夜間偵察中


 次の日は魔王国中央情報局についての詳細検討と備品製作、王都偵察を行った。


 ミルシュカにリブシェ商会通しで大量の武具、防具、布や革、毛皮、木材、石材、金属などの購入をお願いした。

 屋敷に作った錬成魔法実験室に、調達できたものから運び込んでもらい、いろいろと製作した。

 財源となる装飾された武器と防具、凝った織りの布。宝物庫に入っていた宝石と金貨、銀貨で装飾品も幾つか作ってみた。

 装飾品はミルシュカに見てもらって、売れそうなら量産しよう。魔道具として何かしらの能力を加えたいが、専門校で学べるだろうか?


 ベルグンより南にきて、夏に向けて気温も上がってきた。

 皆の装備や衣装の夏用を新調した。

 火魔法や氷魔法を同時に受けるなど、同時攻撃にも対応できるよう防御を強化したり、いろいろと想定して製作したが、物に魔法効果を付与するのが満足できるほどではなかった。


 魔王の正装を簡易にしたものも作る。略装として織りの模様を少なくした。自分用の色は黒に近い深い濃藍だが、真紅の上下も用意した。その時の手袋とブーツは白にする。やっぱり頭部と目を保護する装備も作っちゃった。他の者の略装は藍鼠にした。


 魔王国ではベレー帽を制服にしよう。

 魔王と側近、親衛隊員は黒のベレー帽だ。赤と茶色も作っておこう。組織が増えたら色分けだ。

 記章は大鹿の角、あのへらの形をもっと巧く表現できないかな。……魔王国って国旗があるのかな。



 パルムには、カルミアのような裏組織が複数あり、時として抗争が起きる。

 闘技場での収益と賭けの金額は大きい。抗争は激しく、表立つこともあるようだ。どの組織も背景まではまだ探れていない。

 僕たちは犯罪についてもラドミールや影の一族から教えを受けた。

 どの犯罪をどう利用するかも検討した。探るべき情報は多岐に及び、その数は木板何十枚にもなった。人物相関図、行動計画図もかなりの枚数だった。




 黒装束で、夜の王都を偵察した。

 王都の北にある闘技場の周りには歓楽街がある。

 賭けが行われるので、胴元側、勝った者、負けた者も利用する。利用しないのは闘技場で試合に出る奴隷の剣闘士ぐらいだ。女性たちも、それぞれの楽しみを見つけて通っている。

 大きな賭場、娼館、飲食店の配置を憶えていく。


 酔客同士の喧嘩や暴力を生業にする者たちの争いが起こり、巡察している王都警備隊が介入していた。

 無体な場面に出くわせば、悟られないように僕たちも介入した。楽しみのために子どもを痛めつけ殺そうとするような者たちにだ。


 僕たちのように夜の闇に紛れる者も多かった。主に盗人のようだが、いちいち介入はしなかった。が、密偵がいないかには注意する。一度暗殺者らしき影を見たが、放おっておいた。



 こうして高い建物の上から、闇の街を見下ろしていると九番の部署か、こうもりにでもなったような気分だね。探知魔法で会話を拾っているせいかな。


 嬌声や怒号、睦声……その中に気になる会話があった。押し殺した男たちの声だった。


『その娘……来るんだろうな……』

『ああ、寮を出たのは確認している……』

『ヒヒ、娘、娘……いっぺんお願いしたい……』

『馬鹿野郎、手を出すなよ……』

『てめえになんか……傷つけたら始末される……』

『来たぞ。まちがっても殺すなよ……』


 すこし離れた路地からの声に、僕は一度光学迷彩を解いて、ラドたちに向けて待機の手信号を送る。再度光学迷彩を作動し、空からゆっくりと近寄っていった。


 あまり明かりのない通りを、マントを巻きつけた二人の黒い影が歩いてきた。

 一人は大柄、一人はそれよりも小柄で、ほっそりしているように見えた。小柄な方は、連れの大柄の影に対して警戒心と敵意を持っているようだった。

 路地への入り口に立ち止まり、大柄な影が路地の奥を指し示した。小柄な影が暗闇を覗いて、低く声を出した。


「金は持ってきた。ジョエルを返してもらおう」


 若い声、娘? というより、少女か?


「待っていた。こっちだ」


 一人の男が、重そうな大きな袋を肩に担いで闇から僅かな光の中に姿を見せて、答えた。


「傷つけちゃいねえぜ。大事な商品だからな。金を持ってきな、交換だ」


 そう言って足元に袋をおろした。

 声を掛けられた小柄な影は懐から小袋を取り出して、路地に入った。


「小金貨五十だ。ジョエルの顔を見せろ」

「おっと、こっちは下がるから、自分で見てみな」


 男は足元の大きな袋から後退った。小柄な影が前に進み、袋に手をかけ、口を縛っている綱をほどこうとした。


 まずいね。袋に人は入ってないし、取り囲まれた。


 後ろに回った二人の男が布を広げ飛びかかった。布を被せられ地面に抑え込まれた所で、僕が介入する。


 地面に降りて、光の玉を頭上に浮かべた。

 光に振り向いた八人いる男たちに、空気の矢を浴びせる。光の矢では殺してしまいかねない。圧縮した空気の塊を複数ぶつけて八人の動きを止め、氷魔法で手足を固定し、口を塞ぐ。


