為すべきこと


 侍女、貴族令嬢にしては野暮ったい格好。

 時にはもっと簡素な服になり、平民使用人をよそおう。

 見咎みとがめられれば、可愛らしさ、美しさ、幼い色気、純朴を使い分けて逃れられたよ。

 そうした手管を使って王宮に潜伏、調査したんだ、けどね。


 えっとぉ……王宮の警備ってこの程度でいいの?

 普通は鍛えられた近衛騎士か近衛兵のはずだよな。 

 不思議なことに、近衛兵は著しく能力が低かった。宿舎も覗いたが、汚れ放題。昼間から酒盛りをし、女を連れ込んでいる。こいつらはまるで街のゴロツキだ。

 通りがかりを装った僕も、連れ込まれそうになっちゃう。注意をそらして隠蔽魔法で脱出、手籠てごめにはされなかった。面倒事にならなくて良かったよ。


 品のない近衛兵。……なんか変だね。



 エイリークの居室は王宮の奥まった一室だけど、隣に立つ離宮を使うこともあるようだ。出入りを見なかったので、居室から抜け道があるのだろう。ちょっとお邪魔しよっと。


 離宮。

 エイリークの罪が詰まっていた。血にぬれれた離宮だった。

 シュゼットに取り壊させよう。鎮魂のためにできることも、考えてもらおう。




 重要なことがひとつ。

 僕と同じように潜伏している者たちがいる。物陰や夜陰にまぎれて、エイリークの居室、離宮をうかがっている複数の者がいるんだ。

 お互いが合図をしあっているが、会話はしていない。彼らの目的がわからない。



 日参しているシュゼット夫人。執事役のラドに、彼らの存在を伝えて、裏を探ってもらう。数日で聖教会と繋がっていることがわかった。


 彼らの雇い主との会話、害意、殺気からもわかる。エイリークの暗殺を目論んでるな。


「ラド、どうやら鉢合わせしたみたいだね」

「はい、ミルーネ。……魔族を王宮内から排除しようと何年も動いていたようですが、奴隷にしてしまったことが気に入らない。今度はエイリークを除こうと、方針を変えたようです」

「だからあの警備、ゴロツキたち、か。こちらには、好都合。お膳立てをしてくれたんだ、最後は僕がいただく。……魔族は?」

「名簿の作成が出来ています。徐々に魔力供給の要求が多くなり、いずれは死ぬ者も出るかと」

「時間はないな。多少強引だがいたしかたない。祝賀を待たずに今夜実行する。シュゼットとミヒェルに伝えておいてくれる?」

「かしこまりました」



 王の居室。使えそうな物陰や闇には、聖教会の暗殺者も潜む。

 幸い宙に浮いたり、天井付近に隠れてる者はいないね。

 隠蔽魔法や魔道具を使う者もいない。僕の探知魔法で、はっきりと存在がわかっている。彼らに先に手を出され、失敗されては警戒が厳しくなる。


 暗殺するつもりはない。

 死は厳罰にならない。自分の罪を後悔し、苦しんで生きていってほしい。

 だけどこの状況では、選べる手段が少ない。普通の治癒魔法がどの程度のことが出来るのか、知らないことが痛い。僕なら神経を繋ぐのはもちろん、切断された部位の再生も可能そうなんだ。

 脊髄を切断し、下半身麻痺、四肢麻痺にしても、治療されてしまうかもしれない。


 考えてみれば、「死なない程度」を実験をする良い機会だろうな。死んだら、それはそれで仕方がないとしよう。



 天蓋付きのベッド。引かれたカーテンの脇には、寝ずの番をする小間使が三人いる。カーテンの中に入り込むのは難しい。

 暗殺者たちは小間使ごと始末するつもりかな。部屋の外に立つ近衛兵が入ってきて、騒ぎになっては困るから、手を出しづらい?



 僕は、天蓋の上に浮いて魔力を伸ばしていく。細く細く伸ばして、カーテンのすき間を抜ける。

 肉眼では見えていないが、探知魔法でエイリーク新王の身体がわかる。謁見で探知した特色と同じ魔力。本人だ。


 極細の魔力が顔に近づき、鼻の穴から頭蓋に侵入する。

 ゆっくりと、脳を凍らせる。

 血が凍っていき、動脈が攣縮れんしゅくしていく。四肢が部分的に痙攣けいれんする。

 寝返り程度の音で、小間使たちは気づかない。

 呼吸と鼓動を観察し、やり過ぎないよう注意する。


 数時間経過した所で、魔力を拡散する。呼吸と鼓動はある。心肺停止にはなっていない。

 暗殺者たちは潜んだままで、行動を起こしていない。



 真夜中、小間使いがランプを灯して交代する。ベッドのカーテンを少し開けて、主の様子を確かめて、異変に気がついた。


「へ、陛下? どうされましたか? 陛下!」

「どうしました?」

「鼻血を流しておいです。陛下のご様子が」

「み、耳からも血が!」

「誰か! 誰か! 治癒師を! 治癒師を呼んでください!」


 真夜中の王宮が慌ただしくなる。

 侍従や侍女たちが押しかけ、治癒師が呼ばれる。

 天井から様子を見ていたけど、今夜王宮に詰めていた彼らでは、何が起きているのか分からなかったんだ。騒ぎに紛れて、暗殺者たちは消えていった。


 明け方近くに、主治の王室治癒師が駆けつけた。


「呼吸、脈は、ともに弱い。目は焦点が合っておらず、呼びかけに答える声は唸り声のよう。鼻と耳からの出血は微量で、他に出血は見られない。排泄をしている」


 治癒師は知る限りの毒物の検査を行ったが、毒は検出されない。


「わかりません。毒物でもありません。意識はあるようですが」


 結果として、不明の病気としか診断できなかった。口に入れれば水も飲め、食べ物もゆっくりとだが噛んで飲み下すことはできるはずだ。


「エイリーク王のこの状況は伏せましょう。ここに今いる者たちを拘束し、箝口令かんこうれいを」


 僕が報告するし、噂も流してあげるよ。聖教会の暗殺者たちも報告するだろう。



 あっという間に、貴族の間に「エイリーク王、ご病気。回復の望みなし」という話が知れ渡った。

 ミヒェル・ベルグン伯爵の根回しで、貴族軍が王都エステルンドを包囲し、厳戒態勢を敷く。

 混乱を治めるために、成人王位継承者、シュゼット公女が、国家非常事態を宣言した。

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