欲しいものは手に入れる


「ベルグンを通る交易路が安定すれば、ジュストさんの目的は果たせる。さて、ベルグン伯爵、所詮しょせんは『伯爵』。王家とは違って継承派閥と言っても、たかだか数人が争うような小さな継承問題」


 ラドがためらいながら、うなずく。


「領国軍も、巡検合わせても、百名前後。その他、もろもろ役人が百名。裏の組織や犯罪にかかわる者が、そこらのこずるい商人や子どもの手先いれても、千名ぐらいかな?」

「……そうですね、そのぐらいかと」

「でだ。規模が小さすぎだね。領主なんていなくなっても、王都から次が来て安定すればいいんじゃないの? と、しがらみのない人間は考える」


 ラドがなにか言いたそうにしたが、声は出さない。


「その裏組織を潰したら、任せられる手下がいなくなって終了にならない?」

「……そうですね。裏の組織カルミアが潰れれば……」

「カルミアっていうんだ。数十人、いや主要な者は数人かな。それにいなくなってもらえば交易路を乱すのがいなくなる……はっきり言って、ジュストさんの利益を取られなければそれでいい。でも、ラドはジュストさんの命令の範囲でしか動けないと。ふむふむ」

「私は、少し、ジュスト様に雇われた期間が長すぎたかもしれません。大きな商人は体面が綺麗でなければ受け入れられません。それに慣れてしまったのかもしれません」

「オットーがやってることが、普通の商人なんだね」

「ええ、そうとも言えるでしょう」

「じゃ、カルミアを潰そう」


 声を出せないラドが、生唾を飲み込んだ。


「で、餌になるとして、僕の利益は?」

「私どもが護衛をいたします。費用はジュスト様が負担します」

「でも、今日、訓練場を覗いていてわかったでしょ? 僕は護衛なしでも困らない。それが利益として、釣り合いが取れてると思う?」

「いいえ、思いません。ジュスト様は取れているとお考えですが、私はそう思っていません。裏の組織の財産を手に入れられる可能性は、非常に高いです」

「……お金ね。取らぬなんとかだし、田舎の組織だから財産ってほどじゃないでしょ? 財産ってさ、一国を揺るがすくらいじゃないと、財産とは言えないよね。だめだね。そんな不確かなものでは足りない」

「……ベルグン上層部、ベルグン伯とのつながりではいかがでしょう?」

「たかが地方の領主とのつながりを、ありがたがれ、と?」

「……お金、裏の組織、貴族、商人とのつながり、どれもお気に」

「ラド、ラド。僕の欲しい物、わかってるんでしょ?」


 ラドは、目を閉じてつぶやく。


「……それほど自惚れが強いとは、思ってはいませんでしたが……私でしょうか?」


 僕はにっこり笑って、フォークに差した羊肉を頬張った。飲み込んでエールで口をすすぎ、ラドに笑いかける。


「おつりがくるよ」



「ラド、僕の欲しいのは、君のノウハ……、密偵としての知識だよ。その分の報酬は払うよ。まあ、お互い出会ってまだわずかだ。信頼や信用なんて言葉が出てくるほど、一緒に過ごしてない」

