案内役なしで
翌朝、宿近くの聖教会を訪れた。
拳と剣に祈りを捧げる人の間を縫って進み、助祭に声をかけた。
「昨日使いを出したエルクと申します」
中年の助祭は、僕の変わった帽子に目を止めたが、子どもであるのを見るとあらぬ方を向いて不機嫌そうに声を出した。
「昨日の? 聖教会に行きたいって言ってたか。ボリバル司祭か。我らは忙しいんだ。子どもに付き合う暇はない。祈りを捧げたらすぐに帰りなさい」
「はぁー。……帰りなさいか……。来いと言われたのに帰れですか。わかりました。それではフラゼッタ王国王都パルムに帰り、ボリバル司祭に、帰れと、門前払いを受けたとご報告いたしましょう。……あなたのお名前は? どなたに門前払いを受けたかご報告しなくてはなりません」
「フラゼッタ王国?」
「伺ったところでは、王都パルムにいらっしゃるボリバル司祭はクレマ司祭と共に、ウノ司教からのご指示を受けていらっしゃるとか。いずれウノ司教にご報告が届くでしょう。その時に必要になりますから、お名前を教えて下さい」
「……ふん、知っている名前を出せば、こちらが驚くとでも思ったか。帰れ! 帰れ!」
「わかりました。名の無い助祭さん。帰ることにいたしましょう。ごきげんよう、さようなら」
宿に戻った僕は、ウノ司教宛に書状をしたためる。
こういう時の手はいくらでもあるよ。でも、探られた時の事を考えると、相手が納得する足跡は残さないといけない。
要領良すぎたり賢すぎたら、僕は子どもって設定も崩れちゃう。面倒だけどね。
自分の身分、ボリバル司祭からの依頼で聖都ウトリーに来たこと、案内役の助祭とはぐれた事情、面会の手順を乞おうとしたが「夜明の窓辺」近くの聖教会で門前払いされたことをつづった。
「夜明の窓辺」の支配人を部屋に呼ぶと、ラドが書状を盆に乗せて差し出した。
「ウノ司教に、ですね。かしこまりました。お預かりいたします」
返事が来るまでの間、聖都ウトリーを見て回り、監視や警備状況を確認しながら、主要な場所を散歩する。
ギジェルモ司教の情報はおおよそ合っているな。特別な監視網もない。
北側の聖教会のさらに北側、ギジェルモ司教も出入りできないボリバル司祭たちの施設。塔が林立している。聖教会騎士団が門衛か。
ギジェルモ司教が理解しているそもそもの始まり……どこからどこまでが政治宣伝、世論誘導なんだろうな。
書状を預けた翌日に、聖教会から僕を訪ねて助祭が来た。
「クレマ司祭からの指示を受けて、こちらにまいりました。大変失礼ながら、ボリバル司祭から報告のあったエルク様なのか、確認させていただきます。よろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。これが、学生証、こちらが冒険者銀証です。一番確実なのは登録用の魔道具を操作することでしょうか」
「はい、持参しています。……はい、学生証と銀証、確認いたしました。ありがとうございました。では、こちらの魔道具を使います」
今までと同じ結果になったが、助祭は何度もうなずいて納得していた。
「それでは、この結果を持ち帰ります。明日の朝、馬車でお迎えに上がる予定です。ありがとうございました。……ああ、この近くの聖教会の助祭ですが、急に移動になりまして。今朝早くに、辺境での聖教会建築作業に出立いたしました。重労働で身体を壊さねばよいのですが。では、また明日」
翌朝、迎えに来た聖教会の馬車にラドたちと共に乗り宿をでた。
馬車は丘の聖教会を迂回し、さらに北側の小型の塔が取り巻く建物に向かった。
魔力の流れは細いが、大量に建物を取り巻いている。門衛の騎士団は馬車の中まで入り、乗っている者を詳しく確認した。
建物は一本の塔を中心に建てられていて、玄関で数人の白ローブが僕たちを出迎えた。
「ようこそ、エルクさん。ご案内いたします」
「はい。お願いします」
僕は会議室のような、多くのテーブルと椅子が置かれた部屋に通された。
「こちらでお待ち下さい。まもなくクレマ司祭がみえます」
しばらくして司祭のローブをまとった黒髪黒目の中年男性が入ってきた。にこやかに微笑んでいるが、目つきは鋭い。
「ようこそ、エルクさん。クレマ司祭です」
