面倒がいっぱい来た


 ジュスト商会を出て冒険者ギルドに戻る。

 ギルドの前での別れ際に、イェルドが僕とラドを見てため息をついた。


「俺には見えないところで、何かが起きてるんだろうな」

「さすが年の功。鋭いね、イェルド。僕の師匠の本に、本当に賢い人は、そもそも危ないところに近づかないって言葉があったよ」

「……そうだな。うん、そうだな。さあ、俺にはボス狂鹿が待ってる! エルクのおかげでしばらくはまた忙しい! ボスの解体依頼出さんと! じゃあな!」


 そう言って馬車用の入り口から入っていくイェルドを見送り、ラドに言った。


「報告を済ませたら、会議したいね。どこか適当な所はあるかな? ヴィエラもいた方がいいな」

「はい、職人街にございます。ヴィエラにも使いを出しておきます」


 ブリッタの所まで行く間、ずっと注目され続けた。


「ブリッタさん、狂鹿は収めてきたよ。これが預かり証の控え。正式なものはイェルドさんが出すって」

「おかえりなさい、エルクさん。ロッテさんからお話があるので、テーブルでお待ち下さい」

「はーい」



 テーブルで待っているとロッテが書類の束を抱えてやって来た。


「おかえりなさい、エルク。あなたのおかげで大忙しよ、まったく」

「どうしたの?」

「はぁー。狂鹿よ、狂鹿。商業ギルドや人員、場所、段取り……。仕事を増やしてくれてありがとう」

「……じゃあ、討伐しないで街に呼んだ方が良かったね……冗談だけど」

「私も街のみんなも、エルクには感謝しているわ。さてと、まずは、これ」


 書類をめくって、一枚取り出すと内容をエルクに告げた。


「ギルド長から、ベルグン伯爵に呼ばれることになるから、準備をしておくようにと」

「ベルグン伯爵? 準備ってなに?」

「エルクは言葉遣いや礼儀は大丈夫だと思うけど、服ね。普段着ではまずいわ。たぶん、謁見に使う部屋に呼ばれて、いろいろ事情聴取に近い質問をされるわね」

「事情聴取? ふーん。まぁ、領都の危機だったわけだし。仕方ないか」

「お褒めの言葉をいただく事になったら、お披露目のためにも夜会に呼ばれるかもしれない」

「や、夜会? ダンスとかする、あの夜会? 舞踏会? 僕、ダンスできないよ」

「晩餐とダンスよ。いつになるか、どれほどの招待客がいるかにもよるけど」

「ぐえぇー」

「あなた、エルクの執事だったわね。失礼のない服装がいるわ」

「承りました。早速用意いたします」

「事情聴取の時は、この格好でもいいでしょ?」

「いいえ。華美な服はいらないけど、それなりの服がいるわ。夜会は夜会服ね」


 ロッテはさらに書類をめくった。


「次は、王都に行ってもらうことになるかもしれません。ノルフェ王国冒険者ギルド本部ね。まだ確定じゃないけど、心づもりはしておいてね」

「王都? ギルドの、本部?」

「それと、魔術師ギルドからも問い合わせが来ています。宿に呼出状が届くと思うわ」

「王都に魔術師ギルド? なぜにまた。面倒だな」


 ……ノルフェ王国王都ねぇ。政治関係の情報収集に行ってみるのも手かな? 魔術師ギルド? なんだろう? 自分からは魔術師って名乗ってなかったよね?


「顔と名前を売れば、銀証が近くなるわよ」


 ……銀証、欲しいと思ってないけど?


「エルクは昇格が早すぎるって横やりが入ってるから、ギルド長も苦慮中だけど。最後は、狂鹿の精算ね。解体が済まないと詳細はでない。でも、予想金額が大きすぎるのよ。現金では、一度には無理な金額になる。口座上の金額にするしかないの」

「狂鹿は、まあ、そうだよね。討伐報酬なら金額が確定するの早いでしょ?」

「それでも、灰色狼全部より高額になる。こちらで決済が早くなるように、何とかしてみるけど」

「ありがとう」

「他にも、講師を頼めとか、商業ギルドに呼べとか……まあ、無視してるから。エルクも無視していいわ。これで全部ね。あ、お礼。……エルク、ありがとう。狂鹿討伐はもちろんだけど、見習いや鉄証に、解体って仕事ができたの。みんなが感謝してるわ。じゃあ、これで。さて、イェルドに……」


