風と炎
王都パルムに
ノルフェ王国からの旅の間、ラウノをはじめパーティーのみんなに魔法について教えてもらった。
魔法は師から詠唱の言葉、発動の魔法陣を習う。発動と威力を集中、強化する魔法の長杖や短杖の使い方も習う。
詠唱の言葉を一字一句も違わずに暗記することが、弟子の勉強だった。発音の高低も間違えずに唱えられるように練習する。
全てを「丸暗記」する必要があるのかぁ。
詠唱する言葉、呪文の意味は誰も教えられていない。
幾つか詠唱してもらったが、音に高低が付き、独特の節回しがある。だが、誰も呪文の言葉の意味を理解してはいない。
ルキフェが用意してくれた知識の中にある太古の言語、今の時代には太古語といわれる言語に、幾つか同じ言葉があった。
現在使っている言語に訳してみたが、それでは魔法が発動しない。
「力の言葉」ってやつだろうか。
僕の「イメージして、そのようになれ」とはだいぶ違っている。詠唱だと、物理現象の全てを言い表す必要があるように思えた。
イメージで魔法が使える人間が、人に教えて同じことをさせようとしたらこんな風かな。「燃える」を言葉だけで伝えるとか……か?
宝物庫から一般的な発動の魔法陣が刻まれた杖を選んで、ラウノに使い方を教えてもらった。
詠唱の言葉に魔力を巡らせ、最後は杖に刻まれた魔法陣に魔力を流し発動させる。高等な杖になるほど複雑な魔法陣が刻まれていて、必要な魔力が増えた。
長杖も短杖も練習もするが、どちらも無詠唱と比べて発動が遅い。急いで発動させようとしたら、魔力を込めすぎたせいか粉々になってしまった。
みんなも練習してみたが、やはり速くは発動しなかった。
僕は使うふりの練習かな。
フラゼッタ王国王都パルムに近づくにつれ、農耕地や牧場が増え、集落の数も増えていった。
どこの集落も薬草や魔石を使った魔物よけに守られていて、周りにいる魔物の大きさは小さくなっていった。
ここも脅威となるような魔物は、狩られてしまって少ないのかな?
夕刻にパルムに近づき、無理をすれば街門が閉まる前に王都に入れそうだった。だが、もう少し人の流れや、警備状況などを観察したい。
隊商や荷馬車向けの野営地用の空き地が王都の手前にあり、そこに野営した。
ここにいる荷馬車は、ほとんどが朝の市場に合わせて食料を運び入れるようだった。
野営の準備には女性用、男性用、僕用のゲルを出す。最初にゲルを使った野営の時に僕も男性用を使おうとしたけど、ラドたちの反対にあって一人で使う事になったんだ。
組み立てられたゲルをいくつも出し、野営の道具も次々出てくる。野営地に他の隊商がいるときには必ず周りの商人から驚かれた。
こちらのアイテムパックを嫌な目つきで見てくる者もいた。ベレー帽、いかめしい戦闘服、武装、揃いの制服姿の僕ら。馬にも乗っていることで貴族と思われたようだ。誰も話しかけてはこなかった。
ノルフェ王国やアグナーの近くでは、隊商同士が野営の火を囲んでそれなりに交流があったが、パルムに近づくにつれて、お互いを警戒するようなギスギスした雰囲気が強くなってきた。
翌朝早くに東から王都パルムに入った。
パルムの街壁は、土塁と木材を使ったものだが石材の割合が多いように思えた。石材は、切り出した大きな岩の部分と、煉瓦を積んでいる所が混じっている。
石壁の外側にも建物が立ち、街並みが広がっていた。
東門は多くの荷馬車や荷物を背負う者たち、人の乗る馬車、騎馬の者がそれぞれの列を作っている。僕らは騎馬の列に並んで門衛の前に行く。
「冒険者か。……あんな子どもが銀証?」
その声を背に、門を通過し、ラドの案内でリブシェ商会に向かった。
門をくぐった先の広場、その中央に拳に握られ切先を天に向けた剣の像が建てられていた。幾人かの男女が周りを清掃して、花を飾っている。