「拘束!」


 光学迷彩を解いて、ラドたちに指示を出し、僕は小柄な影がもがいて布を払いのけるのを手伝った。



 布から抜け出した小柄な影は、短剣を抜いて僕に斬りかかってきた。


「だましたな!」


 鋭く声を出して僕に斬りかかる。慌てて下がる僕に、短剣を低く構え突っ込んできた。


「待て待て!」


 ものも言わずに突きかかってくる。ひょいひょいかわす僕に、小柄な影は半泣きの声を出した。


「ジョエルをかえせ!」


 僕が短剣の刃を、指で挟んで押さえる。影が力を込めても動かせない。

 影は短剣から手を離し、別の短剣を抜いて斬りかかってきた。短剣の刃を持ったまま、僕はまたかわし続ける。


「待って、待って、敵じゃないから! 助けたんだから!」


 僕は顔まで覆っている兜を取って、顔を出した。


「ほら、怪しくないから、あいつらの仲間じゃないから!」


 あ、十分、怪しいか。


 すっと影の懐に入り、もう一本の短剣の刃も指で押さえてひねる。今度は短剣を離さないので、影が膝をつく。


「落ち着けって! 助けたんだ。ほら、悪いやつは気絶させたから! 落ち着いて」


 僕の言葉に動きを止めた影のフードが落ちて顔が現れ、僕を見上げた。


 半泣きで、驚いた様に口を少し開けた顔。目には涙を一杯に溜めている。

 暗闇に浮かぶ色白の顔、上気した頬、涙をたたえた大きくて不思議な色の目、整った眉、少し開いた赤い唇。


 僕は思わず息を呑む。


「……こ、子ども?」


 つぶやく少女に、僕は見とれてしまう。


「エコーワン、全員拘束しました……エコーワン?」

「……ああ、了解した、エコーツー。どこか近くに収容できるか?」

「ええ、馬車と人員を呼びにエコーシックスを行かせました」

「了解した、エコーツー」


「さあ、立ってください。この男たちから、そう、ジョエルの居場所を聞かなくてはならないのでしょう?」


 僕は少女に話しかけながら短剣を手渡した。


「ジョエル!」

「ここにいては、王都警備隊に邪魔されるかもしれません。一緒に行きましょう」

「……あ、あなた、子ども?」

「ええ、子どもです。エコーツリー、この娘を案内して。僕は男たちを連れて行く」


 アザレアは黙ってうなずくと、少女を立ち上がらせて、路地から馬車が入れる通りまで出た。その後ろを、氷魔法を解除され、革紐で拘束された男たちが引きずられていった。



 影の一族が開く店の倉庫に、荷馬車で男たちを運び込んだ。少女は僕と歩きながら、事情を話してくれた。


「侍女……知り合いの弟が、借金のかたに売られそうになり……借金を返して、その弟を連れ帰る……」

「ふーん、じゃあ、ジョエルが戻ればいいんだね」


 倉庫に男たちを入れると、少女を奥の事務室に案内し、ここで待つように伝えた。ヴィエラが世話をした。


 男たちが僕を睨む。


「さて、どの方法にする、エコーツー?」

「時間の余裕はないので、一番早い方法がよろしいかと」

「うん、じゃあ、みんなも構えてね」


 ラドたちは少し離れた。

 ルキフェの声を混ぜて、僕は男たちに話しかけた。


「ジョエルはどこにいる?」



 失禁した男たちから事情を聞いた。失禁の跡などを綺麗にして、少女を呼ぶ。


「さて、この娘の前でさっき教えてくれたことを話してもらおうか」


 怯えた顔の一番年かさの男が、少女に話し始めた。


「はい。はい。男の子は自分の家にいます。俺たちは何もしていません。男の子の姉に、借金のかたに弟が売られるとあなたに伝えさせました。男の子の父親、ブーシェ男爵が関わっています」

「ブーシェ男爵! ネリーの父親が! なぜ!」

「知りません、本当に知りません。俺たちは命令されたことをしただけで。お願いです。勘弁してください」

「ジョエルは無事なのね。なぜ、ネリーが……」

「姉の方は、企みを知らなかったようですよ。……この男たちはもらい受けます。面白い話が聞けそうでね」


 僕が少女にそう言うと、ヴィエラに少女の望む所に送るよう指示する。


「……なぜ、なぜブーシェ男爵が……」


 そうつぶやく少女に、僕は話しかけた。


「そのブーシェ男爵に直接事情を聞くのはやめておいたほうがいい。狙いは君、下手をすると問い詰めたその場で、殺されかねないよ。その姉にジョエルの安否を確認させるのもよしたほうがいい。なにかわかったらこちらから連絡する」


「君は……あなたは……誰なの?」

「うーん、子ども? 夜ふかしの散歩者かな。夜の街を散歩してたらね、あいつらが君を狙っているのに気がついたんだ」

「散歩……あ。助けてくれてありがとう、エコーワン」

「いいえ、どういたしまして。では、エコーシックス、頼んだよ」



 ヴィエラが戻ると、馬車から少女をおろした場所を報告してくれた。


「学院の東門のあたりで降りました。物陰から見ていると、東門の側で鉤縄かぎなわを使い、塀を乗り越え中に入りました」

「鉤縄? ずいぶんと面白そうなことを……寮と言ってたな……学院の学生か? あの娘の正体を知りたいな」

「はい」

「探ってね。それと、あの男たちから情報を引き出すように。寮から出る所を確認できる仲間がいる可能性が高い。尋問の実地研修、よろしくねー、エコーツー」

「了解しました」

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