浄化の黒き光と青い空


 セロの場所。

 ここでは思い描いたことが実現できる。僕が知る限りの武器で攻撃すれば現実のものとなるだろう。だが、それで本当にセロの魂を滅せるのか?


『セロを輪廻の輪に戻せば、セロが阻害していたルキフェの魂もまた、輪廻の輪に戻る。魂はどれも等しく進化し、精神生命体へと進む。たとえ太古種が生み出した魂であろうと、それは変わらない』

『ギデ?』

『わかっているはずだ、エルク』

『ああ、そうなのか』




 僕は、初代主座セロに声をかける。


「セロ。お前の中で太古種の魔力と遺跡が同化している。本来のお前ではない。お前でないものを取り除く」


 歪な体から異質なものを取り除くことを思い描き、僕はセロに手をかざした。

 瘤や鋭利な突起が光の粒となり宙に離れていく。だがすぐに元に戻ってしまう。


「ならば、僕が引き受けよう」


 今度は異質なものを吸収していく。記憶を取り込んだように僕の中に収めていく。


『そうだ、エルク。魂はひとつではない。新しく転生するたびに、新しい魂が生まれ重なり合ってゆく』


 僕は自分の中にあるすべての魂に、セロから得たものを吸わせていった。


「憎しみと孤独か。一族、家族もろとも戦さに巻き込まれ、生きるために憎しみを選んだのか。何度転生しても巻き込まれたんだね。戦場で泣く幼い子ども。それがお前なんだな。その憎しみが力を望んだんだね」


 セロはうつろな目を僕に向ける。


「セロ。僕は奪わないよ。いま取り上げているのは、君が間違って取り込んでしまったものなんだ」


 僕は受け取りながら、思念をセロに伝える。


 楽しかったことはなかったのか?

 笑ったことは、微笑んだことは、大笑いしたことは?

 手のぬくもりを知らなかったのか?

 暖かかったことはなかったのか?

 お腹がいっぱいになって、満足して寝たことはなかったのか?


 お前の全てを受け入れよう。

 全てをゆるそう。


 うつろな目に光が戻り、歪な中年の男が、子どもの姿に戻って行く。

 唖然とする子どものセロ。


「思い出せない。でも、どこかで、かすかに。ああ、でも。誰かのぬくもりが……」


 そう小さくつぶやくと、黒い光の粒となって消えていった。


「良き転生を。やり直せるといいね」


 セロの場所もまた光の粒となり、消えていく。



 僕はもう一人の自分に引かれ、帰還した。




 セロの穢れた塊は、もう空にない。

 魔王軍と討伐軍、両軍の兵士たちは、セロの攻撃を防ぐために身を寄せ合い混じり合っていた。


 空からゆっくりとレーデルたち、王たち、聖教会の司教たちの所へと降りていった。


「初代主座セロは消滅した。聖教会よ、まだ抵抗するかい?」


 僕の問いに、レーデルたち、王たちは笑顔になった。

 呆けた顔のエウスタキオ主座は答えずに、クアトゥロ司教が答えた。


「……やれ」


 白ローブたちが一斉にローブをはためかせて、セロとクアトゥロ司教を隠した。

 くっ! これは魔力濃縮液! 埋めたのか!


 白ローブたちは手に持った空の瓶を投げ捨て、小聖剣を発動させた。

 防壁で小聖剣を囲い、白ローブを重力で抑え込もうとした時に、レーデルとラドミールが僕の眼前に飛び込んできた。


「エルク!」

「エルク様!」


 同時に横合いから兜を深くかぶった革鎧姿の男が飛び出し、白いものを僕に押し付けた。

 大聖剣! 防壁を! レーデルたちにも! こいつにも魔石が!