パルムの街並みは、城壁の外も内も煉瓦に漆喰の家が多い。道も石や煉瓦で舗装されている。
そこかしこに補修をする人がいるが、像を清掃していた人よりも粗末な衣服を着ていて、疲れた表情をしていた。
王都は中心に王城、取り囲むように貴族街、南側に聖教会と学院、北側にはリブシェ商会がある商館街、職人街、各種ギルドの施設などに分かれている。
街の門外に広がるのは人口が増えて、城壁の外に住まざるをえなくなった人たちだそうだ。
王都を行く人は様々な人種が入り混じり、喧騒にあふれていた。
だが、あちらこちらに、三人から五人ほどの兵士が立っている。
城門に掲げられた紋章と同じものをつけた揃いの革鎧で、槍や弓、大剣で武装した兵士たちだ。
「ラド、随分物々しい都だな」
「ええ、王都パルムは暴力沙汰が多い都です。喧嘩、決闘騒ぎが多いのです。あの様に巡視する兵士、王都警備隊が多くいます。闘技場での武闘試合も多く、多額の賭金が動くので、時には騒動になります」
確かに武装して集団で歩いている者も多い。派手で装飾過多な揃いのマントやローブ姿で、集団同士がすれ違う時はお互いに警戒しあっているようだった。
リブシェ商会は町の北側にあり、中規模の商会だった。馬車の入り口から入り、馬を預けると、応接室に案内された。そこには優しげでふくよかな女性が一人で待っていた。
「エルク様、こちらはリブシェ商会会頭ミルシュカです。ミルシュカ、こちらはエルク様。レオナイン様から連絡があったと思いますが」
「はい、連絡がありました。エルク陛下、ミルシュカでございます」
「エルクです。よろしくおねがいします。その敬称はしばらく控えましょう。ただエルクとお呼びください。こちらはアザレア、オディー、ラウノです。ヴィエラたちとは知り合いかな?」
「エルク様、おおよその所はレオナイン様より連絡が来ております。ラドミールからの連絡で屋敷をご用意しています」
「ありがとう、ミルシュカさん。いろいろと助けが必要なのです。そのための資金はこちらから提供します。ラド、金貨や宝石を換金してもらったほうがいいかな? それとも象嵌の剣なんかを渡した方がいい?」
「金貨、宝石はしばらくお待ち下さい。ベルグンでは餌として広めましたが、魔王国とのつながりを探られたりしないか、確認が済んでからでお願いします。あの武器ならば、大丈夫だと思います」
「そう、ミルシュカさん、こんな剣とかで利益が出ないかな?」
象嵌された剣を、数本取り出して見てもらった。
「……美しい。ここパルムは尚武の都。常に良い武具に需要がありますが、貴族や騎士団などの間では、武器や防具に華美な装飾をするのが流行りです。高く売れるでしょう」
「じゃあ、とりあえず今まで作った物を渡すね。準備を整えてまた大量生産しよう。防具も作ってみるよ」
「エルク様がお作りになったのですか?」
「うん、錬成魔法って呼んでるけど、僕が作ったんだよ」
「僕は図書館に入りたいんだ。ルキフェの狂乱について調べたい。学院の学生なら入れると聞いてきたんだ。どうすればいい?」
「図書館ですね……学院に入学するのが良いと思いますが……知人に詳しいものがおります。その者に尋ねましょう。一応は信頼のおける者ではありますが……影の一族のことは知りません」
「その人と話せるかな?」
「かしこまりました。エルク様の屋敷に来るよう連絡をいたします」
ミルシュカが出してくれた薬草茶に口をつけ、更に続けた。
「本がどこかで買えない? どんな本でもいいけど、魔法書があるなら手に入れたい」
「本ですか……魔法書。可能だと思います。探してみましょう。購入できるか、写本用に借りられるか、あたってみます」
「お願いね」
