必要な準備を
朝食はこの屋敷でもポリッジ。塩味ばかりじゃ飽きるね。木の実や干した果実で甘めにしたり、工夫してもらおう。アザレアたちの希望も聞いてみよ。
ラドたちにも参加してもらって、みんなで武術、魔法の訓練を行う。
ラドとその部下たちは仕事の性質上、詳細の開示はムリだよね。「大鹿の角」メンバーの技量について評価をしてもらおう。僕も含めてね。
アザレア。
体重がないかのような足取り。狩人特有だと評された。弓の精度はラドたちも舌を巻いていた。初めて見せてもらったときから、色々と面白い使い方ができそうな気がしてたけどね。目的に合わせて弓を使い分けたら、アザレアの良さがなくなってしまうかなぁ。
オディー。
弓はブリアレンとアザレアより精密じゃあないけど、十分。長剣も短剣も及第点をもらったね。それより槍が俊逸。連撃は相手を寄せ付けないねぇ。ちょっとバタバタした足捌きになるとこが気になるかな。
ラウノ。
武器は何でもこなせるようだね。魔法は素晴らしい。冒険者ギルドで見学した限りでだけど、詠唱が誰よりも速いんだ。オルガよりもね。ラドたちも同じ評価だね。うん、威力も良いんじゃない? あとは魔力量かな?
で、僕。
剣は「努力が必要です」がみんなの意見。
フェイントに弱いってさ。ほら、僕ってば素直だから。もっと訓練と経験が必要。まあ、十歳だから体も出来上がってないしと言われてしまった。中身はずっと大人で身体能力高いんだけど、素人だからだね。他の武器も要訓練だったよ。魔法は問題あり。無詠唱だから、評価不能だって。ハァー。
みんな、武器は武器、魔法は魔法として使っている。
「ラド。武器と魔法を組み合わせて使うってないの?」
「組み合わせですか?」
「うん。例えばさ、炎や
「炎? ……で、電撃ですか? 電撃とは初めて聞く言葉です」
「あ、えーと、カミナリを相手に放つ武器とか? あれ? 冒険者ギルドでも
「カミナリですか? 聞いたことがありません」
「へー、そうなんだ。存在しないのかな? じゃ、剣に炎をまとわせて相手を焼くとかは?」
「ごくわずかですが、使う魔術師がいるとか。オルガ様がそうだと聞いていますが、どのようなものなのかは存じません」
「オルガかぁ。聞いてみるかな。きっつい対価を要求されそう。じゃあさ、珍しいなら、組み合わせも考える? 対人戦に使えそうだしね」
「対人ですか? 魔物にはどうでしょう?」
ラウノが不思議そうに聞いてくる。
「どうだろうね。殺傷能力は向上するだろうけど。対人で、驚いて、怯えてくれればいいなって思ったんだ」
「怯える、ですか?」
「うん。能力をうまく使わせないのも、戦法だからね」
ラウノがじっと考え込む。
「さて、じゃあこのあとも、みんなは訓練を続けてね。ラド、監督を任せるね。僕は錬成魔法の練習してくるから」
「はい」
中庭に面した納屋の一棟を、僕の錬成魔法実験室として空けてもらう。
ここで、武装や衣装などを錬成し、パーティーの装備をそろえよう。領主に呼ばれたときに着て行く服もね。
錬成について考える。
武器。
昼用は現在使っているものでいく。
使い慣れたものがいいだろう。いずれは硬度や強度、切れ味なんかを向上させたい。
夜間用。矢じりや剣の刃をつや消しの黒にしたものを用意する。槍は夜間には使用しないよ。じゃまになるからね。
「うん、夜間戦闘じゃなくて、隠密の偵察行動向けだからな。戦闘になった時点で負けってことだね」
病の定番「魔剣」。その言葉にニヤつきながら、試作してみた。
行き詰まった思考をほぐすためだよ。言い訳じゃないから。
結果は、魔法の付与はまったく上手くいかなかった。魔力を流すとボウッと光るくらいだ。電撃、雷撃、火、氷の追加攻撃を加えたいんだけどねぇ。
で、必要な防具はなんだろう?
