里の長老
翌朝、ラドから念話があった。
『エルク様、長老たちに話しました。ガラン様といらしてください』
『了解した。すぐ上までは隠蔽魔法を使うよ』
今朝の僕は、戦闘服ではなく、王都エステルンド訪問用に用意した赤い縁取りのされた黒の軍服に着替えている。金の肩章と飾緒。今後は、これを魔王エルクの正装としてもいいかな。
あの時は夢中だったからよく見たり考えたりしなかったが、ルキフェは服を来ていたんだろうか?
虚弱な種族で皮膚が弱いからというのも、人間が服を着るようになった理由だよね?
ルキフェは強い種族のようだから、あれは裸だったのか?
もし、あれが衣装なら中身は?
ガランに乗り、ゆっくりと里を目指した。雄大な山々と深い谷を進む街道は
風を避けるように谷間に点在する家を過ぎると、少し開けて広場になっている。何戸か家屋があるところに、十数人に囲まれるようにラドがいた。
『ラド、姿を見せるよ』
ラドが答えるように手を振った。
ガランがその姿を表すと、ラドを囲む人々が後退った。ラドも改めてガランを見て、驚愕しているようだ。うん、そうだよね。ガランは大きくて立派な竜だもの。
広場の中央にゆっくりとガランを着地させ、僕は鞍から、ゆっくりと浮き上がり、降りた。
僕が黒い巨体の前に、黒い軍服姿で降り立つと人々が近づいてきた。
その中で白髪のエルフと思われる女性と、同じく白髪で短身の女性が前に進み出て、ガランを見上げた。
「黒竜ガラン殿、お久しゅうございます」
「魔王騎乗竜ガラン殿、ご無沙汰をしております」
「レオナイン殿! フノッス殿! この里にいらしたとは。息災の様子、喜ばしいことだ」
「ガラン殿、……それでは、この方は本当に……」
「紹介しよう。エルク様、こちらのエルフの女性はレオナイン、ドワーフの女性はフノッスです。こちらは魔王ルキフェ様の後継者、魔王エルク様です」
「……影の里、長老を務めますレオナインです」
「同じく、影の里長老のフノッスです」
唇を引き結び、僕は右手を胸に当て左手を横に開き会釈する。
「魔王エルクです。ルキフェから魔王を受け継ぎました」
僕は、ガランとラドミールを振り向き労をねぎらう。
「ガラン、ラドミール、ありがとう。おかげで無事に影の里につけたよ。ご苦労様でした」
ガランは急な動きにならないようにゆっくりと、ラドミールと共に頭を下げた。
「エルク陛下、里で会議を行う建物にご案内いたします、こちらにどうぞ」
「ああ、ありがとう。ねぇ、ガランはこのままここにいてもらっても大丈夫?」
「……はい、今、里に
広場に面した大きめの建物、石造りの建物に入った。雪も多いのだろう。玄関の二重扉を抜けると大広間になっている。
正面には演壇、その下に大きなテーブルと入り口を向いた椅子、対面するように椅子が数十正面に向いて並べられている。
入り口を向いた椅子を勧められ席についた。レオナインとフノッスが向かい側に座り、僕の右側にラドミールが座った。
「さて、レオナインさん、フノッスさん、まずお伝えしなくてはならないでしょう。僕は、魔王を受け継ぎましたが、ルキフェはご存命です。魂の存在となりましたが、消滅はしていません」
「……では……亡くなられたのではないのですね」
「ええ。……僕は、あることを伝えに今日、ここに来ました。それは、魔王ルキフェが狂乱せずに復活できるかもしれない、ということです」
僕は二人を見つめて続けた。
「魔王の狂乱はすべてを巻き込み、魔王国に多大な負担をかけてきました。その原因を探り、取り除くのが僕の役目です。魔王エルクとして君臨するつもりはありません。皆さんはルキフェのために生きてきたと聞いています」
ラドに向かって、僕はうなずいた。
「長い年月を越えて繰り返された魔王と勇者の戦いが終わり、変化がもたらされるかもしれない。その兆しが僕です」
ルキフェとの出会い、話し合った内容、僕の目的をレオナインとフノッスに伝える。
その後二人は、魔王国で起こったこと、出奔時の出来事、これまでの暮らしのおおよそを語ってくれた。
昼食を挟んで、世界に散らばる影の者たちのこと、協力しあう魔族、エルフ族、ドワーフ族についても教えてもらった。
