新たな精神修養


 城の談話室で、ベルグン伯爵から話しを聞く。


「ミヒェル、エイリークを追い落とせる?」

「貴族院工作をしているが、退位を迫るには、まだ数が足らない」

「……」

「これまでのエイリーク新王の施政で不満を募らせている者も多く、新たな賛同を得られる素地はあるはずだ」

「……きっかけが必要かな?」

「エルク様がミルカ様ならば、と」

「がっかりさせたね。でも、もし別の継承者が立てば?」

「……エイリークよりマシならば、集まる貴族は増えるかと」

「だって、シュゼット」


 ミヒェルが目を見開いた。シュゼットは大きくうなずく。


「私が王位を要求します。ですが、順位で揉めるでしょう」

「エイリークは第三貴妃の子とはいえ、先王直系。だが元を辿れば、シュゼットは先々代王エーロサロモンの直系。……貴族たちも迷うか」

「それよりも、問題は新王の武力だよ。結局は誰の軍が強いかだね」

「だが、貴族院内では新王は人気がない。武力ではなく貴族たちの賛同が得られれば」

「ミヒェル。政治としては、あなたの言う通りだね。だけどこれは群れの中で一番力を持つものは誰かってこと。単純だよ。なぜ新王が、ヨリックのような者を叙爵するのか。わかっているから、力こそ全てだと」

「……」

「まだ情報を集めている途中ではあるけど。貴族たちの領国軍は力としてまとまらず、一個の軍としては戦えないだろうね。盗賊を呑み込んでる新王軍は、節操も制約もなく凶暴に力を振るう。勝てない」

「……ですが」

「僕に考えがあるよ。シュゼットを王位につければ、こちらの、シュゼット派閥の勝ち。ミヒェルにはその中心を担ってほしい」

「……」

「貴族たちを王都に参集させてほしい。その際には、各領国軍を王都近くに配置させるんだ。元々、新王とやり合うことも計画してたのでしょ? でも、武装はしても戦いではなく、祝賀を目的として集まる」

「祝賀ですか?」

「うん。なにを祝うかはでっち上げるけど、王都に貴族が集まる理由があればいい。領国軍は近郊でお祭り騒ぎをして、各貴族間で親交を深めるとかかな。エイリーク新王の退位に素早く反応するためにね」

「た、退位?」

「うん、僕がやるよ。方法は知らない方がいい。怖いのは退位後、後始末だね。それに失敗すれば、長く暗い内戦になる。周辺国もノルフェ王国侵略に動くかな」

「……確かに」

「エイリークの後ろにいるのはだれ? 六つや七つ、いやもっと前からか。幼児がたったひとりで、王宮内を暗殺してまわれるとは考えにくい」

「……それならば、派閥の長、ヒルベルト・ケース侯爵か。いや、カンデラリオ司教か」

「司教? 聖教会?」

「ああ、あまり表立って政治に口出しはしないが。第三貴妃が懇意にしていて、エイリークのそばにいたかと」


 聖教会と聞くと不安だ。魔石が気になる。


「ミヒェルは貴族への根回し、シュゼットは王宮内の情報収集と勢力固めかな」


 お茶を飲んで、少し考えをまとめてみる。

 でも、どうしても会ったこともないエイリークの姿が、具体的に見えてこないんだ。プロファイルには情報不足。ネックだなぁ。

 大枠だけ決定しておいて、王都を偵察するしかないか?


「早急に、王都エステルンドにいくことにしよう」


 空いた僕らのお茶を入れ替えてくれる侍女をみていて、思いついた。ちょっと、いや、うんと悩んだけどね。


「お二方、そちらの侍女さん、キーラさんは男爵家の方でしたね?」

「ええ、男爵家の三女よ」

「えーと、僕がキーラさんのようなドレスを着たら、男の子に見える? 女の子に見える?」

「……」

「シュゼット公女の侍女が、王宮でちょっと迷子になる、なんてどうかな? 下級貴族の令嬢って迷子になり安くない? で、あちこちに迷い込む」

「クッ、ハハハッ」

「フフフッ」



 そういうわけで、僕は厳しい訓練を受けることとなった。

 貴族令嬢の礼儀作法、甘くみていた。田舎者の庶民男子には、かなりハードルが高い。


「ミルーネ、ドスンと音を立てて座ってはなりません」

「ミルーネ、なんですその座り方は、背筋を伸ばしなさい」

「ミルーネ、座る時は、スカートのすそに気を配りなさい」

「ミルーネ、大股で歩いてはなりません。優雅に気品良くです」

「ミルーネ、ミルーネ、ミルーネ」


 僕はラーデヤール公爵ゆかりの子爵家、テモネン子爵の四女ミルーネになった。

 王都に向かうまで教育の時間がない。シュゼットの侍女長と侍女たちから、立ち居振る舞い、言葉遣い、貴婦人の自衛武術に、貴人の世話まで、超速教育を受けた。



「エルクはそのままで女の子に見えるから、化粧は薄くね。綺麗で艶のある黒髪ですが、ちょっと短いわね。侍女の髪飾りに、小さな耳飾りなら修行中の貴族令嬢、侍女見習いに見えるわ」

「子爵家なら、もう少し襞のある明るい服が良いけれど、どうしましょう?」

「あ、僕は」

「ミルーネ、自分のことを『僕』と言ってはなりません。『わたくし』とおっしゃい」

「は、はい。わ、私はあまり目立たない必要がございます。地味な色合いが良いかと思います」

「でもそれでは、良い殿方に見初められないわ。貴族令嬢が侍女になるのは、お婿さんを探すためですよ。目立たなくてはならないのです」

「あ、いえ、ぼ、私はお、お婿さんなど」

「ミルーネ、言い淀んではいけません」

「はい」

「ふぅ。……エルク、ミルーネはどんな娘? あなたに考えがあるのでしょう?」

「はい、マイレディ。田舎出、地味で野暮ったく、平民の娘と思われかねないほど目立たない。王宮の花の中に埋もれていれば良いですね」

「……わかったわ。何か考えがあるのね」

「はい」



 祝賀はエイリーク王の即位二周年を祝おうと、公爵が催すということになった。

 貴族たちから王に数々の贈り物をし、公爵家主催で、王を招いた盛大な舞踏会を月単位で続ける。

 この機会に貴族たちが揃って王に忠誠を誓う。また、叛意などないことを示すために陽気に明るいお祭り事にしようと計画する。

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