強化施設へ


 ギデとの邂逅かいこうから、二日が過ぎた。

 機関が異常なく運営されているように見せかけるために、子どもたちの訓練を続けさせた。

 僕は「世界の守り手」を製作した。


 ギデの知識から理論上は正常に動く様に作れたが、実際に魔王国での検証を行わなくてはならない。今はまだ、直接通路を使って魔王城に行くことは危険すぎる。

 ルキフェの復活は魔王国全体に影響を及ぼす。この魔道具ではそこまで広範囲に効果が出ない。やっぱり魔王城の装置を止めなくては。



 何度か遺跡から魔力を吸い出したが、記憶が転送されるようなことは起きなかった。


 子どもたちの様子を見に魔力訓練室に行った。

 測定の魔道具で魔力量を測り、魔力充填の魔道具で訓練している。

 子どもたちは十分な食事と、もう誰も自分たちに苦痛を与えないことで、少しは明るさを取り戻した。少しずつ僕とも会話をするようになった。



「エルク、エルクもやってみて。ペペはね、また伸びたの。百七十が百八十になったの。もうすぐ、聖剣を使えるようになる! すごいでしょ」

「そうか、百八十に。すごいね」

「もうすぐペペもあたしも勇者になるよ! 勇者になって、ペペとうちに帰るんだ」

「ん? ……ジェセ、ペペの様子、変じゃない?」

「え? あ! トイレだ。ペペ、ペペ、おトイレ行こうね」


 ジェセがペペと手をつないで、白ローブと一緒に出ていった。


「……ペペね、よくおしっこして……まえ、まえのたんとーさんに、血がでるほどたたかれたの」


 他の子が、僕に教えてくれた。


「ジェセとペペは仲がいいんだね」

「……きょうだいってなんだかよくわからないけど……ペペはジェセのオトウトなんだって。……ほんとのオトウトとはちがうけどって……そう、ジェセがいってた……」




 ラドが各国の施設をクレマ司祭から聞き取り、簡単な地図にした。

 魔物を飼育する施設は全部で五箇所。ノルフェ王国、ギリス王国、フラゼッタ王国、ロークス王国、ペルワルナ王国。


 僕は偵察を行うことにした。

 装備は黒い戦闘服、顔全体を覆う黒い兜、つや消しの黒い剣。

 建物内で光学迷彩を使い、指示された白ローブが正面の扉を開けて十数えて閉め、不思議そうな顔をしていた。


 聖都ウトリーに浮き上がり、警報など、こちらに注意を向けるものがないことを確認して、一気に成層圏まで飛んだ。

 各国に向けて落下し、聞き取った街や地形、街道をたどり、施設を特定する。



 上空から案内なく探すのは、思いの外手間取った。

 街や街道を見つけると一度降りて着替え、農民や隊商に街の名前を尋ね、街道を確認していく。ほとんどの施設が街道から外れた谷間や深い森の中にあった。


 すでに僕が魔物を討伐済みのノルフェ王国、ギリス王国は、壊れた建物と倒れた丸太の柵が残っていた。

 他の三箇所には弱いが魔物の反応があった。

 施設の造りはほぼ同じで、一本道の突き当りに高い柵囲いがあり、聖教会騎士団が警備していている。

 魔物は数百いるが、魔石の魔力は弱く、不活性化されているようだった。



 一度聖都ウトリーの機関に戻り、クレマ司祭が知っていることと照らし合わせた。


「はい、以前クアトゥロ司教が主座会議で報告していたのは、魔物に魔力濃縮液を与えるまでは、不活性化しているとのことでした。活性化するともう手がつけられないため、施設は放棄する計画だと」

「活性化すると放棄か。警備の聖教会騎士団、数が多い。施設からの退避には手間取りそうだが……」

「餌です。聖教会騎士団は使い捨てにされます。スィンコ司教配下の騎士団は命令に絶対服従、死すら認識できないと言われています。どうすればそんな人間が出来上がるのか、方法はスィンコ司教が秘匿しています」


