思惑通りの邀撃


 魔王軍から大きな歓声が上がり、竜たちが高らかに澄んだ声を上げた。

 幾つもの黒と赤の旗、大きな平たいつのを白く染め抜いた旗が広げられ、宙に浮く僕のもとに魔王軍が進んできた。


「あれは、あれは、エルクのパーティーの紋章!」

「エルクがいつも身につけている紋章! 魔王軍があの紋章を!」

「エルクが魔王!」


 僕は真紅のベレー帽を取り出してかぶる。


「そう、僕が魔王エルクです。……さる王家の後継者ってのは、魔王国の後継者ってことなんだ」


 

 僕はつのの旗を後ろに従えて、地に降りた。


「魔王討伐軍の王たち、兵士たちよ。魔王国には皆さんと戦う意志はない。聖教会にだまされてきたのは我ら魔王国も同じ。戦う意志はない!」


 王たちが、エウスタキオ主座たち聖教会の者をにらんだ。



「……勇者が……魔王? 勇者エルク……様が……魔王エルク?」


 放心する、セロが乗り移ったエウスタキオ主座。

 その後ろに従っていたクアトゥロ司教が、隣の司教に命じた。


「スィンコ司教! 魔王を攻撃させよ!」


 スィンコ司教と呼ばれた痩せて猫背気味の男が、身体に似合わぬ大声を上げた。


「魔王討伐軍全軍! 聖教会が命じる! 魔王エルクに突撃せよ! 魔王軍を滅ぼせ!」


 討伐軍前面に展開していた聖教会騎士団が騎乗して、僕に突撃してきた。各国の督戦についていた騎士たちも参戦する。



「フラゼッタ王国軍は参戦するな! 魔王エルクを攻撃してはならん!」


 ベランジェ王太子の命に他の王たちも習い、自軍に攻撃しないよう命令を出した。


 かわいそうなのは馬たちか。改造されてしまった騎士団、馬たち……良き転生を。



 突撃してくる聖教会騎士団を見て、僕は右手を上げた。


「魔王軍全軍停止! 魔王国陸軍弓兵隊! 前に!」


 歩みを止めた魔王軍から、白い鎧姿で長弓を持った一団が抜け出してきた。


「目標! 聖教会騎士団! 他の討伐軍には当てるな! 魔王軍! 攻撃開始!」


 弓兵隊の指揮官の合図で一斉に弓が引かれ、上空に矢が放たれた。

 騎馬の速度に合わせたエルフの矢は、雨のように騎士団に降りかかり、多くの者が落馬し、馬もまた落命した。



「魔王国空軍竜戦闘連隊! 空対地戦! 聖教会騎士団以外には当てるな!」


 隊列を組んだ竜たちが左右に飛び、戦場の横から細く絞ったブレスを、短く連射して通り過ぎた。通り過ぎたその後には、焼け焦げ、弾けた死体が残された。



 弓と竜のブレスで五千騎ほどいた聖教会騎士団が半壊した。

 だが、横を駆ける味方が次々と戦死しても声一つ挙げず、生き残った数千騎がなおも僕を目掛けて突進してくる。



「魔王国王室近衛戦闘団! 聖教会騎士団を殲滅せよ!」


 魔族、獣人、ドワーフの混成部隊が生き残った騎士団に向かって走り出す。

 三人一組で一人の騎士に当たり、馬を倒し、落馬したところを槍、剣、斧で屠っていく。

 聖教会騎士団の槍や剣は、魔王軍兵士の直前で全て弾かれ、一人の兵士にも届かなかった。




 聖教会騎士団は全滅した。

 未だ息のある騎士と馬たちに、情けの一撃を加える魔王国軍を背に、僕は進んでいく。

 レーデル、ラドミールたち、軍旗を持つ者が合流し、討伐軍の天幕に進んでいった。




 ベランジェ王太子が近づき、声をあげる。


「レーデル王女! 王女がなぜ魔王軍に?」

「ベランジェ王太子。私はハーフエルフ。聖教会が敵視する、エルフの血を持つものよ!」



「さて、王たちよ。どうする? 聖教会に報いを受けさせるか? それとも我が魔王軍と戦ってみたいかね?」



 王たちは押し黙り、聖教会の者たちを見た。

 白ローブたちがエウスタキオ主座、クアトゥロ司教、スィンコ司教を守るように囲んだ。


「まだ、抵抗するの?」


 セロはうつろな目つきのまま、己が両腕で自らを強く抱きしめている。


「なぜだ。なぜ、勇者が魔王など……ありえぬ。ありえぬ。認めぬ。認めない、認めない!」

「往生際が悪いね。もう無理だよ、人間だけで生きていこうなんて。人が必要としている全てのものを、一つの種族だけで賄うことはできない。みんなが複雑に関わっている。おまえが生きていた頃よりもな。すべて無駄なことだった。それは登る太陽を止めようとする道化の考えだ。時は流れ、誰もそれを止められない」

「……人だけで生きるのだ!」

「いっそ哀れだな。だが、許しはしない。全ての元凶、聖教会初代主座セロ。お前は輪廻から外れようとした。だが、ここまでだ。滅する」


 そう僕が宣した瞬間、セロを宿したエウスタキオ主座の体が膨れあがった。

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