「……はい」


 ……ラドミールの魔力はクラレンスの魔力によく似ているんだよね。もしかしたら? うーん、やぶ蛇になるか? ここは賭けるか。


「……ラド、いや、ラドミール。これはぶしつけな質問かもしれないけど。魔族なの?」


 ラドミールが、エールを飲み干して僕に眼をすえた。


「……ええ、魔族です。指摘されたのは、エルクさんが初めてです」

「魔族は虐げられてる? 嫌な目にあってる? 差別されてる?」

「えっ? い、いいえ。ただ……嫌う方もいます。ほとんどの魔族は人間と同じ生活をしています。……あの方が復活された時はひどい……」


 最後の言葉は、ラドが口の中でつぶやき、僕でなければ聞こえなかっただろう。


「今、私がこの場で承諾しても、全幅の信頼を受けられないと思います。お返事は猶予をください」

「ぷっ。密偵なのに正直だねぇ。いや、まあ、そんな方法もあるか。でも間違ってない? 密偵に全幅の信頼をおくなんて。ふふ、考慮してもらえるだけでもありがたいよ」


「……エルクさんは十歳とお伺いしましたが、一体どんな経験を……」

「ん? さぁ、どんな経験かねぇ……。で、段取りは?」

「エルクさんがベルグンをお立ちになるまでは、私がご一緒させていただきます。部下はカルミアを探り、上層部を洗い出しています」

「まだるっこしいねぇ」

「……」

「んー。こんなのは? 僕がなるべく派手に動いて、彼らが食指を動かすのを早くするというのは?」

「ええ、それならば餌に食いつくのも早いかと」

「うん。その線で行ってみようか。ラドと僕の関係は、どんな設定?」

「……常に一緒にいてもおかしくない関係。エルクさんの執事では? 実はエルクさんは、ある国の貴族の御曹司。実家からのお目付け役、では? 本当のご身分がそうではないかとお見受けしているのですが」

「ふーん。……孤児で、森の魔術師に拾われ育てられたんだけどね」


 ……実は、政敵から逃れるために預けられた、王族の子。帰還を望む者がラドを寄越した、ならつじつまは合うか? 魔王国から来てくれる人にも使える設定かな。


「それでいくかなぁ」

「はい」

「ラド。ジュストさんの御者と、僕の執事が同一人物ってのは、おかしくない?」

「はい、おかしいですね。ご安心を。この食堂では御者ですが……」


 そう言って、ラドは両手で顔を覆った。


「……こちらがエルク様の執事です」


 両手をどけると、別人がいた。


「別人。声も? いや、似ているが、別人?」

「はい。声の出し方、眼の開き方、視線の向け方、口の開け方などで、別人になります。御者と執事は、全く違う人間として、この世界に存在しているのです」

「凄い。面白いねぇ。やっぱり、おつりがくるよ」

「ありがとうございます」

「で、僕は高貴な出であることに確信がなくて、ラドを迷惑に思う。それでもつきまとう執事ってことで?」

「はい、かしこまりました」

「ああ、そうそう、ラドたちと出会う前に知り合った人が、ベルグンに来るんだ。一緒に旅をする予定でいるんだよ」

「はい」

「面白いことになりそうだなぁ」


 御者に戻ったラドは、食堂を出ていった。


 しばらくして、上等な仕立ての服を着て、執事のラドとして戻って来た。食堂の入り口でハイディと話しをして、僕の席に案内された。

 僕は改めて「しばらくだね」と挨拶をし、席についてもらった。


「ハイディ、こちらの新しいお客さんに飲み物をお願い。エールでいいかな」

「いいえ、エルク坊ちゃまと同席して、お酒などいただけません。水をお願いします」

「そう言わずに。ハイディ、エールね。それと美味しい料理をお願いね」


 ハイディは、先程の御者とは違う対応をする。別人として、やや改まった受け答えをしている。「宵の窓辺」の支配人と話すように。


 ハイディに、リリーを呼んでもらった。


「リリーさん、こっちはラドさん。僕の師匠の知人なんだ。部屋を取りたいんだけど」

「エルク坊ちゃま、どうぞラドとお呼びください。リリーさん、私はエルク坊ちゃまの執事です。使用人が泊まる部屋で、坊ちゃまのお部屋に近いところをお願いします」

「ラドさん、『坊ちゃま』はやめてよ。それに執事じゃないし、使用人でもないからね。僕の部屋に近いところをお願いします」

「かしこまりました。エルク様の隣が空いておりますので、そちらをご用意いたします」

「お願いしますね」


 リリーは、詳しく聞きたそうに、僕とラドを見比べて受付に向かっていった。


「『坊ちゃま』はやりすぎ。では、よろしくね」

「はい、よろしくお願いいたします、エルク様」


 食事を終えて、部屋に戻った。

 ラドが鍵を開けようとしたり、「坊ちゃま、お着替えを」などと言い出したりの小芝居の後、ベッドに横になりガランに念話を送った。


『ガラン、今、大丈夫?』

『はい、エルク様、大丈夫です』

『クラレンスに伝えて。魔王国以外に住む魔族について調べて、報告書が欲しい』

『かしこまりました』

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