お見送りと高級店
夜明け前に起きだし、近所を散歩する。
水路を確認しにいく。今朝は、魚が水面を跳ねるのが見れた。ウズウズするね。
僕に気づかれないよう、距離をおいてついてくる人影には知らんふりをする。
僕、尾行、尾行の尾行はラドの部下か。見送りがあるので、尾行者の確認だけで宿に戻る。
すぐに、ジュストの商館に向かった。
商館では、人々が静かに動き回っていた。マイヤたちの馬車は準備が済んでいるらしく、出発を待っている。
「オッシ、マイヤ、ヘリ、おはよう」
御者台の三人に声をかけた。
「エルク! おはよう!」
「エルク、ヘリとトピを助けてくれてありがとう」
オッシからお礼を言われた。
「たまたま、通りかかって幸運だったんだよ」
黙礼するラドを見てマイヤがうなずいた。
「あんたやっぱり貴族だったんだってね?」
「トピから、ラドのことを聞いたのかな。こっちは押しかけ執事のラドだよ」
そう言うと、ヘリの近くに行った。
「ヘリ。もっと早く渡すつもりだったんだけどね、これ、使ってほしい」
そう言って巾着袋をヘリに渡した。
「あたしに? もらっていいの? エルク、ありがとう! 大切にする!」
ヘリは巾着袋の刺繍を見つめて、胸に抱きしめ答える。
「マイヤにもヘリとおそろいで。ヘリよりちょっと小さいけどね」
トピが馬車の後ろから現れたので、手を上げて挨拶を交わす。
「トピに剣をありがとう。なんかさ、この子ったら昨日から、やけに素直なんだ。エルクのおかげみたいだね。ありがとう」
「ううん。僕、なにもしてないよ。本で読んだことあるよ。人は短い間に成長して、三日前とはすっかり変わってしまう。思い込みを捨てて見なければならない、だったかな?」
明け始めた光の中を馬車について歩き、街の門まで見送った。
「じゃあみんな、元気でね!」
「ああ、また会うまで、エルクも元気でね!」
「ヘリ、エルクは本物の貴族だったんだねぇ」
「うん。本物の貴族よ。ほんとの王子様だったんだ」
マイヤの言葉に答えるヘリの声が聞こえてきたが、どこか寂しそうな声だった。
門からギルドに向かうと、依頼を受ける冒険者で入り口までにぎわっていた。
「人が多いか。また後で来ようかな」
「おーい! エルク!」
呼ぶ声に石段の途中で足を止めて振り返ると、人混みをかき分けるようにゴドが出てきた。
「ゴド、おはよう!」
「おはよう。聞いたか? 領主に呼ばれるかもしれんって」
「うん、昨日ロッテから聞いたよ」
「俺たちとダーガも呼ばれるらしい。困ったもんだぜ」
「ゴドったらねぇ、その話聞いた時に、なんて言ったと思う? 『来ていく服がない!』って、まるっきり女の子よ。おはよう、エルク」
後ろから追いついてきたオルガが、ゴドをからかった。
「おはよう、オルガ。そんなに服が重要なの? ラドも気にしてさぁ。僕、この服でいいと思うんだけど」
「まあ、エルクは元がいいから何着ても似合うけど。ゴドはねぇ。重要かって話だけど、貴族の中には、口うるさいのがいてね、汚い格好だと『無礼だ!』って牢にぶち込むのもいるんだよ」
「はぁ、やっぱり用意しないとだめか。冒険者の正装ってどんなの?」
「あら、私たちの正装は魔物討伐用の服装よ。まあ、大抵が破れを直した跡や血と土の汚れでみすぼらしいから、新しくしないとだめね」
「俺は、子どもが生まれるんだ! 余分な金はない」
「はいはい。今回は、私たちはエルクのお供だから、ゴドは貸服でいいわ。今話題のエルクを品定めしてやるってとこだろうから。私たちはキチンとしてさえいれば大丈夫ね」
「エルク様。朝一番にと、服屋に予約を入れてございますが、まだ少しはようございます。こちらに馬車を回すように伝えます」
「はあ、気が重い」
ラドの手配した馬車がきたので、ゴドたちと別れて、ついでに領主館を見に行くことにした。
門の西の大通りが領主館に通じている。
「ラド、あの道具、使える?」
「はい。すでに使っております」
「うん、ありがとう。でも、昨日の今日でよく馬車が借りられたね。それも乗り心地がギルドの馬車より良い」
「御者や馬車屋とは懇意にするようにしています」
「……うかつに馬車では話ができないってことね」
「はい。様々なことが起こります。口の固い御者が重宝がられます」
「そう。……ヘリにはどのくらい?」
「ジュスト様にお願いして、御者と護衛の中に三名ほどつけました。ジュスト様には計画の変更は伝えていません」
「うん。ねえ、昨日の復習。もし、ラドが僕からアイテムパックを奪うとしたら、どうする?」
「……力ずくでは無理ですね。スリ、ひったくりも無理でしょう。毒を盛って奪うか、あるいは人質を取って脅しとるか。エルク様を引き込むか、ですね」
「うん、ヘリはそれだった。そういう趣味って目的もあったけど。食べ物の毒は大丈夫。針、短剣の近距離の直接攻撃も心配はない。仕掛け針、吹き矢、弓かな。人質にされる弱い部分は、今のところ無くなったと見ていいかな」
「はい、エルク様の周りで次に弱いのはヴィエラですが。小間使いを人質にしても効果があるとは考えないでしょう」
「……囮の追加。領主館。……魔術師ギルドもかな。財政的な罠は?」
「現在は討伐で金銭の不足はありません。それ以上の支出を必要とする言いがかりが来るか、甘い罠を張るかでしょう」
「女、金、地位。僕は暴力的に振る舞ってきたから、そっちの欲望。うーん。やっぱり先手を打ちたいね。あっちの弱い部分は?」
「商業ギルド評議委員のインガとフォルカーは、弱点の調べはほぼつきました。その……色の罠については……仕掛けるのは簡単かと。インガは女性、フォルカーの趣味も……」
「うん?」
「エルク様であれば、罠にかけられるかと」
僕はギョッとして、ラドを見た。
……ショタか、ショタなのか!