鉄壁の防御。なんて最初からムリ。世の中完全無欠はありえないからね。でも前世の記憶も利用して近いところまで目指そう。一回では駄目でもね。
「大鹿の角」が初めて討伐にでかける防具。
昼用装備だね。これは「蛇の牙」で購入した胸当てを加工し、硬度を上げてみよう。追加するのは肘と膝の防具だな。
昼用装備の上から羽織る濃茶色のフード付きマント。銀糸で縁取りをする。機能はなんとか防水にはできた。防刃は繊維を加工したけど、突き刺しには弱いかな。人数分用意する。
次は、対カルミア夜間装備。
目立たず侵入し、情報収集するための物。黒はどの程度目立たないだろう? 黒に近い濃紺か濃灰色かな。顔の肌色が出ないようにマスクとゴーグル? 全身の反射を押さえて闇に潜むって感じだね。
やりたいことは多い。厳密にいくなら、作るための道具。で、その道具を作る道具から。あとで「蛇の牙」の道具を見せてもらって参考にしよう。
今できることは、錬成魔法で革を固くするくらいかな。重さは極力変えないようにっと。
繊維や革、金属。強度、機能、色の試作をして、技術を高めるしかないね。織りはいじれるけど、機能の追加は難しい。
結局は、普段狩りをする衣装を少し硬化して、そのままの色が昼用。濃紺と濃灰色の組み合わせに色を変えたものを夜間用とする。
で、僕の衣装をいくつか考える。
戦闘服は、アザレアたちと同じ冒険者の服。色は灰色と黒を組み合わせた配色。光学迷彩機能はまだ無理だから魔法だね。肩、肘、膝、脛、手袋、ブーツ。各防具を装備しよう。
「次は領主館にいく服。身分に合わせてだっけ。僕の身分? ひょっとして、あれ? 僕ってば魔王国王国軍大元帥とか? 正装は軍服? うーん、どうしようかなぁ」
高級店で買ったごてごてとした装飾過多はどうしても好きになれない。餌としては目立つことが重要だから、見慣れない服で注目を集めてもいいのかな?
軍服にしよう。
上着は、詰め襟で金ボタン。色は赤。光沢はなく角度によっては気がつく、細かな織模様がある。肩章に金モール。襟と袖の縁にも細く金のライン。
胸と背中の半ばを覆う黒色のケープ、翻る時に紅い裏地が見える。
ヘラ鹿の角を意匠にした記章を襟と袖に。
ズボンも赤。肌に張り付くようなスラックス。膝までの白いブーツ。
上着の上から黒いベルトをして、右脇にアイテムパックに偽装した物入れと細い短剣。左に凝った作りのガードがついた短めのバックソードを帯剣する。
帽子は黒のベレー帽を右に垂らす。目元を隠すマスクは……やめておこう、僕には火傷の痕も眼の障害もないし。
昼の鐘がなったので、作業をやめる。出来上がったものを並べていた台を、みんなが興味深そうに見ていた。
「うーん、ちょっと興に乗って作りすぎたけど、魔力切れはないね。こっちが夜間用の短剣。反射しないようにつや消しにしたから。午後から使ってみてね。もちろんラドとヴィエラの分もあるからね」
「……」
「それと、こっちは『魔剣』の試作品」
「魔剣?」
「うん、魔法の効果、威力がある剣。なかなか上手くいかないんだけどね」
ラドと部下たち、アザレアたちも、みんな顔を見合わせて、首をひねっている。この世界にはない?
「魔力を流せるようにはなったけどね」
試作剣に魔力を流し、刀身が白く光るのをみてもらう。
「こ、これは! もしや! いや、エルク様がお作りになった? ……エルク様、稼がないと、とおっしゃっていましたが、これは高額で販売できると思います。このせ、いえ、この剣、魔剣ですか、欲しいという収集家がいるでしょう」
「そ、そうなの? 光るだけだよ? 売るかなー。うーん、技術の隠匿が未熟だからなぁ。もっと試してからかな。あ、こっちの剣なら特殊な機能はないから大丈夫か。売り物にならないかな?」
ラドに見せた剣は、もとは「蛇の牙」の剣。それに炎の絵柄が金工象嵌されたもの。金銀を使って錬成してみたんだ。
「これは。素晴らしいです! 一流の象嵌師でもここまで美しい炎は描けません。これ一振でいかほどの値がつくことか! 王族や貴族が欲しがるでしょう!」
「……量産してみようかな?」
領主館用の服に着替えて、みんなに見てもらう。
「この服、どう思う?」
「……見たことのない、変わった衣装ですね。異国風と申しましょうか」
ラドの言葉に、アザレアたち三人は顔を見合わせてうなずいた。
「凛とした感じがして、とても良くお似合いです」
「ベルグン伯に呼ばれたらこれで行こうと思ってるんだ。夜会は、それどころじゃなくなるはずだけどね」
「注目を集めるのは間違いないですね。……布地の量が少ないですが、見たこともない凝った織です。一体どちらの衣装なのでしょう?」
「師匠の本で見た、ある国の衣装なんだ」
アザレアたちに微笑んでみせる。
「この記章はパーティーの印にもするのでみんなの分も作ったよ。いずれは魔力を流すと場所を知らせたり、防壁を作ったりと、魔道具に出来ればと思ってるんだ。実験に付き合ってね」
今夜の夕食は子羊の丸焼き。昼から良い香りが屋敷中に漂ってたんだ。訓練後の腹ペコたちに食べ尽くされたけどね。オディーやラウノはともかく、細身のアザレアはどこに入るんだろってくらい食べてた。
美味しい夕食後に、全員に衣装を試着してもらい微調整をする。誰もお腹がぽっこり膨れていないのは、謎だ。
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