試技?
セリアに代理人の依頼をしてから二日後、屋敷に結果を知らせに来てくれた。
「殿下、学院への入学が認められました」
「そう、良かった。……でもなぜ『殿下』?」
「推薦状に、やんごとなきお方ゆえ丁重に扱うよう記載がありました。学院では、世に知られてはいないが、ノルフェ王家の方と判断いたしました、殿下」
あの推薦状、そういうふうにも読めるか? またシュゼットの子にかな? まあ、貴族、王族、はては勇者と、たっぷり誤解してもらったからねぇ。さる国の世継ぎ設定を復活させようかな。情報収集にも役立つかな。
「セリアさん、ノルフェ王家の人間と口にしてはいけません。『殿下』という敬称はやめてください。……ノルフェ王国を揺るがし、フラゼッタ王国も。僕には政敵がいます。公にするといろいろな人に迷惑がかかる、と理解してください」
「了解しました、エルク様。……入学後の試技は明日行われます」
「ずいぶん早いんだね」
「はい。普通は教授の予定調整に日数が必要で、一月後に行われることもあります。ですが、入学者が王族か高位貴族の場合には、今回のように優先して予定が組まれます。推薦状で王族と判断したためだと思います」
「そう。まあ僕には都合がいいかな。専門校はどうですか?」
「前例がないともめていました。ですが、学院が王族と判断しましたので、明日にも入学が認められると思います」
「専門校も試技があるのですか?」
「はい、主に魔力量を確認することとなります」
「わかりました。……セリアさん、王族という話は広めないように学院と専門校に伝えてもらえますか? もし万が一、政敵に漏れれば王都パルム……フラゼッタ王国に戦いが起きるかもしれません」
セリアは口を手で塞ぎ驚いていた。
「……はい、わかりました。その様に申し渡します」
「では、僕は明日の試技に備えることにします」
これで入学はできた。これからだ。「学院」で狂乱の秘密がわかれば。
第一候補は図書館、その次は教授である魔術師たち。
パルムでの聖教会の情報を集めて、聖ポルカセス国への潜入。平民では、入れない所がある可能性が高いが、王家の者であれば……あるいは?
翌日、セリアと試技に向かった。僕は戦闘服、大鹿の角の面々には藍鼠の略装を着てもらい随行してもらった。全員が黒いベレー帽だ。
三台の馬車に分乗し、正面の門を目指す。馬車には「大鹿の角」の紋章を付けている。
門衛の誰何にセリアが答えて学院の敷地に入り、大きな二階建て建物の正面、馬車回しに付ける。
学院の職員の案内で応接室に通された。セリアと僕が椅子に座り、ラドとアザレアはその後ろ。オディーとラウノが入り口の両脇に立つ。応接室の外にも護衛が並ぶ。
ヴィエラは職員と出される飲み物について話した。
ここまで大仰にした訳は、王族のエルクには制服を着た随行員が必要なこと、その者が今後学内の僕を訪ねることを知ってもらうためだね。
さらに、普通は入れない学院内の様子をラドたちに知ってもらうためでもあるんだ。セリアは王族であれば当然だと思っているよう。
応接室で学院長、職員の挨拶を受けた後、建物の中を通り訓練場に向かった。
訓練場には円形闘技場が併設され、そこで試技が行われる。
セリアに王族であることを公にしないよう伝えてもらったので、予定されていた全学生の見学は中止されたんだって。
僕は控室に入り、試技について、職員から説明を受けた。
魔法講義を担当する魔術師の前で、魔法を使う。
武術講義を担当する武術師と模擬試合を行う。
その後それぞれの評価を基に、入学を許可するかどうかが決定される。
僕が闘技場に入る前から、教授たちの会話を聞いていたんだけど。
「急な試技などと、どんな高位の者なのか……どうせ小国連邦の小さな国の貴族かなんかなんだろう」
「大きな声では言えんが、どこかの妾腹の子かもな。学院に入学を希望するような王族の子弟なら、我々が知らないはずはないからな」
聞こえないと思ってるね。小国連邦か。里の方、南の海に面したところだったよね。
「……な……子どもではないか! 私の貴重な時間を子どものお遊び見学に使うとは!」
「あれは、十歳ぐらいか?」
「まあ、良いではありませんか。あの者の入学費用がこちらに回って来ると思えば。十三になったらもう一度払ってもらいましょう」
「うむ。あれでは、武術も魔法も無理だろうな。私塾に入れば良いものを」
「だが、セリアが関わっているぞ。彼女がそこに気が付かんはずがない。結構やるのかもしれん」
「まさか、あんな小さな子がか? それも男なのか女なのかわからんくらいに子どもだぞ」
「……美しい子どもだ……」
観客席には数名のローブ姿の魔術師、革鎧の武術師がいた。
セリアの話が伝わっていれば、彼らには王族の件は伏せられているはずだが。急な試技は王族か高位貴族だと見当がつくか。そこまでは伏せられないよね。
職員が声をかけた。
「では、試技を始めます。まずは魔法から。標的のある場所に進み、手前の線から的に、自分の最大威力の魔法を撃ちなさい」
職員に指示されて、闘技場の壁際、丸太が並べて立てている場所へ行く。僕は短杖を取り出して、示された線に立った。
「あいつ、今短杖をどこから出した?」
「……腰の物入れから出したように見えたが……」
「アイテムパックか?」
僕は、脇に立つ職員に話しかけた。
「質問があります。最大威力で、ここからあの丸太の的に撃つのですか?」
「遠いですか?」
首を横に振って、職員に続けて尋ねる。
「遠くはありませんが、最大威力ですよね? 本当に? 的の後ろにある闘技場の壁に被害が出ますが、良いのですか?」
「はい? 最大威力と言ったのは魔力量も見るためです。言われた通りに出来ませんか?」
最大威力って言われてもねぇ。パルムごと吹き飛ばしていいのかな?
