急報


 昼前に、僕とラドは歩いてアグナーの北門をくぐった。

 先日も門衛だった若者と年かさの男性の組み合わせだった。若者のほうが僕を見て驚いた顔をしたので聞いてみた。


「どうかした?」

「あ、いや、確か出かけたのは三日前だったかと。門を閉める直前に、荷物も持たずに出かけたので覚えているんです。他の日の者に聞いても帰ってきた様子はなかったし……」

「あ、心配してくれてたの? ありがとね。この通り無事だよ」


 門衛に手を振ってボルイェ商館に向かった。


 ボルイェ商館でアザレアたちに里でのことを報告した。



 街に来てすぐに里に向かったので、街の様子を見がてら、冒険者ギルドに行ってみることにした。

 アグナーの街はベルグンの街より煉瓦か石造りの建物が多い気がする。

 屋台ではソーセージもあったが、細切れの肉と野菜、キノコを炒めたものを挟んだ硬めのパンが美味しかった。


 冒険者ギルドは北門の広場の南、街なかに入る通りの角にあった。建物の作りはベルグンのものに似ている。

 ギルド建築様式でもあるのかね。機能を求めるとこうなるのかな。


 馬車の入り口、四枚扉で石造りの三階建。ベルグンでは三階は木造の部分もあったがここでは漆喰造りのようだ。中も配置はベルグンとほぼ同じ、右が食堂、左に掲示板、正面がカウンターだ。

 入り口の横でしばらく様子を見て、列ができていないカウンターに向かった。

 髭面の強面の男性だから、誰も並ばないのだろうか? まあ綺麗で可愛い女性のところに並ぶだろうね。


「こんにちは、銅証のエルクと言いますが、口座の確認が出来ますか?」


 何か書類を読んでいた髭面に、銅証を差し出しながら尋ねた。


「うん、ああ、こんにちは。俺はベルナールだ。……初めて見る顔だな。銅証か。何の用かな」

「口座の確認をしたいんですが」

「ああ、ちょっと待ってくれ……銅証っと……」


 ベルナールは書類を脇に避けて、魔道具を取り出して、銅証を差し込んだ。しばらく操作したあとで木札に金額を書いて見せてくれる。


「……ん? 銅証のエルク……。連絡の印があるな。君宛に連絡があるようだ。ちょっと待っててくれ」


 ベルナールは立ち上がると壁際の棚から羊皮紙の束を手に取り、目当ての物を抜き出した。


「これだ。ノルフェ王国ベルグンの冒険者ギルド、ギルド長ボルガーの名前で、銅証エルクを銀証に認定するとあるな……。君の銅証の記録と同じだな、本人と認めよう。じゃあちょっとテーブル席で待っていてくれ。銀証登録の準備をする」