「……そういうの禁忌じゃないんだね」
「はい?」
「いや、いい。ちょうどの餌がいるわけだ」
「はい」
「じゃあ、ほんとに夜遊びをしよう。甘い方を仕掛けるとして……インガとフォルカー、カルミアたちの行きつけ、僕が連れ込まれそうな場所。調べられる?」
「はい。出入りを罠に絞ってまとめさせます」
「伯爵位はこの国では、真ん中ぐらいの地位なの?」
「確かに伯爵の爵位は高くありませんが、ベルグン伯は辺境伯扱い。侯爵扱いです。魔王国からの魔力鉱取引で財政的に評価が高い。魔王復活の際はノルフェ王国の最前線となるので、注目度、権勢も高いです」
「ふーん。……それだけの魅力があればさ、狙ってる貴族も多そうだね。この国、ノルフェ王国の政治、勢力分布。近隣国家との関係。誰か講師を見つけてくれないかな」
「かしこまりました。ですが、エルク様が直接教えを受けると、そのことがあちらに漏れるかもしれません」
「そうだね。うーん、貴族か官職、商家の息子とか、その知識を求めそうなオトリに受けさせて、僕は隠蔽魔法で隠れていようかな」
「かしこまりました」
立ち並ぶ建物がまばらになり、手入れの行き届いた住宅が続く。塀に囲まれ、門のある家も増えてきた。
「このあたりは、裕福な商人や下級騎士、郷士たちの屋敷です。もうしばらく行くと領都警備隊と領国軍の宿舎、練兵場があります。その先が領主館です。練兵場の南は聖教会の敷地に面しています」
領主館は土塁と石の壁に囲まれ、通りからは中はうかがえない。
正門も木製の大きな扉が閉まり、四人の門衛が立っていたので、中を見通せない。石の壁を過ぎると街の西門で、橋を渡れば街の外に出る。館の裏手に出る道もあるが、検問など警備が厳重なので、東門まで引き返した。
「聖教会って言ったね。どんな神を信じてるの?」
「……いえ、神のための教会ではありません」
「神じゃない?」
「はい、人々は、それぞれの種族が信じる神を持っています。聖教会は魔王を打ち破る、勇者を崇めています」
「勇者が神?」
「いえ、神としてではなく、魔王討伐を行う旗印としてです。聖教会はそれを助けるために、各国が協力している組織です。東門の広場、あそこに建てられている剣の像。あれがシンボルです」
「……勢力は大きいの?」
「一国をつくるほどです。聖ポルカセス国を作っていて、魔王復活の時は各国に対して命令することが出来ます。ベルグンの街は魔王が現れた時、ノルフェ王国での最前線基地となります」
「では、この街での規模も力も大きい? 相関図には組織名しか出てこなかったね」
「もう百年ほども魔王が復活していませんので。現在ここの教会には、礼拝と寄付を管理する者ぐらいしかおりません」
……聖教会ね。要注意だな。
馬車は東門の広場に近い重厚な造りの建物で止まった。店の前に立つ門衛が馬車の扉を開けてくれ、ラドに続いて降りる。
応接用の椅子に座り、店主の挨拶を受ける。
王都で流行だという礼装の見本を、いくつか見せられた。
装飾過多。あちこちにレースのヒラヒラがついた貫頭のシャツ。ヒザ下までのヒラヒラつきローブ。悪趣味な極彩色のカーテンを着ているようにしか見えないよ。どれも布ひだがやたらに多い。
……これでキチンとしてるの? 提灯半ズボンにタイツでないだけましなの? 郷に入っては郷に従えというが、どうしたもんだろ。
ラドにこっそり耳打ちする。
「この衣装でベルグン伯の前に出て、笑われないんだよね?」
「はい、ここはベルグン伯や騎士たちの服を作る職人を抱えております」
「はぁー、しかたない。適当に二着分と生地や装飾の革類も購入してください」
「お気に召しませんか?」
「まあねー。あとで、相談に乗ってください」
この店では、見本を基にして一から仕立てるのに最低でも十日はかかるという。いつ領主の呼び出しがあるかわからない。一から仕立てずに見本の衣装を購入して、僕に合わせて寸法直しをすることにした。
受け取りは三日後。
自分でできるけど、尾行が調べるだろうから注文している事実を残したんだ。
寸歩直しをしない一着分も購入。布などと一緒に「宵の窓辺」に届けてもらうことにする。ほーんと面倒だ。
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