必要なもの


 リブシェ商会に戻り、ラドたちと合流して、用意してもらった屋敷に入った。

 王城の周りにある貴族街の中程、裕福な商人の屋敷などもある辺りだった。ミルシュカと昼食を取りながら、これからについて話した。


 昼食には魚が出てきた。ベルグンでも魚は食べられ、鰯や鰊のような魚を塩で焼いて出す屋台があった。

 燻製にした魚、内陸だから川魚だろうか? 焼いたものとスープにしたものが出された。今まで肉料理が多かったが、これは美味で新鮮な感動だった。


……これ! これって、あれか?


「ミルシュカさん、とても美味しいですが……この味は、胡椒ですか?」


 あ、いや胡椒で通じるのか? ん? 今この世界の言葉で「胡椒」って言ったのか?


「ええ、こちらの料理には、最近南の国から入って来ている胡椒というものを使わせています。香り豊かですが、使いすぎると辛く、好みが別れます。非常に高価なものです。ご存知なのですね」


 言語は、参考にした魂の記憶を集めたものだから、言葉が存在しているのか? 胡椒! 産地はどこ! 空を飛んでいって、買い占めてマジックパックで運んだら巨万の富が……それは……商人が迷惑するか……でも……。……唐辛子は? 唐辛子はないのか!


「手に入れたい! 後で相談を!」



 午後は屋敷内を案内され、裏庭に訓練場所を準備し、納屋の一棟に錬成魔法実験室を用意して過ごした。


 胡椒をたっぷり使ってもらった夕食後に、中庭に出て胡椒買い占めの事を考えていると、急に探知魔法に乱れを感じた。まだ陽は沈みきっていない。


「なんだ?」


 光学迷彩で姿を隠し街の上空に浮き上がる。街の中心部、王城を規則的な魔力が囲んで流れている。

 防壁ではないが……王城への侵入監視かな? 翼のある魔物もいることだし……夜間の警備か?


 屋敷に降りてラドに尋ねた。


「いえ、存じません。パルムの警備体制をもっと調べさせます」

「うん、お願いね。……王都エステルンドにも、いままでの街にもなかったなぁ。そこまで警戒心がなかったのか、魔道具なら魔力不足か、それとも何か理由があるのか……」



 翌日の朝食後に、ミルシュカが呼んだ、学院や図書館のことに詳しい人が来てくれた。


 パルムには、学院に入学出来るほどではないが、才能のある者に魔法や武術を教え、就職を手伝う私塾が多い。

 武闘試合の興行師が開く私塾もあり、王都パルムには多くの若者が集まっていた。

 ミルシュカは、そのような私塾の中でも評判の良い「セリアの学び」から人を呼んでくれた。微笑んでいるような感じの 優しげな女性だった。


「魔術師のセリアと申します。『セリアの学び』という私塾を開いています」

「エルクです。よろしくお願いします」

「ミルシュカから、学院への入学をご希望と聞きました。学院への入学は、資格となる条件が厳しく、簡単には入れません」

「そう聞いています。僕は田舎育ちなのでものを知りません。教えていただけると助かります」


「推薦状があれば入学ができます。王族か高位の貴族、弟子を取る資格のある武術師か魔術師の推薦状が必要です。入学後にどのくらいの実力があるのか教授の前で試されます。滅多にありませんが、十分な力量がないと判断されれば、入学を取り消されることもあります。入学には高額の入学料、授業料、寄付金が必要となり、入学を取り消された場合には納めたものは返金されません。また、学院の下部組織に専門校があります。そちらは魔道具を扱ったり、治癒魔法を学んだりする方たちが入ります。こちらも推薦状が必要です」


 何度も説明しているんだろうな。説明が棒読みだね。入学してから取り消しって……まあ推薦者の顔を潰したら大ごとだろうから、めったにないのかな。魔道具は専門校か。


「エルクさんは推薦状をお持ちで、お年は十歳と伺っています。学院には入学できますが、年齢的に体力と魔力量の不足で、入学後に試技で取り消されるでしょう。私ども『セリアの学び』は貴族子弟の方が、就学前に体力と魔力量を増やすお手伝いをしています。いかがですか、学院の入学準備に『セリアの学び』で学んでみてはどうでしょう? 十三歳の入学までに十分に準備ができると思います」


 ニコニコと笑いながら、僕に営業してきた。


「入学に、年齢制限があるの?」

「はい。十三歳から入学できます」

「……飛び級……十三歳以下、十歳で入学することも出来るのでしょう?」

「十三歳から入学するのが一般的です。王族からの推薦状か、よほどの実力があれば全くの不可能ではありませんが。十歳では体力的、魔力量的な実力が伴わないので、ほぼ無理でしょう」

