王宮


 王都までの騎馬行。

 最初は、閉じこもった生活のシュゼット夫人の疲労を心配したんだ。でも適度な運動になったようで、日に日に顔色が良くなり、速度を上げられた。



 途中、先遣が盗賊の情報を持ってきた。

 騎士たちが警護する一行を襲って来る考えなしは、さすがにいなかったけどね。

 盗賊は僕たちが夜陰に乗じて始末する。

 鹵獲ろかくした物は一行のリーダーであるシュゼット夫人に報告したが、「大鹿の角」に下げ渡してくれた。

 捕らえた頭目などは途中の街で騎士たちが司直に報告。賞金首は賞金を、その他は奴隷として売り払った。うーん、盗賊狩りは良い稼ぎかもね。



 集落では長の家、街では一番の宿にシュゼット夫人が泊まるが、身の回りの世話は侍女のミルーネも担当する。他は広場で野営。侍女たちも武装し護衛を務める。


 初めて侍女姿のミルーネを披露した時。

 ラウノがポッと顔を赤らめ、オディーの耳も赤くなっていたのが面白かったよ。

 流し目の練習をしたら、アザレアにヴィエラ、メルヤたち女性陣が、ウルウルした目で見つめてきたのは、何故かな?



 王都エステルンド。

 貴族街で最も王宮に近い一画、ラーデヤール公爵の館。

 僕は、シュゼット夫人の侍女ミルーネとして滞在して、侍女教育を受けている。

 「大鹿の角」メンバーは、ラドの手配でボルイェ商会の宿に泊まり、ノルフェ王国内で活動する情報機関を構築中。

 ラドの所属する傭兵団、解約が考えられないほどに、短い間で結びつきを強めている。頼り切っているってのが正解かも。取り込みたいなあ、傭兵団。



 ラドから、重大報告があった。


「新王が、魔族を奴隷にしました」

「なにっ!」

「魔族全てを奴隷とする王命が出ています」


 思わずラドを見つめてしまう。


「ラドの傭兵団の仲間たちも?」

「いえ……傭兵団は、一目で魔族とはわかりません。角や紅い瞳など、魔族の特徴が出ている者、市中に住む者が奴隷狩りにあっています」

「奴隷……やってくれたな、エイリーク」


 僕は、よほど険しい表情をしたのだろう。低い声を聞いて、ラドもヴィエラも、みんながブルリと震える。だが、これは!


「戴冠した頃は、魔族を雇いれていましたが、数日前に、皆奴隷に落とされました」

「……殺されてもいるのか?」

「いえ、魔力が目的です。あらゆる魔道具には魔石が必要です。その力の源となる魔力。その魔石に魔力を充填する奴隷としています」

「詳細を調べて! みんな何処にいる? どれだけ囚われている? 開放できるか!」

「調べさせています」

「売られた者も全員の居場所を調べて!」


 僕は思わず激高し、声を荒げてしまった。ヴィエラが水を手渡してくれる。飲み干して大きく息をついた。


 冷静になれ。いま僕がすべきは何だ? だが、許さない! 絶対にだ! 


「ヨリックが魔石を求めていたのは、兆候だったか! 見逃してしまったのか!」

「エルク、全てを知ることはできません」

「……アザレア。……君の言うとおりだな。目的を加えよう。魔族の開放。頼むよ、みんな」

「おまかせを」


 こんな時こそ笑顔、だね。明るく、陽気に……くそっ!


 僕は、五本の指先に、小さな小さな火の玉を灯す。

 怒りに引きずられ大きくなる炎を、抑え込む。安定して小さく燃える玉を、握り込みかき消した。

 再び指を広げ、先程の炎と同じ形の氷の矢じりを指先に出す。五個の氷を指先から宙に浮かせ、複雑な軌道を描かせる。


 クルクル。クルクル。


 僕は、回転をじっと見つめて、心に起きた波が静まっていくのを感じる。胸の奥、最奥に、ジリジリと白熱していく塊があるが。



「ごめんね。ちょっと興奮して我を忘れちゃった。やることは変わらないね」

「エルク」

「さて、焦ってもしょうがない。準備はしてきた。先に進もうね」



 シュゼット夫人から、先に進む指針が示された。


「ミルーネ、王への謁見が許されました。明日、王宮にいきますよ」

「はい、マイレディ」



 公爵館での朝食後、馬車を連ねて王宮へ行く。

 王宮は城塞ではなく、広く作られた宮殿だね。それほど装飾に凝ってはいないが、離宮なども複数あり、とにかく広い。

 敷地の見取り図や宮殿内の配置は、シュゼット夫人からの資料で把握はしている。

 でも、いま現在も、歴代の王の私室に、エイリーク新王が起居しているとは限らないね。やっぱり迷子の時間が必要だな。



 謁見の間で、エイリーク新王にお目通りする。

 シュゼット夫人が王の即位に出席しなかったことを詫て、目通りのお礼の品、目録を献上する。さらに改めて即位と二周年を祝い、一月ひとつきに及ぶ舞踏会とパレードを、公爵家が主催したいと願い出た。

 僕は、その他大勢の随員に紛れている。



 エイリーク新王は十七歳。その様子には、若者の覇気が全くない。

 上背はあるのだろうが、痩せた長い手足を、持て余すようにして玉座についている。

 椅子に座る白い蜘蛛、が第一印象。

 青白い顔、薄い色のない唇。そして見ているものに全く関心がないかのような、無表情な目。


 猛々しい凶暴な若者なら、まだ怒りのぶつけようもあるが。こんな幽鬼のようだと拍子抜けしてしまう。

 謁見の間を出たら忘れてしまいそうな、特色のない顔。でも、モブにしては禍々しい気がするな。



 謁見が終わり控えの間に戻った所で、侍女ミルーネは迷子になる。

 しばらく王宮に潜むので行方不明かな。問われれば、シュゼットには、「あら、そんな侍女いたかしら?」と、答えてもらうことになっている。



「シュゼット夫人って、どなたなの?」

「あなたは知らないのね。先王スヴェイン様の第二貴妃で、御子を火事で亡くされて、ご実家に戻られたのよ」

「確か、ラーデヤール公爵家の公女様……それってもしかして」

「しーっ、滅多なこと言ってはダメよ」

「うっ」


「今日もカンデラリオ司教様は、いらっしゃらなかったのね」

「あら、知らなかったの? ほら、魔族よ」

「あたしは聞いてたわよ。雇ったあの人たちを奴隷にするのが、司教様はお気に召さなかったって」

「排除しろってご希望が、奴隷にすることになって。司教様はお手近に魔族がいるのがご不満なのよ」

「聖教会の方はお嫌いですものねぇー」

「あまり無駄口を叩いていると、あいつらに下げ渡されるわよ。仕事しましょ」



 侍女控室、従者控室、リネン室、厨房、魔石準備室、王宮の裏側に忍び込む。シュゼット夫人と魔族奴隷令の話題でいっぱいだったんだ。

 辛辣で汚いののしりの会話も多かった。汚すぎて人前で言えないヤツ。押さえた声の会話だけど、新王は、あまり好かれていない、じゃなくて憎まれているよう。


 昨日まで同僚だった者が、自分の目の前で奴隷として扱われる。複雑だろうね。

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