待ち人、その前に


 服屋を出て馬車で「蛇の牙」に向かった。


「ラド、予定変更。ギルドに回ってくれない? どうやら待ち人きたる、だ」



 冒険者ギルドではちょっとした騒ぎが持ち上がっていた。ブリッタの前で、女性とその連れの男性二人に、フーゴが絡んでいるらしい。


「ラド、あのフーゴってやつの情報はある?」

「はい、裏組織からの仕事を請け負っていると報告が入っています。使い走りの小物です」

「そう、飛んで火にいる、かもね。手を出さないでね」


「私は忙しい、お前などに付き合っている暇はない」

「いやー、そう言わずにさ、エルクのところに行くなら、この俺が案内してやるからよ」

「フーゴ、迷惑かけないで」

「だまれ、おまえに迷惑はかけてない。用があるのは、こっちのエルフだ」

「いやー、ゴミも懲りないねぇ」


 そう言って、僕はアザレアとフーゴの間に割って入った。


「エルク様!」

「てめえ!」

「やあブリッタさん、彼女が待ってた人なんだ、ありがとう。アザレアさん、よく来たね。さあ、行こうか」

「て、てめえ、無視するな!」

「あれ? ゴミに用はないよぉ」


 フーゴにちらりと視線をやり、僕は背を向けてアザレアに向き合った。


 ガキンッ


 と、エルクの背中から音がした。


「キャー!」

「エルク様!」


 ブリッタが悲鳴を上げ、アザレアとラドが声を上げる。エルクの背中にフーゴが短剣を突き立てていた。僕の魔法で、腕も短剣も、突き立てた格好のまま動かせずにいる。


「あらら、この短剣はなにかなぁ。刃が黒く濡れてるのは、なんだろねぇ?」


 僕は振り向いて、悲鳴を聞いて集まった職員と冒険者に問いかける。


「……あの色、毒か?」

「黒い? ……あれって……いや、フーゴごときが手に入れられるか?」


 フーゴは短剣を動かそうとするが、ピクリとも動かない。

 僕は横に動いて、フーゴが突き出したままの剣を鑑定してみる。


「へぇー、毒なんだ。黒蛇毒?」


「黒蛇毒? かすり傷でも死ぬぞ!」

「禁じられてるやつだ。持ってるだけで罪人だぞ」


 フーゴの額を汗が一筋流れる。


「ふーん、怖い毒の剣を、後ろから突き刺したんだぁ。言い訳できない殺人未遂だねぇ。触るのも危ないから、こうするね」


 僕は剣を抜き、よく見えるように剣身を腕の上にかざす。


「しかたないよねぇ。このへんかなぁ」


 そう言うとフーゴの動かない腕に向けて、振りかぶった。


「や、やめてくれ!」


 何をするつもりなのかに気づいたフーゴが、悲鳴のような声を上げる。


「やめてほしい? やめるわけないじゃん」

「ヒッ!」


 剣を振り下ろしたが、切断せずに腕の寸前で止める。


「ねえ、やめてほしいのならさ、教えてくれない? 誰に言われて僕を狙ったのか? 毒剣を用意してるんだから、計画的に、僕を狙ったよね?」


 フーゴは首を横に振った。冒険者たちも職員も、固唾を飲んで見守る。


「い、言えない。言ったら……殺される」

「へぇー、言わなくても殺される状況なんだけどなぁ。この腕、いらないんだね?」


 再び剣を振りかぶり、振り下ろす。また腕の上で止めた。


「もう、剣を離せば腕は自由になるよ」


 それを聞いたフーゴは、短剣から手を離してへたり込んだ。

 防壁を消し、宙に浮いている毒剣を手に取って受付カウンターに静かに置く。自分から離れたところに置かれたが、ブリッタは毒剣から目が離せなかった。

 僕は剣をフーゴの鼻先に突きつける。にっこり笑って大きく振りかぶった。


「今度は、止めないかもね」


 見上げるフーゴも周りの誰も、その剣が見えなかった。次の瞬間には、見上げる額に剣があった。


「へ?」

「自分の頭の中に何が入っているか見たくない? 縦じゃなくて、横に切ってみた方がわかり安いかなぁ」


 フーゴから、尿の匂いがしてきた。


「あらら、漏らしちゃった? こんなに人が見てるのに、恥ずかしいヤツだねぇ」


 僕は魔力の膜でフーゴと自分を包む。ラドの魔道具って、魔法で再現できないかな?


「外の人間には、声が聞こえない。いえ! 誰に頼まれた!」


 腹に響く僕の低い声に、額の剣に目を釘付けにしたまま、か細い声が答えた。


「……カ、カルミアのペ、ペッテルに、た、たのまれ、ました……」

「君はそのペッテルとどんな関係なの?」

「……し、仕事を依頼されます。い、いろいろ、し、始末をしてます」

「そのペッテルってのも、お前程度に仕事を頼むなんて。よっぽど人材不足か、抜けてるねぇ」


 魔力の膜を解除し納剣して、職員に笑いかける。


「あーあ、こんなに床を汚しちゃって。掃除する人のことも考えてほしいよね。後は任せていい? 領都警備隊を呼んで。そうそう、この短剣の毒って、簡単に手に入るの?」

「……いや、危なすぎて魔物討伐にも使えんし、そもそも禁制品で、おいそれとは入手出来るものじゃない。裏ではかなり高額で取引されている」


 職員が答えてくれた。


「ふーん。どうやって手に入れたんだろうね? 領都警備隊が興味を持ちそうじゃない? そうそう、きっと鞘にも毒が付いてるよね。他にも危ないものを持ってるかもしれないから、捕縛は注意してね」


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