは首をひねっていた。イェルドから聞いたことと違い、服は切られているが、怪我をしていない。どこにも傷がなく、こざっぱりとした服装の男たちに。
トピとヘリは、詰め所で兵士たちに飲み物をもらって落ち着いたようだ。ヘリは僕を見ると駆け寄って、抱きついてきた。
「エルク! エルク!」
また泣き出したヘリを抱きしめて、背中をポンポン優しくたたく。トピも近寄りおずおずと話してくる。
「エルク。あ、ありがとう。ヘリを助けてくれて」
「あれー? 助けたのはヘリだけかな?」
「あ、ああ、俺も助けてくれて、あ、ありがとう」
「ごめん、冗談。それに、ヘリを守ったのはトピだし」
後ろが騒がしくなったので、振り向くと男たちが兵士に押さえられながら、こちらに寄ってきた。皆、ヘリを見つめる。僕に隠れるようにしがみつくヘリの腕に力がこもった。
「お、お嬢さん、すまない。怖い思いをさせて、悪かった」
男たちは皆頭を下げ、兵士に連れられていった。
簡単に事情聴取され、詰め所をでる。
「ジュスト商会に戻るの? 僕たちで送っていくよ」
「ああ、だけどフォルカー商会からの依頼で、荷を受け取らないといけないんだ。それから戻るよ」
「ふーん。ねえ、トピ、剣はどうしたの?」
「フォルカー商会に預けてあるんだ。あ、エルク、借りた剣、返すよ」
「ううん、その剣あげるよ。そのまま帯剣していて。ヘリを守った剣だしね」
「いいのか?」
「うん、いいよ。で、なんで、剣を預けることになったの?」
「事務所で裏の倉庫に回ってほしいと言われて。高価な細工物の倉庫だから壊さないよう剣を置いていけと……」
「へぇー。そうなんだ」
僕がラドをちらりと見ると、ラドが微かにうなずく。
「じゃあ、そのフォルカー商会に寄って、ジュスト商会まで送るね」
トピの案内でフォルカー商会の事務所にいった。
ラドが何度か呼びかけたが応答はなく、扉は鍵がかかっていた。少し扉を触っていたラドが振り向いた。
「エルク様、何かの拍子に鍵が開いたようです」
「そう、幸運だね。入ってみよう」
事務所に人はおらず、トピの剣もなかった。事務所を出てジュスト商会に向かった。
「トピ、フォルカー商会からの依頼ってどんな依頼なの?」
「ああ、父さんにフラゼッタ王国に運んでほしいものがあるって使いの人が来たんだ。父さんも母さんも出かけていなかった。急ぎなのですぐに来てほしい、父さんが用意したヘリ用の楽器もあるからヘリも連れて……来て……」
「で、罠にかかったということだね」
「くそっ、俺がもっと気をつけていれば。ヘリ、ごめんよ。僕のせいで怖い思いさせて」
「ううん。お兄ちゃんのせいじゃないよ。ヘリが楽器を見たいって言ったから」
「トピ、明日出発だよね。門が開く頃の出発かな?」
「ああ、本当は昼ぐらいの予定だったんだけど、狂鹿が出たので道を変えるって早くなったんだ」
「そう、ヘリのこと注意してね」
「ああ、もちろん」
「お昼ごはん過ぎちゃったねぇ。屋台でなにか食べようよ!」
屋台でソーセージや肉の串を食べて昼ごはんにした。ラドに目配せすると、布を持って僕に近寄ってきた。
……ラドが魔族なら、もしかして?
「エルク様、お着物が汚れます」
「ああ、大丈夫だよ、ほんと子ども扱いだなぁ」
『フラゼッタまでヘリを守れるか?』
『……はい』
ピクリと眉を動かしたラドは、僕に念話で答える。やっぱりできるんだね。
「エルク様は世話のしがいがありますねぇ、私にお任せください」
「うん、もぉ、わかった任せるよ」
ラドの念話、後で詳細を確認しとく? いや、自分から言い出すまで待つか。
ジュスト商会まで送ってくると、オッシとマイヤはまだ帰っていなかった。
ヘリを事務所に連れて行き、マイヤたちが戻るまでここにいるように念を押す。トピが僕を呼んだ。
自分たちの馬車のそばで、トピが話し始めた。
「エルク、本当にありがとう」
「もういいってトピ、友達じゃないか」
「友達って言ってくれるのか。……俺は……俺は妬ましかったんだ。魔法で狼を簡単に倒し、ゴドにも負けない剣を使い……」
「でも、さっきはトピもいい攻撃してたし、訓練でもいい動きだった。ただ、模擬試合ではいただけなかったけどね」
「……あれは……。エルクと剣を構えた時……。こ、怖かったんだ。なぜかわからないが、エルクがひどく暗く見えて。……喰われてしまうと思った。そしたら何がなんだか……」
「……ねえ、トピ。トピって魔法は使える?」
「いや、使えない」
「うーん、今まで魔法や魔力について、誰かに言われた事とか、教えられた事はない?」
「ない……。いや、そういえば子どもの頃にお祖母ちゃんに、占いに向いてる魔力だって言われたかな」
「占い?」
「ああ、僕らの一族は占いが得意な女性が多いんだ。女が多いから、占いを教えるって言われても嫌だったけど。ヘリにはマイヤが教えてる」
「……たぶん、たぶんだけど、トピは魔法が使えるんじゃないかな。ヘリも。一度誰かに相談してみてもいいかもしれない。使えなくても魔力を感じる能力が、人と違ってるかもしれない」
「どういうことだ?」
「僕の……魔法の力を感じ取って怖くなったのかもしれないんだ。僕の魔力は人より多いらしい。それを感じたんじゃないかと思うよ」
……魔王であることを感じたんだろうなぁ。他にも感じ取れる人は多いのかもしれない。気をつけないとな。でも、何をどう気をつければいいんだろう?
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