家を見学


 翌朝、ポリッジの朝食を済ませて、借りる家を見にいく。


 ラドが用意した四頭立ての馬車は、昨日のものより大型で六人が十分に乗れた。香油を使っているのか、ほのかに良い香りがする。

 うん、乗り物酔いって匂いからもくるからね。


 領主館に向かう通りを行き、領主の家臣である下級騎士、郷士たちの屋敷街をすぎて、裕福な商人や男爵が住む辺りに、目的の家があった。

 土塁と石、漆喰で作られた塀が続き、大きな木製の門で止まる。

 ラドが門衛に合図して門を開けさせ、馬車のまま中に入った。

 家は石と漆喰の造りで、二階建ての建物だった。

 二階建てってラドは言ったけど、ドーンとでかい家。部屋数いくつよ! 別棟もあるし! 屋根裏部屋も? これって三階建てじゃないの?

 外装に傷んだ様子がなく、空き家とは思えないんだよね。広い馬車回しがある立派な玄関。うん、お屋敷だ。前世は庶民。こんな立派なとこ、住んだことないや。


 ラドの案内で屋敷の中を見て回り、広い中庭と使用人用の別棟、馬小屋も確認した。中庭は建物が目隠しになって、近隣の建物からは見えない。訓練するのにうってつけかぁ。


「ラド。ここは人が住んでいるの?」

「いえ、いまは管理する使用人たちがいるだけです。昨日からいつでも使えるように準備させていました。裕福な商人のもので、自身はノルフェ王国王都に住んでおります。以前から必要ならば住んでいいと許しを頂いておりました」

「ラドが選んだってことは、使用人の方たちの信用度は高いってことかな?」

「……はい。全員が……魔族です」


 アザレアたちの目が細められた。


「信頼できる者たちです。魔族であることは、ご内密にお願いします」

「ラド、ここはいつから移ってこられる?」

「今日、今からでも大丈夫でございます」

「……そう。じゃあ使わせてもらおう。費用とかは言ってね。会議の部屋を用意してもらえるかな。まずはアザレアたち三人と話したいんだ。すまないが、ラドとヴィエラは遠慮してくれるかな」

「はい、了解いたしました。ご用意いたします」


 応接間にアザレア、オディー、ラウノに座ってもらい、ラドとヴィエラは飲み物を給仕した後で退室する。


 ……ラドの魔道具の仕組みはわからないが、フーゴのときは上手くいったね。もっと練習してみよ。今度は部屋全体に……。


 部屋の壁、床、天井に魔力の薄い膜を張る。空気や物質を通じて、振動が伝わらないようにイメージしてみる。息ができなくならないよう、無音の時は空気を循環させないとね。


 ……でも。ラドなら、きっと絶対、盗聴してるよねぇ。うーん。どう反応するかな。


「魔王国からの急ぎ旅、ご苦労さま。昨夜はよく休めた?」

「はい」


 三人が柔らかな表情で答えてくれる、と思ったんだけどなぁ。緊張してるねぇ。


「これから、三人には協力してもらわなきゃならない。でもね、アザレアとは数時間、二人とは昨日会ったばかりだ。最初にしなければならないのは、君たちが疑問に思っていること。僕が本当に魔王か? ルキフェの後継者なのか? という問いに答えること」


 アザレアがうなずく。二人は僕を見つめ、次の言葉を待っている。


「ルキフェから命令を伝えることは出来るが、姿を呼びだすのは問題になる。それは人間の街の中では目立つから。とても難しい。魔王復活と判断されて、魔王国に討伐軍が向かう恐れがあるんだ」


