機関の子どもたち


 一人の子が踏み台に乗り、瘤に手を当てた。

 壁の瘤に魔力を流し、息遣いが荒くなる。

 瘤に密着して魔力を測定する魔道具に似た物が置かれている。光の板を助祭が見ていた。


「ちっ、百三。……もう限界か? くそっ、伸びねぇな。もういい、交代だ」


 舌打ちする助祭に言われて、子どもは手を離し踏み台の上にうずくまった。

 手荒く子どもを下ろすと、次の子どもと交代させた。


 僕は、キンセ助祭に小声で尋ねる。


「いつもあんなに手荒なの?」

「はい」

「子どもには、優しくしなさい」

「はい」


 キンセ助祭とセセンタ助祭が口を揃えた。


「で、何をやってるのかな?」

「あの瘤に魔力を注ぎます。毎日繰り返すことで魔力量が増えます」

「あの子たちはいずれも百以上の魔力量。あの年齢で、すでに魔術師の博士級です。ですが聖剣を発動させるには足りません。二百以上なければならないと言われています」

「ふーん、二百で聖剣発動ね。あの子たちの中で発動させたのは?」

「いません。先代の勇者以後に、発動させる事ができた者は出ていません」


 キンセ助祭が周りの助祭たちに聞こえないように、小声で僕にささやいた。


「ふーん。……後で説明してね」



「キンセ助祭、その子は新しい子か?」

「ああ、私とセセンタ助祭が担当になった」

「二人も? ……幾つだ?」


 その問いかけに、キンセもセセンタも肩をすくめた。


「ウノ司教直下だ。余計な詮索はしないほうがいい」


 その答えに、助祭たちは目を細めて僕を見る。

 ウノ司教。僕はウノ司教直下……主座会議、上席議員か。


 次に少女が瘤に魔力を注ぐと、横についた担当の助祭が光の板を見て、嫌な笑いを浮かべた。


「よーし、百五十だ」


 助祭はことさらに大きな声を出して、周りの助祭たちを見渡す。

 少女が振り向いて、次に順番を待っていた男の子に微笑みかけた。


「ペペ、がんばって」


 少女が小声で励ますと、五人の子どもの中では、一番小さく幼い男の子が踏み台に登った。少女が脇にあった箱を積み上げて高さを合わせてやる。


「ふっ、百七十だ。また、増えたなぁ」


 男の子の担当助祭が、得意げに他の司祭たちを見た。


「全員終わったか? ……エルク、踏み台に登ってください」


 僕が踏み台に登ると、キンセ助祭助祭がやり方を教えてくれた。


「ここに手を当てて、魔力を一気に流します。出来る限りの魔力を注ぎますが、魔力切れにご注意ください。万が一の場合は、私とセセンタ助祭が介抱させていただきます」


「キンセ助祭があんな丁寧な口調で。誰なんだ、あの子」

「あの服装、貴族の子なのか? それでおとなしくか?」


 助祭たちの小声が聞こえてきた。



 僕は壁を見上げて手を当てた。

 もし、はるか昔から注いできたのなら、魔力はどこに? ここに流れている魔力は他の遺跡と似てるが、少し違っている? ……吸ってみるか。


 僕は瘤に当てた手から、遺跡に流れる魔力を吸い上げる。

 その瞬間、目の前が真っ暗になり、大量の魔力とともに、何かが、僕の頭に流れ込んできた。


 ぐわぁ! 身体が! 頭が! 弾けてしまう! ……何だ! 何だ、これは! ……ああ、ああ、この感覚! ルキフェに記憶を見せてもらった時と似ているが! 量が、情報量が多すぎる! 頭が弾ける! 記憶で頭が弾ける! ……記憶! 記憶! 魂! ……予備の複製として……魂に記されていくとしたら……魂を更なる記憶領域として活用し流し込めば!



 弾けそうな感覚は……なくなった……星? 星空? いや、宇宙空間か……様々な星……世界、様々な世界……願い……孤独と願い……太古種のものか……ああ、そうなのか……全部は、異質すぎる精神を全て理解は出来ないが……太古種以外の生物……様々な精神……そうか……そういうことなのか……人間には大きすぎて、異質すぎて理解できない……心と、世界の理……。




