働き先をご紹介
腰が抜けたのか、這いつくばってぬかるんだ地面をひっかきながら進む者もいる。
頭の後ろから魔物の吠え声が響き、泥まみれになりながら立ち上がり、言うことを聞かない足を叩いてなんとか駆けだす。
護衛の悲鳴と魔物の吠え声に、司教たちを世話する使用人たちが天幕から飛び出した。魔物を見て、護衛たちと同じく悲鳴を上げて駆け出した。
逃げる者たちの後ろを、吠える魔物が地鳴りのような足音を立てて追いかける。
振り返りながら逃げる者の目に、誰かが悲鳴を上げて喰われている情景が映り、自らも再び悲鳴を上げて走り出した。
馬車は馬が外されていて、逃げるのには使えなかった。
馬たちは数カ所につながれて、落ち着いている様子だった。馬で逃げ出そうとした護衛はなぜか手綱を取ることが出来ず、せまって来る魔物に馬をあきらめて駆け出す。
僕を案内する役目の助祭は、逃げ惑う薄闇の中で手をつかまれた。
「こちらへ! こちらに逃げれば安全です!」
耳元で声がし、手が引かれる方向に走った。
皆、息の続く限り、足が動く限り走り続けた。ついに動けなくなり、恐る恐る後ろを振り返ったが、魔物の姿はなかった。逃げおおせたと地に伏した。
聖教会の護衛たちには見えなかったが、野営地の上に僕が浮かんでいた。
さらに高度を上げ、魔物たちに追われて逃げる者たちを見ていた。
意外と遠くまで逃げてるね。まだ頑張ってるのもいるし。ほれほれー、走れー、喰われるぞー……ちょっとやりすぎ、反省。
ギジェルモ司教はぐっすりと眠っていた。
天幕に文句をつけ、食事に文句をつけ、簡易ベッドに文句をつけてわめき通しだった。
疲労からか文句の割に、ぐっすりと眠っていた。天幕を叩く雨音も、魔物の吠え声も、人々の悲鳴も、司教の耳には届かなかった。
さて、居てほしくない者は、追っ払えたかな。
僕は地上に降りる。ラドたちが慌ただしく馬車に馬をつけ、出発の準備をしていた。
「ラド。手筈と違っていることは?」
「ありません、エルク様。各自、役割を遂行し、作戦に遅滞や変更はありません」
「わかった。司教は?」
「拘束して他の者と一緒に聖教会の馬車に入れてあります」
「よし、誰かが戻ろうって気になる前に、出発しよう」
僕が灯す明かりを頼りに、全ての馬車が夜明けまで進んだ。
街道から離れたところに紋章のない二台の馬車がいて、僕たちと合流した。小休止を兼ねて全員が集められ、軽食が配られた。
「怖い思いをさせたね」
「あれは、本当に存在するものじゃないんですよね?」
「ああ、僕が……そうだな、空中に絵を描いてみんなに見せた。動く絵、音付き」
「あの声……」
護衛の一人がブルリと身体を震わせた。
「あの足音も……誰か……喰われてましたが……」
「ああ、それも絵だよ。手足がバラバラになって喰われてたけど。血の跡はなかったでしょ?」
「……」
「こういう恐怖の体験をした後は、精神的に不安定になることがある。自分の周りの者たち、戦友の様子を気にしてやってくれ。不調があったら気兼ねしないで誰かに話すようにね」
「はい」
「後は作戦通りに。出発する者は行ってくれ」
「了解しました」
「じゃあ、ギジェルモ司教とおしゃべりをしようか。用意を頼む」
「はい」
猿ぐつわをされ、後ろ手に縛られたギジェルモ司教が連れてこられた。
ギジェルモ司教の側近、一緒に聖ポルカセス国に行く助祭たちも同じ様に縛られ、司教の後ろに連れてこられた。
司教は僕の姿を見るともがき出し、「うー、うー」と唸り声を上げた。
「おはよう、ギジェルモ司教。いろいろと知りたいことがあってね、残ってもらったんだ。ラド、みんなに裸になってもらって」
「はい」
助祭たちの前に鋭い刃が突き出され、着ていたものが切り裂かれ剥がされていった。もがいた幾人かは刃に切られ血を流した。
司教も寝間着を切られ、他の者たちの分と合わせて目の前に積み上げられた。積み上がった布の上に司教と助祭のローブが置かれる。
「まあ、仕事をすることを責める気はないよ。だが、レーデルと、子どもたちに手を出したのは許せない。パルムに囚われていた子たちはいなくなっていただろう? 僕が助け出して保護してるよ。あの子たちの面倒は見るよ。それと王家やその周りにも過酷なことをしたよね」
裸のギジェルモ司教は身をよじって僕を睨みつけた。
「すわらせろ」
泥の上に座ったギジェルモ司教を、僕は見下ろした。
「さて、聖教会については疑問が多くてね。素直に答えてもらおうか。おっと、拷問なんかしないよ。もっと効果的な方法を使って素直になってもらう。そうそう、質問に答えてくれたご褒美も用意しているんだ。ご褒美だよ、うれしいでしょ?」
僕はにっこりと笑いかけた。
「この後は、みんなには鉱山でのお仕事を用意してるよ。子どもたちを殺した罰に死んでもらうなんて、ぬるい方法は使わない。これからの人生を絶望のうちに過ごしてもらう。話によると鉱山労働はとっても重労働。落盤や地中にいる魔物に襲われて、死んでしまう人が多いそうなんだよ、知ってた? 鉱山労働者になるんだから、もうこの服はいらないよね。……燃えろ」
布の山が燃えだした。
「うっ、ひどい匂いだね。身にこびりついた、臭い欲望が服にも移ったかな?」
僕がそう言うと、布の山は白熱し、僅かな灰さえも残らなかった。
「そうそう、鉱山はね、僕の支配下にある。お前たちが司教や助祭で、聖教会の関係者だというのは鉱山のみんなが知っている。『手荒に扱うように』命令してある。逃げだそうとしたら、指先から始めてちょっとずつ削っていいって命令もね。まあ、なるべく殺さないで苦しませるようにってね。うれしいでしょ?」
僕がルキフェの声で命じる。
「質問に答えよ。嘘偽りは許さない」
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