 三人が顔を見合わせる。


「アザレア、君は前に僕とあった時、どう思った? 正直なところを聞かせてくれないか?」

「ガラン殿がエルク様に接する態度、魔王城宝物庫、魔法の数々。ルキフェ様のお話、エルク様が住んでおられた世界のお話。……魔王様と信じないわけにはいきませんでした」


 僕はゆっくりうなずいて、先を続けてもらう。


「オディーとラウノには、あの時何が起きたのか話してあります。ガラン殿からも、クラレンスからも、ブリアレンからも。エルク様がルキフェ様の後継者、新しい魔王だと」

「うん。でもすぐには信じられないよね? 僕もルキフェと初めてあった時は、彼が言うことを信じられなかった。でも、それが当たり前さ。初めてあった人から聞いたことを、そのまま信じるほうがおかしい。騙されないよう用心しなくてはね」


 三人は不思議そうな顔をした。


「僕といて、魔王なのかを自分の目で見て判断してほしい。もし信用に値しないと思ったら、怒らないからはっきり言ってほしい。僕が魔王国の人たちのために働いてないと判断したらね。僕が間違っていると思ったら『間違っている』と言ってほしい。帰るのは自由だよ。止めはしない」

「エルク様、私たちは覚悟を決めて来ました。ご心配には及びません」

「ああ、わかってるよ。でも信じて行うのと、疑問に思いながら行うのでは結果が違ってくるんだ。そこは今後の僕をみて信じてもらうしかない。ルキフェの姿を見せられるが、危険なんだ。そう、見たら狂うかもしれないし」


 エルクはアザレアたちと別れてからのことをかいつまんで話した。エルクの貴族疑惑という設定や目的なども説明する。


「ラドミールたちの正体は不明だが、その知識は、僕が作りたいと思っている魔王国中央情報局に必要な知識だ。どんなことを学べばよいかはその都度教えるが、彼らを手本としてほしい。彼らの言動を注意深く観察するように」

「了解いたしました」

「ところで、アザレアたちはどうやって国境を抜けて街に入ったの? 身分をどう証明したかだけど」

「魔王国から魔力鉱を運ぶ商人の護衛としてきました。商人の身分証明で通りました」

「うん。今後、他の国にも行く予定だけど、いつも商人と一緒とはいかない。冒険者の登録をしてもらうよ。首かせになる危険もあるが、旅をするにはよいと思う。今日これから登録しよう」


 簡単に冒険者について説明し、ラドたちを呼び入れた。

 僕が、ルキフェを継ぐ魔王だとわかったはずだけど。態度にはなにも現れてないね。


「ラド、待たせたね。これから冒険者ギルドに三人を登録しに行くよ。魔物討伐で訓練をしようと思ってるんだけど、ラドとヴィエラも登録する?」

「……私とヴィエラは……別の人間として銅証を持っております。魔力情報の開示は、都合がよくありません」

「個人が特定できちゃうんだったね。僕がパーティーを作るから、ふたりにも参加してもらおうと思ったけど」

「執事と小間使いでお側にいます」

「わかった。それと『宵の窓辺』は、今日引き払っても大丈夫かな?」

「準備は出来ていますので、今夜から滞在できます。宿にはエルク様が行かれますか?」

「うん、一度顔を見せとくよ。じゃ出発だ。今後のことは夕食を取りながら話そう。あ、夕食、ここでとれるよね?」

「はい。ご心配には及びません。ご用意いたしています」



 冒険者ギルドで三人の登録をお願いした。


「ブリッタさん、みんな問題なく登録できた?」

「はい。みなさん、初心者の子どもたちとは違い、武装に対する知識も魔力値も高く、木証ではなく銅証でもおかしくはありません。魔石収集の条件さえ満たせば、すぐにでも昇格試験の資格がとれます」

「そう、よかった。ブリッタさんありがとね。で、みんなでパーティーを組もうと思ってるんだ。審査が必要なんだよね?」


 ブリッタからパーティーについて説明を受ける。


「エルクさんがパーティーをお作りになるのは問題ありません。階級の違う木証を加入させるには本当は簡単な審査があります。リーダーの信用調査ですので、エルクさんは問題ないでしょう。この用紙にパーティー名、リーダー名、メンバー名と階級を記入してください」