 革鎧姿の男、大聖剣、白ローブ、小聖剣を防壁で包み重力で押さえつける。


「下がれ! レーデル! ラド!」

「やっとだ。やっと成功させたのだよ……エルク」


 革鎧の男は防壁と重力に抗い、なおも大聖剣を僕に押し付けてくる。片手で兜を脱ぎ捨て、見知った顔があらわれ、歪んだ笑みをうかべた。

 大聖剣の粒子分解が防壁を分解し、その刀身を僕の体に深く埋め込んでくる。


 刺される激痛、全身を焼かれる痛み。


「ボリバル司祭! お前! 自分に埋めたのか!」

「はは、理性を持ったままで、人造魔石が勇者にしてくれる!」


 まずい! 放射線被曝が! ボリバルごと大聖剣を!

 守らないと! 守らないと!


 大聖剣の白い光に混じり、僕の身体から、黒い光が溢れ出した。


 防壁に包まれた白ローブと小聖剣が黒い光に包まれ、粒子になって消えていく。

 大聖剣をつかむ。

 ボリバル司祭を、黒い光の粒子に変えていく。


「エルク!」

「来るな! だめだ! レーデルを押さえてくれ!」


 ベランジェ王太子とラドミールがレーデルを押しとどめた。

 くっ! 止まらない! 大聖剣の粒子分解が止まらない!


 レーデルを見る。手を伸ばすレーデルの頬に、涙が光っている。

 ああ、また泣かせてしまった。……ほんと、僕は……詰めが甘い……。


「レーデル……ごめんね」

「いや! いや! エルク! いやー!」


 僕の体が大聖剣ごと黒い光の粒となって消えていく。







 気持ちのいい風に目を開けると、明るい光の中で革のソファに座っていた。


「あ、ここ……やあ、ルキフェ」

「エルク、時間がない。時の流れがこことは違う。いいか? 準備はいいか?」

「準備?」

「私もすぐあとから行く。いくぞ!」

「え?」




 魔王軍と討伐軍が混じり合った戦場に、僕は復活した。




『魔力が! 復活された! エルク様が復活された!』


 ガランの念話に、未だ空中にいる魔王軍の竜たちが澄んだ高らかな声を、空いっぱいに上げた。


 宝物庫から服を取り出して着ると、討伐軍の天幕に向かって飛んだ。

 通り過ぎる魔王軍と討伐軍から声が上がる。


「エルク様?」

「あの子、さっき消えていった……魔王?」

「エルク様!」




 天幕から人々が走り出てきた。

 先頭は白い革鎧姿のレーデル。

 天幕の前で地上に降りた。

 レーデルが両腕を大きく広げて、僕に飛びついてくる。


「……おかえりなさい、エルク」

「ただいま、レーデル」




 レーデルに右腕をきつく抱かれたまま、みんなに事情説明をしていると、僕は魔力を感じて振り向いた。


「ルキフェ」


 人の姿になったガラン。その美しい顔の横を、ルキフェが歩いて来た。


「……宙を歩いてる……宙を歩く……白い猫?」


 レーデルがつぶやいた。


「ふふ。みなさんご紹介いたします。魔王国国王、魔王ルキフェ陛下です」


 顔をツンと上げ、尻尾をピンと立てて優雅な足取りで宙を歩いてくる白い猫。尻尾の先端が小さく左右に揺れている。

 ルキフェは後ろ足で立つと、優雅に挨拶した。


「初めまして、皆さん。私は、魔王国国王、魔王ルキフェです」


 驚く人たちに僕がルキフェを紹介し、みんなと天幕に向かった。





『エルク』

 

 誰かに呼ばれた気がして、僕は立ち止まり、振り向いた。


「エルク、どうしたの?」

「今、子どもの声が……」

「え?」

「……いや、いいんだ。いこう」


 レーデルに腕をつかまれたまま僕は歩き出した。

 歩きながら振り返り、空を見上げ、にっこりと笑った。

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黒きエルク ちょっと変で、妙な魔王 ヘアズイヤー @HaresEar

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