 またか。生命軽視か……。


「……ほんと、聖教会は人を守るためと言いながら……やっぱり聖教会は全員……主座会議議員も……」

「……」




 翌日、僕は、ふたたび黒装束で三箇所の施設を巡った。


 ペルワルナ王国。聖ポルカセス国から続く山岳地帯。森に覆われた、狭い谷の奥に施設があった。

 僕は上空から全体を監視する。


 施設は先を尖らせた丸太の柵で囲まれている。柵のだいぶ手前に検問所があるが、誰もいない。門は開け放たれ、門衛もいない。

 今にも出発しそうな者が数騎と聖教会騎士団が十数人、門の前の広場にいる。

 柵の中は、木造の平屋が三棟。奥に向かって太い丸太で組まれた仕切りの柵と足場が作られている。そこから柵の中に向かって、桶で水を掛けている。


 ……魔力の反応が……バルブロの? ……魔力濃縮液か!


 僕は、上空から急降下した。

 仕切りの中には人が、数百の人が囚われていた。足場から掛けられる水に群がっている。


 囚われているのは、皆、尻尾のある獣人だった。女性に男性、年齢もさまざま、子どももいる。

 水をまいた者は急いで足場を降り、馬の方に走った。



 僕は全員を重力で拘束する。獣人たち、聖教会の人間、騎士団、馬。

 獣人たちは誰も彼も身体が変形し始めていた。もとの三倍以上の巨人になっていった。

 身体が大きくなっていく……あまり高重力をかけると怪我をするか? 動けない程度に……。


 足場に降り立った僕は柵内を一見して、聖教会の人間が集まっている場所に向かった。


「ここの責任者は?」

「う、うご、けん……な、なんだ、お、お前は」

「もう一度聞く。ここの責任者は?」

「な、んだ、お、お前は」


 僕が手をかざすと、全員が立っていられず、膝をついた。


「答えよ。責任者は?」

「あ、あそこのタルタデ司祭です」

「タルタデ司祭……歩けるだろう? こっちに来い」

「……は、はい」

「あの人たちはどこから連れてきた?」

「ひ、人たち。人たちとは?」

「お前が魔石を埋め込んだ人たちだ」

「いいえ。あれは人ではありません。人間ではありません。獣人です」


 僕は手をかざして、タルタデ司祭を地に押し付けた。


「なんだと! あれは人だ! お前らこそ人間じゃない! 答えろ! どこから連れてきた!」

「……く、国中から。この国と他国から。じ、獣人を集めました」

「魔石を取り除いて元に戻せるか? 彼らを生きたまま元に戻せるか?」

「い、いいえ。戻せません。心臓に張り付いていますので心臓ごと魔石を取り出すことになります」

「……」

「たかが獣人です。魔物です。人ではありません」


 僕は聖教会の者たちの重力を増し地面に押し付けて、浮かび上がった。



 動けない巨人化した獣人たちは、地面をかきむしり、低いうなり声を上げている。

 僕は人々に向かって声をかけたが、返ってくるのはうなり声だけだった。


 一番小さな、子どもであったであろう者もその大きさは、人の大人の倍はある。

 僕はその子の前に降りた。うなり声を上げ、這いつくばったまま僕を見上げてくる。その目には、飢えと憎しみしか見えなかった。

 その子の魔力を吸収した。

 く、吸収しても、魔力が尽きない。魔石が周りから魔力を集めているのか? ……くそっ! だめか! ……こちらを認識する理性もないか!


「ギデ! ギデ! なにか方法は? 元に戻してやる方法は無いのか! 答えろ! 太古種になにか方法は無いのか! 答えろ!」


 僕は空に向かって、大声で吠えた。


 ……答えはないか……くそっ!


 タルタデ司祭のところに戻り、拘束を緩めた。


「ここにある資料を見せろ」


 僕はタルタデ司祭を連れて平屋と荷馬のところに行き、そこにある資料を全て走査し、アイテムパックに収める。



 僕は再び浮かび上がった。巨人化した獣人たちを魔力で一箇所に集め、声をかけた。


「……すまない。……元に戻してはやれない。もっと早くに……偵察の時に……もっと注意していれば助けてやれたかもしれない……私のあやまちだ……すまない。良き転生を」


 僕は柵の足場に立ち、巨人たち全ての延髄を標的にして一斉に光の矢を放った。巨人たちは声を上げず、大きなため息をついて倒れていった。


 僕はそのまま腰を落とし、横たわる彼らを見つめていた。

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