御者の話
工房や商店、市場など、街なかを散策して「宵の窓辺」に戻った。風呂を済ませ、着替えて食堂にいく。
「ハイディ、エールをもらえる?」
「はい、夕食はすぐにお持ちしますか?」
「うーん、いや。なにか、簡単なものをもらってからにするよ」
「では、羊肉の串焼きが今夜のおすすめです」
「うん、それで。僕を訪ねて人が来るんだ。夕食はあとで声をかけるよ」
「はい」
羊肉の串焼き。タレがまたいい。
某国旅行で街角で食べたものとよく似ていて、懐かしいね。自転車にコンロを積んだおじさんが焼いてくれたっけ。辛くて濃厚で、でも後味サッパリ。ここはどんな香辛料で辛味を出してるのかな?
羊肉を頬張りながら、今日のオルガとのことを思い返した。
……魔術師の資格か。オルガの弟子になれば資格が取れるかな。いや資格よりも狂乱の魔法について学べるかな。
食堂の入り口に御者が来ているのに気がついた。店内を見回しているので、立ち上がって手を挙げると、こちらに近づいてきた。
「こんばんは、どうぞ」
「こんばんは、エルクさん、では失礼します」
「飲み物は何にします? この羊肉も美味しいですよ」
「では、エルクさんと同じもので」
ハイディに注文して、挨拶代わりに、フラゼッタ王国への旅の用意などについて質問してみる。
「いえ、私はジュスト様とご一緒しません。その件についてお話があるのです」
ハイディが飲み物と料理を置いて席を離れると、御者は懐から僕にだけ見えるように、こぶし大で灰色の石を、少しだけ覗かせる。
「これは、周りに声が聞こえないようにする魔道具です。使ってもよろしいでしょうか?」
「うん、かまわないよ。面白い道具だね。空気かな? 波を消す? あ、こっちのこと」
「少し内密のお話なので」
御者は、何度か握る方向を変えて石を握り、懐にしまった。
「作動させました。私はジュストさんについていかないと申し上げましたが、新たな仕事を依頼されました。その件をエルクさんにお話する許可を得ています」
「そう」
「私はオットーを罪人として捕らえさせ、商会から追放できるよう証拠を集める仕事を依頼され、御者をしていました。商会から追放は出来ましたが、罪人として捕まえられませんでした。ジュスト様は、きっかけとなったエルク様がオットーに付け狙われるのではと心配して、私にエルクさんの護衛を依頼されました」
「……オットーってそれほど危険なの?」
「いえいえ、本人はそれほどでもありません。アイテムパックを狙わせたやり方、オットー単独なら、あの程度の頭しかありません。ですが、裏の組織とつながっていて、ジュスト商会の利益を吸い上げていました。どうやら領主の近くまでつながっているとみています」
「……で、僕はまだ餌として使いようがあるから、釣りを続けたいと?」
「はい。申し遅れました、私はラドミールと申します。ラドとお呼びください」
「うん。ラド、この間の六人も一緒? ああ、でもあの六人で全部とは限らないか」
「はい、必要なだけの人間を使いますので」
「そう。で、僕は餌として十分ってことか」
……なかなかだねぇ。で、僕は餌なだけ? 単なる餌なら、事情をここまで打ち明けないよな。狙いは、なにかな?
僕はラドを見つめてエールを飲み干し、ハイディにおかわりを頼んだ。
「へぇ、こんな時は魔力の流れを変えて、聞こえるようにも出来るんだ。便利だねぇ」
ラドが軽くうなずく。
「どんな結果が欲しいのかな?」
「オットーを捕まえることです」
「それならラド一人でも、十分なんじゃないの?」
「はい。オットーの裏組織とのつながりを領主に報告すれば、ジュスト様の当初のご依頼は果たせます。ですが、エルク様を護衛するという依頼は果たせません。その上を捕まえないことにはエルク様を狙うでしょう」
「捕まえるねぇ」
「……罪人として領主が裁定出来るようにすることを、ジュスト様は望まれました」
……どうなんだろ、甘くない? 実はその領主が一番悪いってことない? ここの情勢も法律もわかってないからなぁ。どんな罪を犯しているのか。殺人、詐欺、強奪、贈賄、人身売買……。
「あ、ここには、この街には奴隷っているの?」
「はい、借金の払えないものや犯罪者は奴隷にされる罰があります。……さらわれて売られてくる者もいます」
「殺人、詐欺、強奪は違法?」
「違法です」
「贈賄、奴隷売買は?」
「違法ではありません」
「裁判って誰がするの?」
「領主、領主に任命された代官、領国軍、領都警備隊などが裁判を行います」
「で、公平に機能してるの?」
「……いえ、力のあるものは裁かれません」
「だよねぇ。ねえ、その組織って改心して、いい人間になる可能性はあるの?」
「……いえ、ないでしょう。やっていることが目を背けたくなるようなことです。お互いに監視し合っています。仕事を拒否したり、組織を抜けたりすることは、裏切りとして仲間に処分されるでしょう」
「犯罪者の主な罰はどんなもの?」
「殺人、強盗殺人、詐欺は街なかに晒したあとで死刑。盗みだけであれば奴隷が基本です。利益を考えて、死刑が奴隷の罰になることは多いです」
僕はうなずいて先を促す。
「領主家は……二人の息子、どちらに後を継がせるかで、もめているところです。裏の組織がそこに入り込んでいます」
「後継者争いか。息子は二人だけ?」
「フラゼッタ王国の学院にいっている三男がいますが、この街には長男と次男がいます」
「領主って伯爵だったよね」
ジュストさんから教えてもらったのは、ほとんどの国が王政。貴族制。
王、公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、騎士。
貴族はいわば小王。税と領地、爵位が複雑怪奇に絡み合っているらしい。
情勢と気分次第で、貴族にしてあげよう的な叙爵も多いらしい。どの世界もおんなじなんだね。あんまり増やすと某国みたいに革命されんじゃないの?
貴族じゃないけど、その土地で影響力を持つ郷士領主も支配階級。
農民は領主の持ち物。職人、商人がその下だったなぁ。伯爵ってあんまり上じゃないよね。辺境伯なら侯爵待遇かな?
「ねぇ、ジュストさんは別の国の商人だよね。ジュストさんにとってベルグン伯爵はそんなに大事なの?」
「……ノルフェ王国を通る魔力鉱交易路、魔王国との交易は重要です。ジュスト商会の柱のひとつです。ここを通らねば、砂漠、荒れ地、山脈、密林と、かなりの遠回りをします。ベルグンを通れば、ずっと大きな利益がでるのです。魔力鉱を取り扱うジュスト様にとって、ベルグン伯爵領の安定は必要なことなのです」
「なるほど。……これから言うことの認識が違ってたら、そう言ってくれない?」
「はい」
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