心を制御する
魔王を倒す教育を受けるため、僕は「機関」に部屋を与えられることになった。魔力量の測定を行った施設は、ただ「機関」とだけ呼ばれている。
最初に通されたラドたちが待つ部屋に戻り、これからの説明を受けた。
側仕えたちの寝泊まりは許されていなかった。僕が駄々をこねて、交代で一名のみが許され、僕との続き部屋が与えられた。
クレマ司祭からの説明を受けている間、試しにラドと念話でやりとりしたが、気づかれた様子はなかった。
『ここと宿とで、できるか要実験だね』
『はい』
その日は持ち込む荷物の指示を出すためと、「夜明の窓辺」に戻った。
「『機関』からの情報は取れそう?」
「アグナーでの話し合いの後から、これまでと違う方法を試しています。人は誰しも食べて、寝て、服を着て、排泄します。偉い方は自分の手を汚しません。下働きにまかせます。そこに入り込んでいます」
「うん。それじゃあ、側仕えの交代時に情報のやり取りをしよう。念話は確認が必要だけど、使えたら幸運だ、くらいに思っていよう。『機関』では魔力の流れが複雑で、どんな影響が出るか……一つ一つ検証しよう」
「それほど複雑な流れでしたか?」
「ああ、建物の中心にある塔、周りの小塔、屋内の魔道具や不明な塊。それに加えて、地下に何層もの巨大な魔力があった」
「危険なのでは……今更でしたね」
「うん。一階にも気になるものがたくさんあった。自分の感情にのまれてしまえば……聖教会共々、吹き飛ばしてしまいたくなるような……そんなものが……」
翌日、ラドが手配した馬車で機関に向かった。
聖教会騎士団の詳しい確認作業を受けた後で、白ローブに案内されて割り当てられた部屋に入った。
僕が側仕え役のラドと部屋を確認していると、羊皮紙の束を持った二人の白ローブが訪ねてきた。
「側仕えがいるのか? 側仕えはここにいろ。ついてこい」
部屋に入るなりそれだけを言って、僕の返事を待たずに部屋を出た。
二人とも、僕がついて来ているか確認せず進んでいく。廊下を幾度か曲がり、木製の両開きの扉を開けると中にはいった。
窓のない部屋には長机が置かれ、扉を背に二脚、壁を背に、扉に向かって一脚の椅子が置かれていた。その椅子を指差して、自分たちはさっさと並んだ椅子に座って羊皮紙をめくり出した。
「エルク。十歳。ノルフェ王国。フラゼッタ王国王立学院……特待生?」
年若い方の白ローブが読み上げて、隣を見た。
「知らん。……特待生とはなんだ?」
「……」
「答えろ。特待生とはなんだ?」
僕は、天井を見上げて、あくびをした。
「おまえ!」
さて、これからの立ち位置が決まる。
十歳。先代勇者より魔力量が多い子ども。
今、聖教会と全面対決する気はないが、下手には出ない。子ども扱いされては知りたいことが手に入らない。対等以上にならないと……頂点の主座と。
僕は大きくため息をついて二人を、ゆっくり交互に見つめた。言葉を発せずに見つめてくる僕に、ムッとした視線が返ってきた。
僕の目を見つめるうちに、二人の身体がかすかに震えてきた。
犬は優秀だから、上下関係を直ぐに感じ取れるけど……人はもっと抵抗するな。
あ、あれは? 精神系の魔法は資料がなかったけど、気迫で犬を怯えさせ、ルキフェの恐怖がギジェルモ司教を素直にできるのなら。
「支配」を込めたらどうなる?
僕は年長の白ローブを見つめた。かすかだった震えが大きくなり、額に汗が出てくる。
「……エ、エルク……さま」
「!」
隣の白ローブの言葉に、年若い白ローブが驚きの目を向け、僕に向き直った。目があった途端に何か言いかけた言葉を飲み込み、震え、汗をかき出した。
「ねえ、ちょっと喉が渇かない? お茶欲しいよねぇ」
「はい、エルク様。ただ今ご用意します」
年若い白ローブが慌てて立ち上がった。
「お願いね。あ、二人とも僕のことはエルクって呼び捨てにしていいからね」
「はい」
届けられたお茶を飲みながら、僕が二人に質問し始める。年長がキンセ助祭、年若い方がセセンタ助祭と自己紹介した。
「で、二人はどんな役目なの?」
「エルクさ……エルクの担当です。今後は交代で指導します」
「ふーん、勇者の教育って何するの?」
「一番重要なのは聖剣の使い方です。膨大な魔力が必要になるので魔力量を増やす訓練が必要です。……クレマ司祭からは、エルクは魔力量を増やす訓練をしなくても良いと指示されていますが、それでは何をすればいいのかと……」
「そう、正直、迷っています」
「聖剣の使い方以外は『迷う』か……それじゃあ、まずはここを案内してくれる? 僕が何を学ばなくてはならないか一緒に考えようよ」
「はい」
二人の案内で「機関」の内部を見て回った。生活に必要な場所はざっと案内され、魔力訓練室に向かった。
魔力訓練室は地階にあり、長い階段を下った所で金属扉の部屋に入った。
この反応。……ここか……。
部屋には五人の子どもと、担当なのであろう助祭が五人、それぞれの子どもの横に立っている。
天井が高く、部屋の一方の壁は不規則な瘤のような、「聖地の塔」と同じ材質の遺跡が覆っていた。機関の中央にそびえる塔の一部らしかった。
壁の周りにはいくつもの木箱や棚などが置かれていた。
嘔吐物と血の臭いが、かすかにする。あの子どもたちは誰も怪我などしていないようだが。痕跡はないが、古いものから新しいものまで……。
子どもたちは皆、長袖、すね丈、生成りの貫頭衣を着ている。
四人の子どもは生気のない目で助祭について、遺跡の壁に向かって立っていた。
一人の少女だけが、僕が入ってくるのに注意を向け、にらんでくる。
少女は僕より年上のようだったが、他は同じくらいの歳、一人はずっと幼かった。
全員が首にぴったり付いた黒い首飾りをしていて、魔道具の反応を僕はとらえていた。
どの子にも……なんてことを。
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