影の里へ


 フラゼッタ王国に入り、アグナーの街に着いた。

 アグナーの街は、ギリス王国との国境である山岳地帯の西はずれにあり、南に向かう大きな川に面している。水量たっぷり、あちこちから魚の気配がするねぇ。

 ここにしばらく滞在し、僕とラドミールで影の里に向かう。街には影の一族、ボルイェ商館があり、別邸に逗留することになっている。



 土塁と木材、石材で作られた城壁。北側にある門で下馬して、僕らは門衛に冒険者の銅証を見せる。ラドとヴィエラが、僕の従者であることを不審がられた。


「銅証の冒険者、それも子どもだぞ。それが従者だとよ。よっぽど金持ちなのか……」

「滅多なことを言うな。中には高貴な身分の冒険者もいるんだ。お前は口数が多すぎると何度言えばわかる」


 年若い門衛が小声で言ったことを、年かさの門衛がとがめた。


「申し訳ありません。まだ門衛になったばかりでして」

「いいさ、その通りだからね」


「あほう! 見ろ、あの人数で馬の旅をしてるんだぞ。金持ちに決まってるだろ。高貴な身分の子弟は、お家が従者を付けることがあるんだ。もっと相手をよく見るんだ……」


 門をすぎると年若い門衛が怒られる声が聞こえてきた。何事も経験。がんばれ若人。



 ラドに案内されて、ボルイェ商館の別邸に入った。馬を預けていると、ラドより年上に見える、ドレスを着た女性が出てきて、ラドと挨拶を交わした。


「エルク様、ご紹介します。ボルイェ商館代表のイレナです。こちらは銅証冒険者のエルク様。私とヴィエラが従っています」

「イレナと申します。よろしくお願いいたします」

「エルクです。こっちは僕のパーティー『大鹿の角』の仲間たちです。しばらくお世話になります。よろしくお願いします」



 僕とラドは他の仲間たちに見送られ、ボルイェ商館から徒歩で北門から街の外にでた。

まだ日は落ちていなかったが、門を閉めようとしている。出る時に、若い門衛が不思議そうに見ていたが、声をかけては来なかった。


 空は、厚い雲に覆われている。荷馬車を引く者や荷を担いだ者たちがいたが、僕たちを追い越して足早に歩いていった。

 近郊の集落に戻るらしいね。暗くなる前に着こうとしているのだろう。

 「今夜の宿はあるのか」と親切に聞いてくれる者もいた。「泊まるところはあるから」と礼を言って、街道沿いに北に進み、完全に暗くなるまで歩く。



「ラド、そろそろいいみたいだね。周りに人はいないよ」

「はい」



 街道脇の森に踏み込み、ラドを重力と空気の魔法で包む。ふたり一緒に、枝葉をよけて空に浮き上がった。


 雲を突き抜けると、満天の星。ラドの口からため息が漏れた。うん、きれいだ。天文学の本はあるかな。王宮の図書室にあったのは、科学的な内容ではなくて占星術の本だったよ。



 東に向かい山岳地帯まで飛んで、山の上空に停止した。


『ガラン。いいよ。僕の場所がわかる?』

『はい、見えております。……今下にいます。そのまま降りてきてください』


 足元に何も見えないが、ゆっくり降りると足の下にガランの身体があった。かすかに光る光玉を出して大きな騎乗鞍にすわる。

 ルキフェ用だからね。大きな鞍というよりも僕らが乗ったら革の台に腰掛けてるみたいだね。

 安全帯はないので重力と空気で鞍に二人の身体を固定した。前方にキャノピー型の防壁を張ると、ラドに声をかけた。


「大丈夫かな?」

「……は、はい。ガ、ガラン様は……大きいのですね。これほどとは思いませんでした。……この手綱をつかんでいれば良いのですね?」

「うん。二人並んで座れるね。ガラン、最初はゆっくりね。目標は辺境大森林の手前の山脈だ」

「了解しました」


 暗いからガランの全体像がつかめないんだろうけど、明るいところで見たら迫力満点だよ。

 慣れるまではゆっくり飛んでもらったが、夜の闇でラドには何も見えないので、飛行速度を上げてもらう。

 山脈についたところで、降りて三人で野営した。

 ガランがいるので魔物が襲ってくる心配はない。夕食はアイテムパックに入れておいたシチューで済ませた。交代で見張りをする必要もなく、ガランの横で就寝した。



 空が白んできた。ふたたびガランに騎乗して空に舞い上がった。好都合なことに、今日は雲がなく遠くまで見渡せる。


「ガラン、隠蔽魔法はどのくらいの時間かけていられる?」

「私は魔力が尽きるまでは大丈夫です。隠蔽魔法だけなら何日でも。私以外の竜族は数時間程度です」

「わかった」


 トピのように、魔力探知の素養のある者にはわかるかな? ガランに気がつくかな?


「ラド、上空から見てここがどこか見当はつく? 山と森ばかりで街のようなものは見えないけど」

「……いいえ、わかりません」


 上空から地上を見る機会がないので、何を見ているのか見当をつけるのは難しい。航空写真はないからね。


「ガラン、山脈に沿って海に出よう。街や街道があれば場所の見当がつくだろう」



 すぐに海が見えてきた。

 ガランの速さを測るすべはないが、音速を超えている? 周囲に騒音が聞こえないのかな? それとも空間魔法で瞬間移動とか?


「エルク様! あそこにあるのは何でしょうか? 森や荒れ地とは違っています」

「……ああ、多分街だね。細く見える筋は道や街道だろう。規則正しく見える緑はなにかの農耕地か牧草地かな。ガラン、少しゆっくり飛んで」

「……あれが街。……細いのが道。……海……街道……川か……色が変わっている所が海ならば……」


 ガランに何度も往復をしてもらい、ラドが空中から地形や位置を確認するのに慣れてもらう。あまり低く飛ぶと発見される可能性があったので、かなり時間をかけた。

 ようやく位置の見当がつき、ラドの指示に従って山間を奥に進んで、里を見つけた。


 里に入るには曲りくねった、馬車一台がようやく通れるような細い道を行く必要がある。

 里から歩いて一日ほどの所にガランに降りてもらい野営した。ここからラドが先に里に行き、念話で僕を呼ぶことにした。



 翌朝、ラドが出発した後、ガランに竜族のことをいろいろと聞いた。


「ねぇ、人の姿に変身するってできないの?」

「……人の姿にですか。そのような事は考えたこともなかったです」

「僕の元の世界では竜がよく物語になるんだ。人間が生まれる前に、恐竜という竜族のような生き物たちが世界に生きていた古い痕跡が見つかってね。小さな星が落ちてきて長い冬が始まり、死に絶えたと考えられてるんだ。それが神話、伝承として残っているのか、生き残りがいたのか、人間たちは恐れと、憧れをもって竜たちの物語を作っているんだよ」

「……きょう……りゅう……ですか」

「僕らの言葉で、恐ろしい竜という言葉だけどね。もしかしたら竜族の存在を知っていたのかもしれない。でね、竜が人の姿になって共に暮らしたり、子をなしたりする物語が人気なんだ」

「共に暮す……子をなす……」

「竜から人に、人から竜に。自由に姿を変えるってできないかなぁ。そういうことを考えるのが好きでね。語り部って言葉はあるのかな。ここでは何というのか知らないけど、そんな物語の本を作って、みんなに読んでもらう仕事をしてたんだ」

「人に変身する……。エルク様、竜族はほとんどの時間を、夢うつつのまま思索をして過ごします。面白い思索ができそうです」

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