 慌ただしくロッテが退席したので、ラドに隣りに座ってもらう。


「服?」

「貴族に面会する際には、自分の爵位に見合った服装を求められます。エルク様は未だ継承されておりませんが、それに準じた服装が求められます。普段着はいけません。服を仕立てるのに時間がかかりますので、手配を早めにいたします」

「ただの冒険者に? ふぅー。それなりの店でオーダーかな。服屋を選んでアポ取っといてくれる?」

「……おーだ……あぽ……ですか? 申し訳ありません。その言葉は存じません」

「あ、ああ、えっと、注文服だろうから、服屋に予約を入れておいてってこと。あとゴドたちのような冒険者が領主に呼ばれたら、どんな服を着るのか、調べてほしいかな」

「かしこまりました。心当たりがございます。馬車が必要になりますので、そちらも手配しておきます」

「馬車? 格式が高い店ってこと? ほんと面倒だな。……ん? 昨日が狂鹿で、その前がラドが来た日、なんか忘れてる? ……あ、ブーツだ。受け取って帰らないと」


 「羽」で履き心地の微調整を行い、完成品の受け取りはまた二日後になった。



 ラドが会議ができる場所に案内してくれた。

 武器工房「蛇の牙」。

 職人街の奥まった場所にある、それなりに賑わっている店だった。料理用の刃物に、革細工や木工の刃物も扱い、男女の別なくいろいろな職業の客が出入りしている。

 ラドは店員にうなずいて、店の奥、工房に続く通路にある階段を登っていった。扉の並んだ廊下を行き、一番奥の部屋に入った。ヴィエラがすでに来ている。

 大きめのテーブルと、六人分の椅子がある部屋。窓は横木の角度を変えて光量を変えられるようになっていて、そう暗くはない。


「ここは、私に協力してくれる店です。店員も全員、私の知り合いです」

「……あやしいねぇ。密偵専門の傭兵かと思ってたんだけど」

「ジュスト様も傭兵と思ってらっしゃいます。……ちょっと大きめの、傭兵団です」

「……ふーん」

「この部屋にも声が漏れないよう仕掛けをしていますので、安心して話しができます」

「そう、じゃあ、目的のすり合わせからいこうか。ジュストさんの目的は僕の護衛、裁定の場に、オットーと愉快な仲間たちを引きずり出すこと、だったよね?」

「はい、その通りです」

「でも、ジュストさんが考えたようには、領主の裁定は望めそうにない。カルミアの上と商人たちは潰そう。潰し方を考えよう」

「はい。先ほどの男たちの上は、オットーの上と同一です。商人たちも名前が上がっていました」

「で、上にたどると街の一番上まで行き着くんだね。ラドが服の話題に乗り気ってことは」

「はい、一番上です。ですが、身内を裁けそうにはありません」

「……ねえ、羊皮紙数枚とペンとインクない? 図解したいかな」

「ただいまご用意いたします」

「ああ、このくらいの大きさの板二枚と……下で釘を使ってないかな?」

「使っています。何本くらいでしょう?」

「ええとやってみせるね」


 僕はパックから羊皮紙を取りだし、小さく切りわける。


「これに、要件を書いて釘で板に止めるんだ。人名や事件、組織なんかをね」

「わかりました。釘は多めにご用意いたします」


 ラドとヴィエラに指示して、人物相関図を作った。



「で、これが関係する人たちねぇ」

「……はい。こうしてみると、特定の人間に集まっているのがわかりますね」

「うん。で、次は、僕たちの行動を考えてみよう。新しい板をここに並べて。ここに同じように張っていく。やること、やれること。出来ないことでも関係なく、思いついたことすべてね。どんなのが出ても拒否や反対してはだめ。できるだけ多く出す事が重要なんだ。僕は、まず、これね」