 へぇー、ボルガーが銀証を認めたのか。王都でのことも、ミヒェルから聞いたのかな。



 テーブル席について待っていると声がかかった。


「エルク様、こちらだったのですね」


 振り返ると、ラドとヴィエラが立っていた。


「やあ。君たちもギルドに用? ……ラド、疲れてない?」

「はい、大丈夫です、ありがとうございます。……エルク様、私たちは冒険者登録の名前を、本名に変えようと思って来たのです」

「銅証だったよね」

「はい。ラドミールとヴィエラが本名です。冒険者としてならば、エルク様のそばにいてもおかしくはありません」

「そう、じゃあ『大鹿の角』に入ってくれる?」

「はい」

「改めて、よろしくね」

「では、受付で登録を済ませてきます」


 ラドとヴィエラがテーブルを離れ、列に並びにいった。



「お待たせした」


 ベルナールが魔道具を持ってテーブルに来た。


「ではここに手を置いて、合図で名前を言ってくれ」


 繰り返しかな。


「ええと、ベルグンの街で登録する時にうまくいかなかったんですが」

「……それでか。手動登録とあったからな。まあ、試してみよう」


 結果はベルグンの街と同じ、ベルナールも首をひねっていたが手動で登録してくれる。


「その年で銀証持ちか。……どんな戦い方するのか興味があるな」

「普通に戦ってますよ」

「アグナーをホームにするのか?」

「パルムに行く途中なんです」

「……パルム周辺には魔物が少ない。ここの方が稼ぎがいいが、あの口座の金額を見ればな、困ってなさそうだ。……できればしばらくいてほしいがな」

「なにか問題でも?」

「……まだ掲示板を見てないようだが、最近、大トカゲの目撃が増えてな。嫌な感じなんだ。まあ、旅には注意しろ……なんだ?」


 入り口のほうが騒がしくなった。あの若い門衛が大声を上げて駆け込んできた。


「けが人だ! 銅証が怪我をして北門に戻ってきた! 手当してるが、魔物の知らせがあるから誰か呼んでくれって言ってる!」


 それを聞いたベルナールが大声で答えた。


「わかった! 手隙のものは北門に行け! 治療師を呼んでこい!」

「はい、ギルド長!」

「すまんな、これで終了だ」


 ギルド長だったか。なんでまた受付に。誰も並ばないわけだよね。


「ベルナールさん、治癒魔法が使えます。北門に行きます」

「……わかった。このエルクと北門に行く! 治癒魔法の使い手だ!」


 ギルド長と門衛と共に北門に向かった。ラドとヴィエラもついてきた。



 冒険者は門衛詰め所のテーブルに寝かされていた。

 左手は血で汚れた布がまかれ、腕に縄を巻いて止血されている。一足先に来ていたギルド職員と荒い息づかいで話している。


 僕は、銅証の治療をしながら、話しを聞いていた。


「……喰われちまった。みんな、喰われちまった。でかいんだ……ものすごくでかいんだ。それが十以上……」

「どこだ? 場所は、どこなんだ?」

「喰われちまった……。ば、場所は、東の川を……渡った、森だ……なんで、森にあんな数の大トカゲがいる……もっと山の方にいる……はずだ……」


 手は二の腕から噛みちぎられている。体内を鑑定してみたが、毒らしきものはない。

 断面を浄化し血管を閉じ、傷口を塞いだ。腕を再生させることも考えたが、目立ちすぎるので我慢してもらった。あとは専門家に任せることにする。


「治療は終わった。だっす……いや、水分が足りてない」


 僕は、ラドと若い門衛に指示して水差しを持ってこさせた。

 アイテムパックから塩と布を取りだす。水差しの水に塩をひとつかみ入れて、門衛に渡した。


「よくかき混ぜて! 塩が溶けたら、少しずつ飲ませてやって」


 ナイフを取り出して服を裂く。手のひらに氷の塊を出して布に包み、内太もも、脇の下、首筋にあてがった。


「しばらくこのままにして、水を飲ませて続けて」



「治療師が来たぞ!」


 息を切らした老齢の女性が、若い男性に手を引かれて入ってきた。


「と、年寄……使いが……荒い……」


 女性が息を整えるのを待って、僕は施した処置を説明した。


「左手の傷は治癒魔法を使って塞ぎました。出血は止まっています。毒を受けた形跡はありません。駆け通しだったようで身体の水分が足りていない状態でした。塩水を飲ませ、内太もも、両脇、首筋の太い血管のところを氷で冷やしています」

「……」


 女性が冒険者を診察して僕が行ったことを確認した。


「出血の量はわかりませんが、意識は、こんだ……意識ははっきりしていて喋れます。危険なほど失ってはいないようです」

「……うむ。いいようです。毒を受けていれば帰ってこれなかったでしょう。荷車を用意して。診療所に運んで様子を見ましょう」


 若い男性に命じた。



 ベルナールは、二人の職員に診療所までついていくよう指示を出し、残りの者はギルドに引き上げさせた。


「エルクくん、助かったよ、ありがとう。治癒魔法と治療の知識も優秀なようだ。……この街での連絡先を教えてもらえないだろうか? この大トカゲ、大事になりそうな気がしてな、出来れば協力をお願いしたい」

「できることであれば、協力しますよ。ボルイェ商館の別邸が連絡先です」



 ラドたちを連れて北門を抜け、探知魔法を使ってみる。

 川の向こうに広がる森を探してみたが、灰色狼や狂鹿ほどの大きさの魔石反応はなかった。


「ベルグンの狂鹿のような反応はないね。遠すぎるのか。普通の魔物なのかどうかわからないなぁ」

「大きいと言っていましたが、大トカゲはさほど大きな個体はいません。大きくなっても山羊や羊ほどでしょうか」

「……普通の魔物ならいいね。ベルグンの図鑑で見たけど討伐したことがないからな。ここのギルドにも図鑑があればいいんだけど」



 ギルドの二階、図書室にある図鑑で確認すると、ラドの言う通り、大きさは山羊か羊ぐらい、足が短く体高は大人の膝まである。

 うろこ状の皮の下に、細かい骨が連なった鎧のような二枚目の皮膚があり、矢が通りにくい。毒を持つ個体も混じることもあるが、歯の形状から別の魔物ではないかという説もあった。

 足止めして、脇や下腹に槍を使うことが良いとされていた。山間や乾燥した場所、川岸の近くの森林などにも生息し、待ち伏せて獲物を襲う。森にいてもおかしくはない。


 一階に降りてラドたちと合流し、屋敷に戻った。

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