獣人族も魔族ではあるが、魔王国外では政治的な組織を作っていない。個人が個別に影の者に協力してくれているという。
「僕について、よく話し合ってほしい。ルキフェのために協力はしてほしい。ですが、これまでの影の一族としてのあり方は、尊重されるべきでしょう。魔族、エルフ、ドワーフの間でも今後について話し合ってください。その結果が袂を分かつことでも構いません。ただただ、自分たちの幸せについて話し合ってほしいと思います」
夕食までの間、用意された家で着替えをして休息を取った。
ラドが来たので、薬草茶を飲みながら話をする。
お茶は乳が入っており、山羊の乳だとのことだった。濃厚なお茶だった。
牛も育てているという。バターとチーズ。
山羊のチーズはクセがあるけど僕はとっても好きだった。ビールや蒸留酒に合う。分けてもらえるようお願いしてみようっと。
「……ラド、僕に話したいことがあるんでしょ?」
「……エルク様。私たち……特に年若い者たちは……迷い……迷いがあるのです」
「うん。……最初に魔王エルクとわかった時に、涙を流したね。ヴィエラも。……もうずいぶんと迷っていたのではない?」
「…………はい。……訓練した技量を……使うことには喜びを感じます……得られる金は里の子たちのためにもなる……」
ラドはためらいがちに話し、己の手のひらを見つめた。
「……しかし、そこに……虚しさというか……」
僕はうなずいて問いかけた。
「百年も魔王が復活しない。魔王を助け、魔王国のために生きるとはどういうことか。人生の目的にするには漠然としすぎて、実感がわかないか」
「……はい……」
「そんな生き方を『押し付けられているのではないか?』って感じても当たり前だと思うよ」
ラドは僕に目を向けてきた。
「ラド。僕は君じゃない。想像することはできけど、真に理解することも、代わってやることもできない。ただ、君は君の人生を生きるしかないと思うだけだ。君が良いと思うように生きればいい」
それから、ラドが何を思うのか、僕はそれ以上口を挟まずに話させた。
ガランは降り立った場所をあまり動かず、その場で休むことにした。里の人々に見られながらだけど、気にはしていないようだね。
夕食の後でレオナインに来てもらい、彼女が感じていること、考えていることを聞いた。
今日あったばかりの人間に、本心は明かさないだろうな。
僕は、自分への忠誠を押し付けに来たのではなく「幸せになる」道を一緒に探してほしいのだということを、理解してもらおうと努めた。
レオナインの話は……途中から愚痴めいてきた。
くどくどと文句を言う。亡くなった多くの息子や娘たちについて、辛辣なことを口にしながらも、遠い、優しい目をして話してくれた。
少し顔を赤らめたレオナインが、話を切り上げたのでフノッスを呼んでもらう。
彼女からも同じように話を聞いた。
ドワーフは鉱山を開発、採掘し、鍛冶や工芸に秀でている。他国からも交易を求められる。
その話が……夫や息子たちへの愚痴になり、「男どもときたら」と男性全般への非難になった。
何度も同じ話をするのを聞いて、空が白んだ。
二人ともよく知らない初めて会った人間だから、かえって愚痴や思いを言いやすかったのだろう。これからも愚痴を聞きにこようかな。
朝、いずれ再び里を訪れることを許してもらい、ラドとともにアグナーの街に戻るためにガランに騎乗した。
新しい魔王が生まれたことは広めずに、選ばれた者たちの間だけに留めるように伝えたんだ。まだ、時期尚早だからね。
今後の連絡は、影の一族内の通信網を使う。
緊急時にはレオナインの精霊魔法で呼び出す使い魔が連絡役となる。精霊は存在を感じるだけで、姿を見たことはないとのことだった。
概略しか聞いていないが、使い魔が伝令に使えるなら精霊魔法も覚えたい。使い魔には、黒い猫や小さな竜もいいな。……精霊って……綺麗なおねーさん……だといいな。
里の人たちが手をふる中空に浮かび、何度か旋回する。青く晴れ渡った空を高く登り、姿を隠してアグナーに向かった。
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