「それから、魔物の情報が知りたい。どこかで、魔物による大きな被害は出ていない? 普通より大きいとか群れの数が多い、強い、異常と思える魔物による被害の話は聞かないかな?」
「異常と思える魔物の被害……アグナーの東にある国、ギリス王国の砦が二カ月ほど前に全滅したという噂があります。どんな魔物かはわからないとか。交易路からは離れていますが、隊商に注意するよう伝えた覚えがあります」
「アグナーの東……二カ月前……大トカゲかな?」
ラドに問いかけた。
「ええ、ギリス王国からアグナーに進んで来た、と考えれば。ですが別の魔物の可能性もあります」
「うん、そうだね。ミルシュカさん、これまで何度か異常な魔物を討伐してきたんだ。そこでお願いです。普通より大きいとか、群れの数が多いとか、砦が全滅したなどの噂を集めてください。ラド、アザレア、ミルシュカさんと情報の共有をしてください。僕は冒険者ギルドに行きます」
「はい」
ミルシュカに馬車を出してもらい、冒険者ギルドに向かった。
王都パルムの冒険者ギルドは東門の広場に面した、石組みと木造の大きな建物だった。
石段を上がり中に入ると、他で見たギルドの建物とは趣が違っていた。
玄関ホールに職員が座っている受付がある。その前には長椅子が入り口に背を向けて置かれ、役所のような配置になっている。
左側の片隅に見慣れた受付と掲示板があったが、人の姿がない。
正面の受付の男性に、口座を確認したいと銀証を見せた。
「冒険者の受付は左の受付になります。担当を呼びますのであちらでお待ち下さい」
そう言われて左の受付で待ったが、直ぐには人が来ないようだった。待つ間に掲示板を見てみた。
魔石目的で討伐をする冒険者が少ないからか、異常な魔物についての注意喚起などの掲示はなかった。アグナーの事もどこにも掲示されていない。
ほとんどの依頼が隊商の護衛依頼だね。中には屋敷の警備依頼もある。だいぶ前から貼り出されているのか、上から貼られた他の依頼に隠れているものも多い。
護衛や警備依頼が多いのは、盗賊が多いから?
討伐や魔石の依頼があまりないのは近くに魔物が少ないからかな? 解体をお願いしたいものがいっぱいあるんだけど、解体の上手い人がいなそうだね。
「お待たせしました」
受付に男性が現れたので、口座を確認した。その金額に受付の男性は驚きを隠せなかった。ベルグンから、狂鹿の買取分が入金されていたからね。
もし、異常な魔物の後ろに聖教会がいるなら、灰色狼と狂鹿、大トカゲ討伐の情報が渡ったことになる。
銀証冒険者エルクが一人で討伐したとなれば、こちらを探りに来るかな。防諜の立ち上げを急ぐか。口座の確認にパルムに現れたことも、学院に入学できたらそれも……。
「口座の確認ありがとうございました。王都は魔物が少ないんですね。掲示板も護衛の依頼ばっかりだし」
「ええ、近郊には大した魔物はいません。角ネズミや四足コウモリ程度です。大型は皆討伐されてしまいましたからね。大きな魔石を求める冒険者はもっとずっと北か、東に行きますよ」
「魔物がいないんじゃ、普通の人が魔石を手に入れるのが大変じゃない?」
「王都では魔石の供給が絶えたことはありませんよ。他国からも輸入してます。だから皆売られているものを買いますね。魔石に魔力を充填する魔術師も多くいますから、困ることはないんです。角ネズミや四足コウモリなどは、冒険者ギルドに登録していない者たち、貧民街の者たちが狩って商人に魔石を売っています。それも流通しています」
「そうかぁ。……王都見物したら、東に行ってみるかなぁ。北のノルフェ王国の方がまだ稼げたのかなぁ。じゃあねぇー、ありがとー」
「いいえ、どういたしまして」
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