「初めまして。フラゼッタ王国王立学院学生エルクです」
「お楽にどうぞ」
挨拶と道中のこと、ギジェルモ司教のことなどを話したあとで、本題に入るクレマ司祭。
「道中大変でしたね。さて、ボリバル司祭からはどの様に聞かれてますでしょう?」
「こちらで、私が勇者になれるのか、詳しく魔力量を測定すると聞いています」
「はい、測定の魔道具の結果は報告を受けています。早速ですが、より詳しく測定する魔道具で調べてもよろしいですか?」
「はい」
「では、側仕えの方々はこの部屋でお待ち下さい。エルクさんはこちらへどうぞ」
クレマ司祭に案内されて、建物の奥に向かった。
簡素な白い廊下を進み、金属扉の部屋に入った。
測定の魔道具と同じ素材でできた僕の背丈ほどの立方体が、部屋の中央に置かれていた。僕の背丈でも上面に手が届くように、踏み台が置かれている。
「では『箱』の上に手をおいてください。使い方は学生証登録の魔道具と同じです」
僕は箱の上部に手を置き、青い光が手を包むと名前を言った。
「エルク」
浮かび上がった光の板の表示は他の時と同じだった。
「名前はエルク、ゼロ歳、魔力ゼロ、魔力色空欄……他も皆……空欄……」
光の板を読み上げたクレマ司祭は、顎に手を当てたまま考え込んでしまった。
「この魔道具で四百までの魔力量が測れるはずです。……先代勇者がこの魔道具で測定して三百二十だったという記録が残っています。エルクさんはそれ以上、四百以上と言うことになります」
魔力量なら勇者以上が確定か。後は勇者の戦い方。魔王と対峙した時、どう戦うか、どう行動するか。……教えてもらえるのかな?
「僕は……、僕は勇者以上? ……そうなの?」
「ええ、勇者以上の魔力量です。四百を超える魔力量……魔力量だけなら勇者と呼べるでしょう」
「僕が勇者……僕が勇者っ! 僕は勇者だったんだっ!」
僕は天井を見上げ、両腕を振り上げて叫ぶ。
「よおし! 魔王だ! クレマ司祭! 魔王はどこ! どこにいるの? すぐに倒しに行こう! 僕が魔王を倒す! まかせといて!」
「あ、いや、魔王はまだ」
「そうか! 魔王国だ! 魔王国! ノルフェ王国の北だ! よおし、学院のみんながお供だ! 学院に寄って、みんなを連れて魔王討伐! 僕が討伐する!」
「エ、エルクさん、魔王は」
「ああっー!」
両腕を上げたまま、大きく口を開けて、僕はクレマ司祭を凝視する。
「エルクさん?」
「聖剣! 勇者は聖剣を持たなきゃ! クレマ司祭! 聖剣どこ! どこにある? よおし聖剣で魔王を倒すぞー! おー!」
「……お、落ちついてください。エルクさん」
「うんうん! 落ちついてるよ! 落ちついているよ! で、聖剣は? 魔王は? どこー!」
クレマ司祭になだめられながら、隣の小部屋に入った。白ローブが水を供してくれた。
わざとらしかった? いや、僕は十歳、僕は十歳。興奮すると礼儀も何も飛んでいってしまう十歳だ。
あの踏み台……ずっとあそこに置かれている雰囲気だった。子どもの魔力量を測り慣れてる?
「ごめんなさい、クレマ司祭。僕、嬉しくって。興奮し過ぎたね」
「いや、いいんだよ、エルクくん。自分が勇者になると思えば、君くらいの歳の子なら当たり前だよ」
「いえ、気をつけます、クレマ司祭。……この後は聖剣を持って魔王討伐に行くんですね」
僕は目を輝かせてクレマ司祭を見上げた。
「いいや、魔王はまだ復活してないんだよ」
「え? 魔王が復活していない? いつ、いつ復活するんですか? いつ討伐に行くの?」
「それはわからないんだよ。いつ魔王が復活するのかは、誰にもわからないんだ」
「でも、でも、それじゃあ……今日復活したらどうなるの? 魔王が誰か殺しちゃわないの?」
「ああ、それは大丈夫だよ。聖教会が見張ってるからね。さて、これからのことをお話しようか」
「はい。聖教会が見張っているなら安心だね」
「ああ、そうだね。エルクくんは魔力量は十分だよ。学院の学生だから魔法も使える。でもね、魔王をやっつけるにはまだまだなんだ。勉強しなくてはいけないことがあるんだ」
「教えてください! 僕、勉強します!」
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