「エルク? エルクさん?」

「……あ、ああ、キンセ助祭?」


 僕は焦点の定まらない目で、キンセ助祭を見返す。


「大丈夫ですか?」

「ああ、だ、大丈夫……。……どれくらいの時間こうしていた?」

「え? 時間? 時間ですか? 今、手を置いたばかりですが」

「今、手を置いたばかり……」

「はい、置くとすぐにうつむかれましたので、声をかけました」

「……そうか……転送速度が……。大丈夫です。魔力を注ぐんでしたね。やります」

「大丈夫ですか? では一気に流し込んでください」

「……では」


 僕は改めて手を当てて、魔力を流し始めた。

 今の出来事に気を取られ、注ぐ魔力量を深く考慮しなかった。

 その途端、横の魔道具が光を放ち、全ての機器が溶けて液体となり、一気に床に流れ落ちた。


「ああっ!」


 調整し損ねた。どうやら、僕の魔力量に耐えられなかったね。

 慌てて集まる助祭たちを尻目に、僕は床に降りて遺跡から少し離れた。


 助祭たちは騒がしく声を上げ、子どもたちはぼうっと立っていた。

 その中で先程の少女が、僕に近寄ってきた。ペペと呼んだ幼い男の子の手を握っている。少女は茶色い髪に黒い目、幼い子は金髪に青い目。


「……あんた、あんた幾つなの?」

「幾つ? 十歳だよ」

「え? ……そうじゃなくて幾つ! 幾つなのよ!」


 ……何を聞きたいのかはわかるけど……正直には言えない。


「さあ?」

「さあ? ……あたしは五つよ! 五つで百五十なんだからね! ペペは六つで百七十! ペペが一番よ!」


 わかってる。弱いけど少し魔力が残ってる……この子が五つ、ペペという子が六つで一番多い。他の子たちは三つに四つ……くそっ! なんだって魔石を埋めた! 勇者を作るためか! 勇者がそんなに大事か!


「よくわかんないな? 幾つなんだろ? 憶えていないよ。この子はペペだね。僕はエルク。よろしくね」

「あ、エルク……。あたしはジェセ。ええ、この子はペペ……なにをした? あんた、なにをしたの? なぜこわれて、溶けちゃったの?」

「あの魔道具? さあ、どうしたんだろね。手を置いただけなのに溶けちゃったね」



 助祭たちが僕に詰め寄ってきた。キンセ助祭とセセンタ助祭が、僕を守るように前に立った。


「おまえ、何をしたんだ!」

「溶けてしまって……どうするんだ!」

「なぜ溶けた!」

「待て! エルクに失礼は許さぬ」

「キンセ助祭、セセンタ助祭。僕の後ろに」

「は!」


 残る五人の助祭が広がって、僕につかみかかった。


「押さえろ! こいつ幾つなんだ、押さえて服を剥げ! 魔石を数えろ!」


 僕の肩や腕をつかみ、ひねり上げて押さえつけようとする。だが、腕も肩も助祭たちには動かせず、つかんだ服を引っ張る。

 服は、裂けも破れもせず、着崩れもしなかった。


「か、硬い! 服が、布が硬い?」



「ここまでだな。……いまの自分たちの格好を見ろ。よくも無礼を働いてくれたな。虫の居所が悪いのに、加えてこの無礼か。命までは取らないが、苦痛は味わってもらう」


 僕の左腕をつかんでいる助祭の手を、右手でつかみ握りつぶした。指と手のひらがひしゃげて砕けた。

 その音と悲鳴に構わず、服から相手の腕を引き離し、肘に左手を当てて鈍い音とともに肘関節を逆に曲げる。

 右腕を持っている助祭の腕を左手刀で折った。

 肩を振るって後ろから押さえている手を外し、身を沈める。低い体勢で回転し、目の前にある四本の足を右足で一気に刈り取る。

 四本の足はばらばらな方角を向いて、助祭たちが崩れ落ちた。

 助祭たちに命令していた最後の一人に詰め寄り、膝頭を蹴って逆向きに折った。



 痛みに声を上げる助祭たちを見下ろして、キンセ助祭とセセンタ助祭に命じた。


「人を呼んで、子どもたちを連れて行かせて休ませなさい。その後で助祭たちを片付けさせるように。うるさすぎる。僕が、頭を踏み潰すのを我慢できてるうちにね」


 キンセ助祭とセセンタ助祭が人を呼びに部屋を出ていった。



「あ、あんたいったい……」

「ジェセ、ペペを休ませたほうがいい」

「そうだけど……後で、エルクが……この助祭たちにひどい目にあうよ。罰を受けるし、ご飯も……」

「いつも罰、せっかんされてご飯抜きにされてるの?」

「……うん」

「もうそんな目にはあわせないよ。こいつらには、もうそんな事はできない」



 慌ただしい足音とともに白ローブたちが入ってきた。

 部屋の状況を見て入り口で固まったが、キンセ助祭の命に従って子どもたちを連れて行った。さらに別の白ローブが来て、助祭たちを運んでいった。



 僕は遺跡の壁に近づき、両手を当てて再び魔力を吸収した。


 ……太古種の他に、人間の記憶もある。子どもたちの苦しみも。……全ての遺跡が繋がっているのか。魔力を注いだ者の記憶? 記録か? ……圧縮して領域を空けられるか? 空けたところにさらに……。



 僕は手を離して、キンセ助祭に向き直る。


「クレマ司祭に報告が必要なんでしょ? 僕を連れて行きなさい」

「はい」 

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