吸い取ったもの


 考え込んでしまった僕とラドミールが己を取り戻すまで、クレマ司祭は声をかけなかった。


「クレマ司祭、『世界の守り手』は?」

「はい、こちらの棚に並んでいるのが『世界の守り手』です」


 並んでいる聖剣の横にある棚を指差した。棚には複数の革の箱が並べられ、その一つをクレマ司祭が取り上げて蓋を開き、僕に中を見せる。

 それは手のひらほどの首飾りだった。

 中心に金属で作られた輪があり、輪の中には星型に金属の糸が張られている。輪から下方に金属の羽が複数下がり、所々に明るい青色の宝石が付けられている。


 魔法陣が……宝石と羽に「変異」を無効にする魔法陣が組み込まれ……通路を通る鍵……。


「これを貰う。……三つ」

「はい」

「大聖剣と言うからには、小聖剣もあるのか?」

「はい、ございます。魔力訓練室の隣で保管しています。子どもたちの訓練用です」


 子どもたちの? ……放射線被曝が心配だ。


「よし、小聖剣を見せてもらおう」

「はい。では、こちらへ」



 クレマ司祭の案内で、魔力訓練室に向う。

 壁の遺跡では下働きたちが、溶けた魔道具をこそぎ落としていた。

 別の壁にある重い扉を開けて中に入る。長さは僕の二の腕ほど、金属の六角柱が小聖剣だった。

 僕は一本を手にとり、放射線を封じ込めるイメージで剣の周りに防壁を張った。

 皆に少し離れてもらい、ごくごくわずかの魔力を流した。

 小聖剣は白く光り出し、探知魔法が放射される粒子を検知した。白い光の色は僕の偽聖剣と同じだが、種類の不明な粒子を放射している。


 魔力をすぐに止めて光を消すとクレマ司祭に向き直った。


「この小聖剣は地下に運んで、大聖剣と一緒にしておくように。これを使った訓練はさせるな。発動させると死ぬこともある」

「はい。かしこまりました」



 魔力訓練室に戻り重い扉を閉ざした。

 下働きの作業を見て、僕が尋ねた。


「クレマ司祭、溶けた魔道具は直るのかな?」

「ええ、新しいものを用意して……数日か数週か、時間はかかりますが直せると思います」

「時間は稼げるか……今後は子どもたちの担当は、危害を加えない優しい者にするように。子どもへの暴力は許さない。それとこれ以上魔石を埋め込むのは、絶対にだめだ。小聖剣を使った訓練も禁止、いいな」

「はい、かしこまりました」

「しばらくはここで生活させて、子どもたちを開放する方法を決めよう。……聖剣は、僕が新しく作る」

「おお、聖剣をお作りになれるのですか!」


 僕は魔力を込めて、右脇の短剣を抜いた。

 短剣は白い光を放ち、周りを明るく照らした。


「おお!」

「それは! それには、聖剣と同じ力があるのですか?」


 クレマ司祭の問いに、僕はうなずく。


「全てを滅ぼし、目に見えぬほど、形を維持できぬほど細かくしてしまう。これと同じものを作る」

「これで! これで救われる! 大聖剣がなくなる恐怖から救われます! 魔王討伐ができます!」


 クレマ司祭が涙を流さんばかりに、僕を見つめてきた。



「……少し疲れた。部屋で休むことにする」

「はい、かしこまりました」


 ラドと一緒に部屋に戻ると直ぐに、僕はベッドに倒れ込んだ。


「エルク様!」

「……ああ、心配ない。……ラドが来る前に……遺跡から太古種の記憶を取り出したんだ……それがあまりに多すぎて……CPU……僕の脳では……処理速度が遅すぎて……少し休めば大丈夫だから……ああ……明日朝に……クレマ司祭と会議の予定を……入れて……ね……」

「エ、エルク様?」


 ラドの問いかけに答えず、僕は深く黒い闇に落ちていく。




 ……ここ、どこ? 薄暗い場所……ルキフェの場所? ……いや……わかる……僕の場所……僕の魂の場所……。


 何かが僕を見つめている。姿形はなく、塊のようなものとしてしか認識できない。


……こちらの中に入ってくる……そうじゃない……もう中にいる……記憶か……彼らの記憶か? 僕を……僕を見てる……調べてる……。


「……お前の……中に……いる……乏しい……貧弱な……この言語では伝える……伝わる情報が少なすぎる……意志の……同調も行わなければ……」

「誰だ? 太古種か?」

「……ああ、輪廻転生するのか……おまえも……」


 ……僕の独り言ではないのか?


残滓ざんし……私は思考の残滓。……意思と意志の狭間……総体との繋がりがあるのだろうか? ……過ぎゆく時間に残されたもの……生命体? ……そう、お前たちの言葉では……私はギデ……」

「……ギデ……」

「そう、全ては……我らでさえも、世界を全て理解は出来ない……」

「……お前の目的はなんだ? 吸い取った、唯の記憶のはずだ」

「そうだ。記憶でしか無い。……お前の言語と理解力では記憶としか表現できない。が、それが全てではない、正しく本質を表してはいない。……記憶とは生命体に起きる事象だが、単体? ではない。全ての魂と記憶は繋がり、世界を構成する」

「……理解できないが……なんとなく……種族が持つ記憶……感じられるような気がする……」

「それでいい。私には意思も意志もない……好奇心? 単体として機能し始めているのか、お前の一部なのか……お前の心の声……輪廻転生を繰り返してきたお前の魂の総体なのかもしれない」


 私の、魂の総体?


「案内人。導き手。ギデ。膨大な記憶を得たことで、理解したいというお前の意思が働いた。そのギデ」

「導き手……」

「そう、お前が持つ疑問に答えよう。変化を続ける『混沌』こそが世界の理であり、全ては移りゆくのだ」




 目覚めた時、ギデから伝えられた詳細は、おぼろげになっていた。


 「混沌」こそが世界の理……か。 

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