支配の力


 クレマ司祭の執務室にキンセ助祭、セセンタ助祭とともに入室する。

 三人でクレマ司祭の執務机の前に立つと、尋ねてきた。


「一体どうしたのかね? 何が起きた? 報告とは何かね?」

「エルクを伴って魔力訓練室に行きました。エルクが魔力を注ごうとしたところ、魔道具が壊れ溶け崩れました。他の助祭たちが驚き、慌て、エルクに暴行を働こうとして反撃され、負傷しました。以上です」


 クレマ司祭は微笑みを浮かべて僕を見ていたが、報告を聞いているうちに、徐々に笑みが消えていった。


「エルクくん、何をしたんだね?」

「ぼ、僕は何も、何もしてないよ。へ、変な瘤に手を置いたら壊れちゃったんだ。そしたらあの人たちが、あの人たちが……服を破けって迫ってきて……」

「さあさあ、落ちついて。もう大丈夫だから落ちついて。ここには君に悪いことをしようなんて人間は……」


 なだめようと僕に微笑みかけたまま、クレマ司祭の動きが止まった。小刻みに震えて、汗をかき始める。

 ふむ、抵抗には個人差があるな。

 反感を持っていると強く抵抗するが、なだめようとする気になった途端に抵抗が弱くなったか。

 同じように反感を持っていたキンセ助祭とセセンタ助祭は、さしたる抵抗なしに陥落。反感が無くなるまで抵抗したクレマ司祭。個人の意志の強さかな。



「クレマ司祭、座ってもいいかな?」

「これは気が付きませんで、申し訳ありません、エルク様」


 執務机の前にある応接用の椅子に僕を座らせて、クレマ司祭は扉を背にした席に座った。

 セセンタ助祭が飲み物を手配するために部屋を出た。僕の部屋に寄って、側仕えを連れてくるように命じられている。


「さて、キンセ助祭。執務机の上にある、あの小刀をクレマ司祭に渡して」

「はい」


 小刀を受け取って、僕をもの問いたげに見てくるクレマ司祭に命じた。


「左手をテーブの上に広げて置いて。そう。右手に小刀を持って、広げた左手を刺してテーブルに縫い止めて」

 クレマ司祭は、ためらいもせずに自分の左手を刺し貫いた。苦痛に歪んだ顔を上げて、僕の次の命令を待った。


「まあ、こんなもんかな。自分だけ苦痛が無いっていうのは不公平だしね。この程度では済まないんだけどねぇ。もう抜いていいよ」


 小刀を抜こうと力を込めたクレマ司祭が、うめき声を上げた。


「うううっ。ぬ、抜けません。テーブルに食い込んで、抜けません」

「キンセ助祭、抜いてやって」

「はい」



 血を流しながら座り直したクレマ司祭に手を見せるように命じ、治癒魔法で止血する。


「ありがとうございます、エルク様。治癒魔法までお使いになるとは」

「丁寧な言葉づかいはしなくていいよ。それとエルクと呼び捨てで。僕に様付けするのは、他の人に見られたら変に思われるからね」

「はい」

「でだ、いろいろ聞きたいことがあるんだ。キンセ助祭も座って」



 セセンタ助祭とラドが執務室に入ってきた。

 応接用のテーブル上の血と、脇に置かれた血に濡れた小刀とを見て、ラドは僕の様子をうかがった。


「ラド、大丈夫。僕の血じゃない、クレマのだよ」


 「司祭」と呼ばなかったことに目を細めたラドは、司祭と助祭たちに目を向ける。


「そっちも大丈夫だ。三人は僕のいうことを良く聞いてくれるようになったんだ。ね、クレマ」

「はい。ラド様、ご安心を。我々はエルクの命に従います」



 ラドが座ると、僕は尋問を始める。


「さて、聞きたいことはありすぎるけど、まずは確認。なぜボリバル司祭はギジェルモ司教に命令できる? ……ほんとはボリバルとクレマ、二人とも司祭じゃないんでしょ?」


 クレマ司祭がうなずいて答えた。


「私とボリバルは、司祭と名乗っていますが、司教です。ウノ司教のもとで、彼の後継の位置にあります」

「ボリバルは競争相手?」

「はい」

「うーん、司教で司祭ね。上はウノ司教なんだね?」

「はい。組織図では、ウノ司教の下です。私はドス司教、ボリバルはトゥレス司教に成り代わって仕事をしています。年老いたドス司教、トゥレス司教は名目のみ議員で、私たちが主座会議議員です」

「ギジェルモの話は正確だったか。ああ、ギジェルモか。ギジェルモ司教は行方不明だけど、真剣に探さないでいいよ。探してますってふりだけで。僕が処分したから」

「かしこまりました」


「で、魔王復活はどうやって知る? ……魔王城に何か仕掛けがあるんだよね?」

「はい。魔王城に魔王が復活する兆しがあると、魔王城地下施設から警報が入ります。ここの地下にある遺跡が、その警報を受けて魔王の復活を知ります」

「兆しとは?」

「はい、魔王城に急激な魔力の増減があります。その後三カ月程で魔王が復活します」

「その警報で、討伐軍が組織され出征するの?」

「はい、その通りです」

「勇者も一緒に出征?」

「いいえ。その警報もそうですが、ここ、機関の地下と魔王国魔王城とは太古種の通路でつながっています。大軍は通れませんが、討伐軍の侵攻に合わせて、その通路を使って勇者たちが魔王城に向かいます」

