狂った魂


 主座を取り囲む白ローブたちが唖然と眺めるなかを、エウスタキオから濁った不浄な白いものが溢れ出した。白ローブたちを覆い一つの塊となった。

 塊からは胸の悪くなる肉体がひしゃげる音と悲鳴、絶叫が響いてくる。


「離れろ!」


 僕の声に聖教会の者、クアトゥロ司教、スィンコ司教も距離を取る。エウスタキオ主座を、僕は球形の防壁で包み込む。


『ギデ!』

『エルクの想定通りだ』

『セロの魂か?』

『そうだ。だが、いびつだ。輪廻に戻れず、進化も出来ず、停滞を繰り返すうちにゆがんだのだろう。暴走しそうだな』


「エウスタキオ主座から離れろ。初代主座セロが暴走を始めた!」


『これまで太古種の遺跡、種々の機器を取り込んでいる。憑依のために魔力も』

『分離できるか? 滅ぼせるか?』

『わからぬ。想定外、いや、太古種の精神体への進化実験を融合したのか? 滅ぼすことはできるが、失敗すれば、おそらくこの世界を中心にいくつかの世界が崩壊する。方法があるとすれば……』


 エウスタキオ主座を包んだ防壁は内圧に耐えられず、崩壊しそうになっている。魔力を注いでも押さえきれない!


「魔王軍! 討伐軍! 共に防壁を張れ! セロの暴走が広がる! 敵味方など無意味! 生き残る努力をせよ! 魔王国近衛魔術連隊! できる限りの命を守れ!」


 各国の近衛魔術師たちが王たちに防壁を張る。魔王軍も魔将軍ランヴァルドを中心に防壁が張られる。


「ガラン! 竜戦闘連隊を散開させ、討伐軍、魔王軍の区別なく防壁を張らせよ!」


 竜たちが広い戦場に散って竜の防壁が張られる。僕の訓練を守って薄い青色に染められた防壁が、すべての人々を包み込んだ。その上から僕が戦場全体に防壁を重ねる。



『エルク、二面で戦わねばならぬ』

『二面? どういう意味だ、ギデ』

『ここでセロの暴走部分を滅する。だが、魂の本体は、魂の場所にある』

『魂の場所? セロのか……。やれるのか?』

『私が導く。防壁の球体に入り込め』


 セロを包む防壁に近づき、外側にもう一つ球体防壁を構築する。


「エルク!」


 防壁の内側に入り込んでいる僕に、レーデルが悲鳴のような声をかける。

 僕は振り向いて、にっこりと笑顔をレーデルに見せた。


 ピシッ!