「あの小僧、なんと言った? 壁に被害が出るだと?」
「石造りの壁が壊れるだと?」
「……ほざくわ!」
「くくく、壊せるものなら壊してもらいましょう」
人の気も知らずに、職員が急かした。
「早く撃ちなさい」
「……はぁ、入学初日に器物破損はしたくないんですがねぇ」
短杖を構え、火の玉を撃つ。的に当って丸太の上部が弾け飛んだ。
「弾速が……見えなかったぞ!」
「的自体を吹き飛ばした!」
「……そこそこの威力はあるな。だが壁が壊れるなどと言った割に、大したことない」
カチンとくるね、その言い方は。
僕は、職員に確認する。
「続けましょうか? 先生が、ああおしゃっているので、ほんとに壁を壊してもいいんですよね?」
「続けてください」
続けざまに何十発も火の玉を放った。
ガァ! ガンッ! ガンッガンッガンッガガガガガガガガガガァッ!
全ての的を弾き飛ばし、後ろの壁に連続で爆炎が上がる。
「!」
煙が晴れてくると、壁と観客席に幾つもの穴が空いて大きくえぐれ、闘技場の外が見えていた。
「なんて威力だ! それもあんなに連続して!」
「待て、おい、待て、今どんな風に詠唱したんだ!」
「そ、そうだ。詠唱が短すぎる……あれでは……無詠唱じゃないか……」
「無詠唱……」
的だけ飛ばしたんでは、また何か言われそうでほんとに壁を狙ってしまった。
外に人はいなかったかな? つい、カッとなってやりすぎたなぁ。次からは、もっと気をつけよう、うん。
「どうでしょうか?」
問いかける僕に、職員は口をパクパクさせているが、声が出ていない。
「魔法の試技としては、足りないですか?」
「……いいえ……いいえ、じゅ、十分です! 教授方、魔法の試技はこれでよろしいでしょうかぁ!」
職員が上ずった声で教授陣の了解を取り、魔法の試技が終了した。
「さすがはエルク様、お見事です!」
「うんうん!」
アザレアの声に、見学している大鹿の角の面々は笑顔でうなずいている。
気を取り直した職員が、次の試技について指示を出した。
「つ、次は武術の試技です。壁際の武器棚から得意な武器を取ってください」
僕は幾つか用意されている木剣から、自分の帯剣と同じ長さのものを選び、円盾を左手に、職員の示す位置に立った。
闘技場の入り口から長身で革鎧に籠手、脛当の男性が入ってきた。長剣ほどの木剣を携えている。
「武術の試技は武術師との模擬試合です。合図とともに試合を始めてください」
木剣を携える武術師と対面に立ち黙礼して剣を構える。
「始め!」
「どこからでも打ち掛かってきなさい」
僕は、武術師の言葉を不思議に思った。模擬とはいえ、試合じゃないの? ふーん。じゃ遠慮なく。
一瞬で武術師の右横に移動し、木剣を持つ籠手を上から打ちすえ、地面に切先がめり込んだ木剣を、下から、すくうように払いあげる。木剣は大きく宙を舞った。
「くっ!」
僕の動きを捉えられなかったようで、武術師が腕を抑えてかがみ込んだ。
「折れてはいないと思いますよ、たぶん。もう一合いきます?」
「そ、それまで!」
職員が武術師に駆け寄り、武術師は首を横に振った。
「見えたか?」
「いや、速い!」
「俺が替わる!」
教授席から筋肉の塊のような長身の男が試合場に飛び降りた。
武器棚から長尺の棒を取って数度しごき、僕に向き合った。
「始め!」
武術師は先手を取って棒で槍のように突いてきた。
先程の試合を見ているので、僕の速さを警戒し、連続突きで攻め掛かってくる。
僕は武術師の棒を、足さばきでかわし、剣と円盾で流し、間合いを変化させて、突きをことごとく防いでいく。
武術師はスッと棒を持つ位置を変えて、突きをかわした僕を、石突で攻撃してくる。
槍かと思っていたが棒術の使い手? いやあの軽々と突いて打ち込んでくる膂力、もっと重い武器を使い慣れてる。ハルバード使いとか?
上下左右から連続して打ち込まれる棒を剣、円盾で流し、足さばきでかわす。足の甲や膝裏を狙ってくるのをかわしながら、攻撃してきたのとは反対側に回り込む。
武術師は虚を混ぜ、僕は動きに隙を作られたが、武術師の攻撃を素早く左に動いてかわし、棒を持つ籠手を狙う。棒から手を放してかわした武術師が頭を狙ってくる。
目まぐるしく攻撃が入れ替わる棒と剣。僕は、少しずつ対処速度を速くする。
武術師が息を整えようとしたわずかな隙に、前に出て、更に剣速を上げる。ダーガに習った剣速を惑わす立ち回りも加え、追い詰めていく。
防ぎきれなくなった武術師が、大きく後ろに下がった一歩に合わせて前に動く。着地の瞬間に下段から相手の棒を弾き飛ばし、喉への突きを寸止めにした。
「……ま、まいった……」
武術師の降参で試合が終了した。
「それまで!」
職員の声に、教授たちが声を上げた。
「速い!」
「あのように槍術から棒術へ、面白い戦い方ですね」
僕が涼しげな顔で話しかけると、汗まみれで、荒い息をする武術師が答えた。
「ハア、まったく、ハアハア、息も切らさないか。まだ速度を上げられそうだな……」
「はい、速いのだけが取り柄ですから」
そう言って、僕は、武術師に向かって微笑む。
「これにて試技を終了する」
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