「はーい。あ、そうそう、今日から宿替えをするんだ。えーと場所は……ラド、あの屋敷はなんと説明すればいい?」

「はい。ボルイェ商会の会頭邸です」

「だそうです。パーティーみんなもそこに住むよ」

「……はい、わかりました。ではエルクさんのパーティー『大鹿の角』のホームですね。この前倒した狂鹿をパーティー名にするのですね」

「ああ、そうじゃないんだ。鹿の種類がちがうんだ。狂鹿の尖った角とは違って、ヘラのような角を持つ、北に住む大型の鹿なんだ」



 登録を済ませ、宿を移ることを告げに「宵の窓辺」に行く。


「エルク様、昼に魔術師ギルドから使いの方が見えて、この手紙を置いていかれました」

「そう、ありがとう。どれどれ。……うーん、この人たちどうかしてるよねぇ。また、昼に届けて、昼に来いってか。自分で来いよ!」


 ……時間を守らなかったと、責めるんだろうな。こちらが行く義理はないってことを勘違いしてるのか。何を考えてるんだかね。お粗末。罠にしてはヘタクソすぎる。いや、 僕が理解できないだけで、深い意味がある?


「支配人さん、使いの人が来た時間は、今日の昼なんだね?」

「はい、昼の鐘の後でございました」

「わかりました。支配人さん、ボルイェ商会の会頭邸って所を借りることになったので、今夜からそっちに移ります。ここは、素晴らしい本当にいい宿でした。料理、とっても美味しかった」

「ありがとうございます。大変残念です。ですが、頂いた宿代はお返しできないのですが」

「うん、仕方ないよね。それと、もしまた魔術師ギルドから人が来ても、引き払ったと言って手紙は受け取らないでください。移った場所はわからないと」

「了解いたしました」


 リリーとハイディに、事情を話し、馬や荷物は後で取りにこさせると別れを告げる。

 リリーの猫耳がへニャンとたれ、ハイディは悲しそうな顔をしてけど。


「ラド、いくつか買い物をしたい。大量の布、革、金属、木材、石材。それと『羽』って靴屋にブーツを取りに行きたい」

「かしこまりました。革と金属は『蛇の牙』がよろしいでしょう」

「それと魔術師ギルドについての情報も欲しいかな。高圧的なのは単なる無能なのか、なにか意図があるのか気になるね」

「それでしたら、調べてございます。使いを寄越した者は小物ですが、指示を出しているのは、私たちの目標と同じところです。昨日の冒険者ギルドでの件も同じところにつながっていました」

「……ねえ、ラド。ラドこそ何者なの? って聞きたいよ。そつがなくて万能、便利過ぎるよ。やっぱり僕に雇われない? あ、金貨と宝石のお金じゃ足りないね。稼がないとなぁ」

 

 ブーツを受け取り、ついでに武器工房「蛇の牙」で各自に合わせて武装をそろえて、屋敷に戻った。どこでも店中が驚いて噂になるように、これみよがしに大量の商品をアイテムパックに収める。


 夕食は屋敷の食堂で。

 専属の料理人がいて、子豚のグリルは美味しかった。塩味でシンプル、でも皮がパリパリ。脂の旨味濃厚だけど、全くくどくないんだ。切り分けてそのまま頂いたけど、フォカッチャに挟むのもいいよね。

 ボルイェ会頭のワインも出してくれる。南の国から輸入され、ノルフェ王国では高額な飲み物になるそう。赤でとっても料理にあったけど、僕はどんな料理にも白を飲むのが好みかな。

 あ、中華風に甘めの蒸しパンに野菜と一緒に挟んでも美味しいはず。うーん調味料か。どこかにじゃんはないかな。


 食事を済ませた後で、応接室で夜遅くまで会議をする。

 これまでの事件や相関図、行動計画を三人に説明してもらった。説明役はヴィエラにお願いする。

 始まる前に、この会議自体が教育の一環であり、説明や質疑応答の仕方も覚えてほしいと三人に伝えて、練習してもらった。みんなに注目されて話すのは慣れないとストレスかな。よく練習してほしいね。

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