「……」



 僕はクレマ司祭を見つめて、考え込んだ。


「……ここしばらく、百年、魔王の復活がないけど、対処方法は伝わっているのか?」

「はい。聖都ウトリーには聖教会学校があります。そこで教育されます」

「聖教会学校か。魔王城とつながっていることが、なぜ世間に出ない? その学校でも、一部の者しか教えられていないんだな?」

「はい。学校には聖教会の血族だけが、入学できます。生まれてすぐに集められ、教育を受けます。その中からさらに成績優秀者だけが選ばれ、主座への道を進み、秘密を明かされます」

「……上層部だけに明かされるか……」


 通路……遺跡の記憶にもある……本当は単なる通路ではない、か……。


「魔王城の施設は誰が管理している?」

「魔王城の魔道具、魔力充填、魔石補充、魔力鉱、それらを扱う商会に偽装した、担当司祭が管理しています。通路は魔王国には知られていません。国と言っても、蛮族、獣人と魔物の集まり、烏合の衆ですから」


 僕は、きつく握り合わせたラドの両手に、自分の手を置く。


「力を抜いて、ラドミール」



「通路を通った勇者たちはなぜ『狂乱』しない?」

「……『狂乱』ですか? その言葉は知りません」

「知らない? ……では『変身』は?」

「……『変身』? 知りません。言葉からすると狂う事と、何かに変わる事だと思いますが……」

「……」


 僕とラドが顔を見合わせた。

 知らない……これか……言葉にすれば「変異」が近い。人工的に変異させ、また、変異を取り消すことも出来る……。


「なぜ、影響を受けない……魔王城の管理者と勇者、パーティーが身につける共通の魔道具があるんだな?」

「はい、ございます。『世界の守り手』を身に着けます。勇者の証でもあり、通路を通る鍵でもあります」

「それを、『世界の守り手』を見せてくれ」

「はい。魔王城を担当する者以外の分は、聖剣と共に保管されています。参りましょう」




 クレマ司祭を先頭に聖剣保管室に向かった。途中で白ローブを何人か呼んで同道させた。

 聖剣保管室はどこまでも続く階段を下り、魔力訓練室よりも地下深くにあった。

 長い廊下を行き、幾つもの大きな金属扉を開けさせた。

 最後の扉を開ける前に、白ローブたちは、僕の支配の視線を受けて、従順に命令に従うようになった。


 腕の長さほどの厚みの扉を開けさせて広い部屋に出た。入ってすぐの金属の台に聖剣が置かれていた。

 ……ああ、これだ。


 僕は思わず自分の腹を押さえ、聖剣に刺される痛み、全身を火で焼かれる痛みに耐える。


「エルク様!」


 よろけた僕をラドが支えた。


「エルク様! 大丈夫ですか!」

「……ああ、ラド。……ありがとう。……もう大丈夫だ」


 足元を確認するように、立ち上がった僕は、置かれた聖剣から目が離せなかった。

 僕は入ってすぐに、台上の聖剣に目を奪われたが、ラドに支えられて落ち着き、部屋を見渡した。


「これは……!」

「この部屋にあるすべての剣が聖剣、大聖剣です」


 手前の台上に一本置かれ、その向こうには数十本の聖剣が棚に立てかけられていた。


「実は使える大聖剣はもう、この台の一本だけで、あちらにあるものは壊れていて使用できません。この一本も正常に使えるのか、魔王を討伐できるのか、わかりません」


 大聖剣……この形は確かに剣の形に見えるが……これは剣ではない。剣ではない……太古種の記憶……何らかの。


「これは剣ではない。魔力を使った、動力炉の燃料棒。原子分解、粒子、素粒子の世界だ」


 僕が呟く言葉を理解できずに、クレマ司祭たちは顔を見合わせた。

 ルキフェが討伐されて、殺されたら残るはずの死体はない。これで原子やさらに小さい粒子に分解されてしまうのか。


「……これは、これは剣ではないのですか?」


 クレマ司祭が目を見開いて、僕に問いかけた。


「ああ、正確には剣ではない。切るという意味での剣ではない。おそらく、物質を目に見えないほどの粒にしてしまう物だ。……発動させれば、生物に有害な、放射線を出すのか……勇者は、これを使った勇者の体は、もたないのだろう?」

「はい、勇者は皆、魔王討伐時か、もっても数日で死亡します。同道したパーティーも全員が病気になり、やはり数日以内に。遺体はこの階のさらに下、最下層に葬られています」

「……ふふふ、その後なんか、初めから無いってことだ。ラド! ラドミール! 勇者は魔王を、ルキフェを討伐したことで死んでいたんだ……くっそっー! なんでこんな馬鹿なことを!」


 ラドミールは、僕の言葉を背に、聖剣を見つめ続けた。

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