 内側の球体防壁に大きくヒビが入った。


『存在をふたつに分離する。ひとつはここで暴走部分を滅する。ひとつはセロのところに飛ぶ。いくぞ!』


 ギデの叫びと共に、僕は不可思議な感覚に包まれる。自分が二人いてその場で重なっているように思えた。


 内側の球体防壁にさらに細かくヒビが入り、割れ、溶け、砕けた。

 抑え込まれていた穢れた白い塊が、ドロドロと波打っている。

 次の瞬間、物とも光ともつかないものが細く鋭く四方八方に突き出した。僕の一方が体を貫かれる。セロは膨張し、ふたりの僕を包み込んだ。


「エルク!」


 レーデルの声を聞きながら僕は、僕らふたりは、セロに呑み込まれた。




 そこはルキフェの場所と似た空間だった。僕の場所にも似ている。だが……。

 人影がある。

 おぼろだが、歪な影は人間のようだった。何か人工物のような有機物のような突起が体中にある。

 脈動し、ゆっくりと動く影からあたりの様子に目を走らせた。


『ルキフェと僕の場所とも似ているが、朽ちてる? 腐ってる? ギデ?』

『探している。いましばらく時がかかる』


 ギデが言わんとすることが理解できた。


「暗いねぇ。もっと光を!」


 明るくなり、影の顔がはっきりした。

 中年の男。

 それが第一印象だった。だが、顔のあちこちに遺跡と同じような瘤や鋭利な突起がある。


「セロか?」


 男は目を見開いたが、その目は落ち着かず細かく揺れていた。


「セロ。もう終わりだ。お前も聖教会もな」


 セロの口から長く涎が糸を引いた。同じように声が漏れてくる。


「……おす……やり……おす……やりな……おす」

「なんだと?」

「やりなおす。……全てを……滅して……もう一度……認めぬ……認めぬ」

「はぁ? 無駄なあがきって言葉知ってる?」

「やりなおす、永遠に、私がこの世を統べる」


 ここと同時に別な場所、戦場にいる僕の様子が伝わってくる。




 膨れ上がったセロの穢れた塊、その上部が中から爆発した。

 体を防壁に包んだ僕が、勢いよく空へと飛び出した。見下ろすと崩れた塊がもとに戻っていき、更に膨れ上がった。


「離れろ! セロの暴走からできる限り距離をとれ!」


 王とレーデルたちに呼びかけ、更に円柱状の防壁を塊に何重にも張る。僕の体を中心に大きな光弾が回り始める。


 びゅきゅきゅきゅきゅきゅっ!


 光弾は円柱の中で防壁に跳ね返って回転し、穢れた塊に穴を開けていく。穴からはまるで太古種の遺跡のような瘤や棘が溢れ出した。


 グゴガァーーー! ゴッ! ギギギギギィー!


 溢れ出したものは円柱の上部より高くなり、勢いよく空めがけて登り、鋭角な物質となって戦場全体に降りそそぐ。

 竜たち、魔術師たち、そして僕の防壁にぶち当たり、防がれる。

 防壁のない岩や地面は、深くえぐれていった。


 ドッポンッ!


 鈍く湿った音を立ててセロの塊が円柱防壁から空に浮き上がった。速度をあげて上昇し、広がって、濁った灰色の光を雨のように降らせた。


 僕はさらに光弾を打ち込みセロを削る。


『クッ! 光弾では火力が足りないか。ギデ、あれを滅するにはどうしたらいい?』


 光弾の数を更に増やしたが、削りきれない。


『ギデ!』

『お判りのはず』

『……対消滅か?』

『エルクの言語記憶の中では一番近い言葉。だが、完全に同じではない。ガランのブレスよりも更に高圧、高密度の粒子をぶつければ消滅する』


 僕は自分の全面に無数の光弾を出し、圧縮していく。光弾をいくつも重ね圧縮する。大きさが小さくなるにつれ、徐々に黒く色を変えていく。その間もセロの雨は降り止まず、戦場の防壁を削っていき、何度も張り直された。


『魔力が持つか』

『この星から吸収なさい。惑星の中心にある超高密度の魔力を』


 大地を見下ろして、地中深く、地殻の下マントルのさらに奥、中心核に超高密度の魔力を感知した。その魔力を吸い上げる。

 僕は黒い光弾を更に圧縮していく。

 何かを感じ取ったのか、セロが攻撃を僕に集中させてきた。

 僕は速度上げて灰色の光を避ける。


 セロの塊は雨のような攻撃を止め、全面に濁った灰色の光球を生み出した。みるみる巨大化していく。

 僕は自分の前面に盾のような防壁を、広く幾重にも作り出して待ち構えた。


 ゴッパァッーーー!


 空気を震わせ灰色の光球が、僕を目がけて放たれた。盾を動かすタイミングを計り、光球を弾き飛ばした。

 光球は戦場のはるか向こうの山の連なりに衝突した。山々が巨大な爆炎をあげ、噴火したように吹き飛んだ。



 セロの塊は再び光の雨を僕に向かって降らせた。球体防壁の中、無数の黒い光弾の圧縮を続けながら高速機動で避けるが、かわしきれず、防壁が削られていく。


『ガラン! 全ての竜たちに魔力を譲渡する! その上で竜戦闘連隊からブレスの圧縮に長けたものにセロの塊を攻撃させる! 選んで整列させて!』

『ハッ!』


「魔将軍ランヴァルド! 魔術連隊! オルガ! 全ての魔術師たち! 魔力を譲渡する! 防壁を張り続けろ! 持ちこたえよ!」


 僕は吸い上げた超高密度魔力を人間でも受け取れるよう薄め、分散し、黒く清浄な魔力として戦場の全てに行き渡らせる。


『エルク様! 準備完了です! 魔力も受け取り全て回復しました!』


「よし! 竜戦闘連隊! 超高圧ブレス! 一斉射!」


 ピッキィィィィィーンッ!


 広がった竜たちから光撃がセロに向けて放たれる。僕の黒い光弾もその全てをセロに向けて撃ち出した。


 穢れた灰色の塊、セロの魂の暴走は、竜たちの白い光と僕の黒い光弾にのみ込まれていった。

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