 板の左隅に、僕が書いたカードを止める。書かれている言葉は「皆殺し」だ。


「ぐっ……」

「一番簡単に後腐れなくきれいになるよね。否定しちゃだめね。思いついたことを書き出して」



「動きが早すぎるなぁ。あと二、三日ぐらいか」

「お知り合いがいらっしゃるまで、ですか」

「うん、その知り合いにね、覚えてほしいと思ってることがあるんだ」


 そう言って、僕はラドとヴィエラを交互に見る。


「……私たちのことですか?」

「そう。……密偵をやっていればわかるでしょ? 物事を判断するには様々な知識や、そのものに関する要素を、早く、良く、そして多く知ることが必要だと。知ることは力なんだ」

「はい、よくわかります。誰に、何をさせ、どうやって達成すればいいのか」

「そこから、さらにその次はどうすればいいか。目的と目標にブレはないか。終わりのない戦いをしなければいけない」



「じゃ、とりあえずはいいかな? 後は夕食を食べながら考えよう」

「はい」

「では、この板は僕がアイテムパックに入れておくね。僕しか取り出せないから漏れることはないよ。それと予算なんだけど、ジュストさんからの依頼は、告発と僕の護衛だから、設定を変更したら足りなくない?」

「なんとか、回せるようにしてあります」

「うーん、狂鹿の分が入れば少しは楽なんだけどなぁ。明日、ギルドから下ろして、いくらか提供するよ。いや、そうだ、今は使われていない古い金貨や宝石があるけど、お金に換えるツテはない? 一度に大量に、話題になるくらい市場に流せば、僕が貴族の後継者らしいってことの裏付けにもなるかな?」

「ツテはありますが、そこまでしていただかなくても、大丈夫だと思います」

「いや、こういう作戦は金がものをいう。そういうこともあるでしょう?」

「……ええ、確かに。わかりました。準備をさせておきます」



 「宵の窓辺」に戻っての夕食では、ラドとヴィエラも一緒に食べてもらった。

 「命令」と言ったらしぶしぶの演技後、座ってくれた。ラドに魔道具を使ってもらい続きを話した。


「やっぱりねぇ、こっちに被害のないように叩かないとな。オットーはもう利用価値ないから切られるでしょ。昼間の彼らが言ってたオジキ、モーリッツって使えそうかな?」

「使えそうです。カルミアに恨みがありそうでしたので、協力させることが出来るかもしれません。手配します」

「うん。……話は変わるけど、家が用意できないかな?」

「『蛇の牙』をお使いになって結構です」

「うん、使わせてもらうよ。売ってるものも見てみたいしね。でも、そうじゃない方がいいかな。まだ、必要条件はまとまってないけど。夜遊びに出かけるのには、ここは人目がありすぎてね。こっそり出かけて帰ってくるのに、そう神経を使わなくてすむところがいいな」

「……エルク様、あまりのめりこまなければ、お止めはしません。十歳で歓楽街に出入りするのは、褒められたことではありませんが、皆無ではございません。ですが」


 ……ねえ、ヴィエラ、何にのめりこむって? って聞くのはセクハラか。


「別に夜遊びっていってもねぇ。どっちかというと訓練かな? 気配を消すとか、忍び込むとか、盗むとか、暗殺とかの。数日で人も増えるから、訓練所にもしたいかな。講義や会議、訓練したり、装備を保管したり」

「……でしたら、貴族を継ぐエルク様にふさわしいお住いですね。門と塀に囲まれ、ある程度の敷地。庭での武術訓練。大量の物資搬入や、人の出入りがあってもおかしくない場所がよろしいでしょうか。……心当たりがありますので、少し席を外して、指示を出してきます」

「そうしてもらえると助かるよ。……本で読んでいろんな術の知識はあるけど、実践が伴ってないからなぁ。人を殺したことは、まだないんだよ」


 ニコニコ笑いながら食事している僕たちを見れば、物騒な話題だとは思われていないだろうな。


「……エルク様、あなたは一体、何者なのですか?」

「難しい問いだねぇ。何者なんだろうね? 十歳の子ども。魔術師に拾われた孤児で弟子。銅証の冒険者。貴族の跡継ぎらしい? ……もし……知ったら敵になるかもね。今は、共通の目的に向かう味方、でいいと思う。じゃないと動けなくなるからねぇ」

「……味方……」

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