「うーん、年齢制限か。……あ、推薦状はノルフェ王国シュゼット女王とベルグン伯爵のものがあります」

「ノルフェ王国シュゼット女王?」

「ええ、戴冠式はまだですが、つい最近、女王位承認式がありました」

「そうですか、調べてみます。それからベルグン伯爵ですね。推薦状としては条件を満たすと思います」

「……十歳でも実力があればいいのですね。実力とはどんなものでしょう? どんなふうに測りますか?」

「入学に必要な実力は、先程申し上げた教授の前での試技を通れるかですが……武術師との試合、それから魔法の行使です。ですが、試技を受けなければなんとも……」

「冒険者ではどうでしょう? 冒険者は実力によって分けられていますが?」

「冒険者ですか。……そうですね、銅証に勝てるくらいならば実力があるといえるでしょうか」

「銅証に勝つくらい? これを持っています」


 僕は冒険者の銀証を出してみせる。


「これは、銀証? エルクさんが? 名前は確かにエルクさん……十歳で銀証とは……」


 目を大きく見開いて、受け取った銀証と僕を交互に見比べる。


「魔法でも武術でも、魔物の群れを単独で倒せますよ」

「……そうであれば、十歳での入学ができるかもしれません……」



「学院での勉強ですが……魔法を学問として研究する科目もあるのでしょうか?」

「……学問ですか?」


 セリアは頬に手をやり、小首をかしげた。


「ええ、魔法の成り立ちや歴史、魔力とは何かとか。これまでになかった魔法を考えるとか」

「そういう科目はありませんね……成り立ちや歴史ですか……『これまでになかった魔法を考える』……。学院では学ぶべき魔法が多く、中には失われてしまったものもあります。今ある魔法を伝えていくのにも、人手が足りないのが現状です」

「じゃあ、魔法の本質を研究する人はいないということですか?」

「研究する人、かなり高度なことですね。博士級以上であれば……就職してしまうか……魔術師の個人的な弟子であれば? いえ、それでは難しい? 魔術師の中には……中には学ばせずに奴隷のように弟子を扱う者も多いのです。弟子を希望されるのならば、よく相手を見極めなければなりません」



「学院には図書館がありますよね? 先程の専門校の学生もその図書館を利用できますか?」

「いいえ、学院の図書館に入れるのは学院の学生だけです。専門校の学生は専門校にある図書館は使えますが、学院の図書館には入れません」

「もし学院の学生になったら、専門校の学生にはなれませんか? 魔道具について学べないでしょうか?」

「学院と専門校の両方ですか……学ぶ場所が違いますが、いけないということはないと思います。ですが……そのような方はいらっしゃらないのでなんとも申し上げられません」

「そうですか。ところで、ミルシュカさんにもお願いしているのですが、本が手に入りませんか? 魔法書だと嬉しいのですが、どのような本でも構いません」

「本ですか、私どもの『セリアの学び』に入っていただけば、塾で写本していただけるのですが……」

「費用ですか? 写本させていただけるのなら、その費用をお支払いします。もちろん保証金は別途お渡しします。ぜひ、お願いします」

「わかりました。では……都合の良い時に、塾にいらしてください」

「今日、これからでもよろしいですか?」

「ええ、昼過ぎであれば大丈夫です。塾のものに話しておきます」



「セリアさん、僕のエー……代理人になってもらって、学院と専門校の入学手続きをしてもらえませんか?」

「はい、そういうことも承ります。……ミルシュカ、費用は……あなたが、エルクさんを援助するのかしら?」

「いいえ、エルク様は、ご自身の資産をお持ちです」

「……学院と専門校。両方となると……大金貨五枚の費用は必要になります」

「ええ、問題はないですね。ミルシュカさんに預けておきます」

「……わかりました。エルクさん、では手続きをお手伝いさせていただきます」 


 セリアを送り出してミルシュカに聞いた。


「……複雑、かな? 魔王を討伐する勇者のための学院に、魔王自身が通うのは」

「そうですね。……ですが、一族のために、そうと知りながら……私の前任者たちも学院や私塾などを支援してきました。……そうでなければ、ここで里のために商売ができませんから。ですが、エルク様は兆し。希望の兆しです。今までのことが……皆が歯を食いしばってきたことが……無駄ではなかったんだと……」

「ありがとう、ミルシュカさん。みんなのためにも試技で認められないとね」

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