明かされる非道


 ベッドの横では、ラドが椅子に座って寝ていた。


「ラド。おはよう、ラド」

「……エルク様、お目覚めに」

「ずっと居てくれたんだ。ありがとう」

「お顔の色は良いようですね、安心しました」

「ああ、気分もいいよ。今何時だろう?」

「……私も、うとうとしていましたから、お待ち下さい」


 ラドが部屋から出ていき、白ローブと一緒に戻ってきた。


「夜が明けたばかりとのことです。何か召し上がりますか?」

「うん、そう言えばお腹が空いたな。……子どもたちは食堂で朝食をとるのかな」


 白ローブに尋ねると、五人の子どもたちは一緒に食事をとると教えてくれた。




 案内してもらった食堂で五人の子どもたちが食事をしていた。

 僕が入ると、ジェセだけが目を向け、他の子たちは器から目を上げなかった。


「おはよう」


 僕の挨拶に誰からも返事がなかった。ジェセの向かい側に座った僕の前に、朝食の盆が置かれた。

 どろっとした粥のようなもので、添えられた木のスプーンで一口ふくんで手が止まる。

 うへぇ……おいしくない、というか不味い。塩分も少ない。栄養価はあるのだろうけど。これでは食べる楽しみが全くない。


 周りを見渡すと、みんなは黙々と食べている。


「ジェセ、ジェセ、これ、美味しい?」

「……美味しい? わからないわ」

「え? ……朝ごはんが美味しいか聞いたんだけど。わからないか」

「……うん」


 ジェセが隣に座るペペを気にして、生返事をした。


「そ、そうか。毎朝これを食べてるの?」

「……そう。……ペペ、こぼしてる……」


 ジェセが隣に座るペペの口を拭いてやった。


「これでいいわ……」


 ジェセは柔らかな目でペペを見つめ、微笑んだ。



 なんとか残さずに食べ終えた僕は、クレマ司祭の執務室に向かった。


「おはよう、クレマ司祭」

「おはようございます、エルク」

「子どもたちの食事、なんとかして。あんな不味くては食べる楽しみがない。市場や屋台に、海産物や食材が、あんなに豊富にあるのに。子どもたちの食事の改善を要求します。別の料理人にかえなさい。楽しく食べられるようなものをだして」

「……はい、かしこまりました」



「聖剣を造るために必要になるものがある。機関に僕専用の実験室を用意して、材料を集めてくれ。必要な物は一覧にして後で渡す、いいね」

「はい、かしこまりました」


「少し、聖教会について教えて。……クレマ司祭と僕の、障害になりそうな者は誰?」

「……トゥレス司教とボリバル司祭……もっとも障害になりうるのはクアトゥロ司教でしょうか」

「クレマ司祭は、魔石を子どもに埋めて魔力量を勇者並みにする担当。使う魔石は魔物から取り出したままの物。トゥレス司教とボリバル司祭は人造魔石。幾つかの魔物の魔石を合成し、勇者並みの魔力量を得ようと、人で実験している。まちがいない?」

「はい、その通りです」

「クアトゥロ司教は?」

「復活しない魔王の代わりに、魔物を強化して放しています。人が、世界が、勇者を、聖教会を求めるようにしています」

「くそっ! まったくお前らはっ!」

「申し訳ありません」

「……で、クアトゥロ司教は、どう障害になる?」

「後継者争いです。エウスタキオ主座の後継者。ウノ司教とトゥレス司教、主座会議議員たちは皆高齢で、私とボリバル司祭が筆頭を争っています。しかし、第四席クアトゥロ司教も主座を欲しています。たびたび妨害工作を企ててきます」


 深呼吸をした僕は、クレマ司祭に詰問する。


「クアトゥロはどこで魔物を育ててるんだ。狂鹿は二百五十以上いた。聖都ウトリーでその数を用意しても、運べないだろう?」

「はい。各国に施設を作り、クアトゥロ司教が管理しています。狂鹿、灰色狼をノルフェ王国で、大トカゲをギリス王国で、フラゼッタ王国で狂穴熊を育ています。その他の国にも施設を作っているはずです」

「……聖都ウトリーでは?」

「魔物を大量に育てる施設は、聖ポルカセス国にはありません。聖都ウトリーの西側に、様々な魔物で基礎実験をする施設があります。人造魔石と魔力圧縮液の実験も行われます」

「……各国の強化施設は潰す。ラド、場所を確認しておいてね。僕が飛んでいく。西側の施設には魔物がいるんだな?」

「はい」


 新しい聖剣のお披露目は、その施設でするか。


「新しく聖剣を作ったら、主座、エウスタキオ主座との面会を整えてもらう」

「はい。すぐにもお会いになれますが?」

「いや、聖剣を作ってからだな。こちらから指示する」

「はい、かしこまりました」


 子どもたちの魔石は取り出せるか? 心臓の近くのに埋められて難しいか。

 クレマ司祭が取り込まれたことに気が付かないよう、偽装が必要か?

 このまま訓練を続けさせるか。……専門校に進ませて魔力充填の仕事を身に付けさせるか、彼ら自身の工房を作って自立させるか。……悩ましい。


「魔石に魔力を充填する魔道具はあるか?」

「はい、ございます」

「子どもたちの訓練はそれで行うように」

「はい」



「……クレマ司祭。君は何を望む?」

「何を望む、ですか」

「ああ。今、君は僕に支配されている。自己の意識はあるが、僕の命令が優先されている状態だ。本当の君は、何を望むのか。これまで何を望んできた? これからは何を望んでいくのか?」

「私の望み……権力の頂点を目指すこと、主座になることが望みでした」


「なぜ聖教会に入った。なにを望んで入った?」

「魔王討伐のために……。両親に聞かされた……両親が望んだことです……聖教会を守り、聖ポルカセス国を守ること。それが人の安寧あんねいを守る方法です。聖教会に尽くし、人を守ることが私の望みです」

「それが主座を目指すこと?」

「はい。誰よりも上に。ボリバル司祭に負けぬよう、上に」


「子どもたちは、どこから連れてきた?」

「聖都ウトリーや聖ポルカセス国の貧民街から……赤ん坊や二、三歳の子を」

「貧民は、クレマ司祭が守ろうとする『人』ではないのか?」

「聖教会が高額で引き取れば、暮らしが良くなる、幸せになれる……」

「勇者になれば死ぬのだろうが! 魔石を埋めれば人ではなくなる。彼らは魔物になってしまった! いや、魔物に、されてしまった! それでも『人を守る』と言えるの?」

「……わ、わたしは……わたしは……」


 あんまり責めると、自我が崩壊してしまう。


「クレマ司祭……もういいんだよ。競争は必要ないんだ。僕が、君を引き上げてあげるからね。『人を守る』ことに力を尽くせばいいんだ。僕が主座にしてあげる。僕のもとで『人を守る』んだ」

「はい。はい! 人を守ります」 

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