怒らせたいの?


 訓練場に出ると土塁の前の丸太の的に案内された。


「あの丸太に、防壁の魔法を使ってもらいます。こちらの魔術師が魔法攻撃、あちらの武術師が槍で攻撃します。どれくらい持ちこたえられるか、を見ます。訓練された学生は、三分ほどは持ちこたえます。よろしいですか?」

「はい。では、防壁を作ります」


 僕は短杖で丸太を指し示した。


「防壁を張りました。攻撃してもいいですよ」



 職員の合図で、魔術師が火の玉を放った。火の玉が丸太に当たり、丸太が爆発した様に見えた。


「一撃も持たないですか……いや、的は無事?」

「ああ……傷もついていない? 確かに丸太に当ったはずだが……」



 教授たちから疑問の声が出て、魔術師がもう一度攻撃するよう指示された。

 火の玉はまた丸太に当たり爆発したが、傷はついていなかった。


「なぜ? 当っているのに……お前! 何をしたの! 防壁ではなくて別の事をしたわね!」


 僕を指差し糾弾する女性教授に向かって、肩をすくめてみせる。


「なにって? 防壁を張れって言われたから防壁を張りましたけど? ちゃんと火の玉も防いでるでしょ?」

「防壁? うそだわ! 爆発が広がらず、丸太を包んだわ! 防壁の盾がどこにもないわ! なにをしたの!」


 僕は問うように職員をみる。


「どうやら、僕の防壁が理解できないようですねぇ。……ではちょっと防壁に色をつけてみますね」


 そう言って丸太を短杖で指し示すと、丸太が青く光りだした。


「解説します。丸太からほんの少し離して、円筒形に防壁を構築しています。まあ、丸太なので呼吸する隙間はほぼ無くてもいいでしょうから、離したのはこれだけ」


 僕は右手の親指と人差指で隙間の幅を示した。


「丸太が青く光る……色を付けるだって?……円筒形? いや、ちょっと待て」


 教授たちが丸太に寄っていって、指で突っつき出した。

 あ、防壁に反撃を仕掛けとけば、面白いかな。攻性防壁、できそうだな。


「確かに防壁はあるが……青い光? 色? いや! それじゃない! 丸太を包んでいるぞ! 盾じゃない! 円筒形! 一方だけじゃなく丸太を包んでいる!」

「そんな……そんなこと……防壁で包むなんて……」



 僕は職員に尋ねてみた。


「防壁って、包まないの?」

「ええ、武器の盾と同じものを正面に張る魔法が……防壁魔法です……包むとなると魔力量が足らなく……ならないのか……包んでいますね……」

「うん。だって火の玉みたいな爆発って、後ろにも熱が回ったりするし。魔物の群れに囲まれたら、正面以外からも一斉に襲いかかってくるでしょ?」

「……包む防壁……。これは防壁でよろしいでしょうか?」

「……ああ、認める……」



「では、槍での攻撃をします。……先程から維持されていますが、魔力は持ちますか?」

「はい、問題ないです。槍での攻撃をどうぞ」



 武術師が槍を構えて一気に突いた。金属音を響かせて槍は丸太の手前で止められた。さらに、連続して突くが丸太には届かない。

 槍を引き丸太の側面を叩き、石突で打ちかかる。突く、叩く、打つ攻撃を繰り返すが丸太には届かず、防壁も破れなかった。



 武術師の息が上がった所で、構えを解いた。


「これほど堅牢な防壁は初めてだ。打ち破れる気がしない。刃こぼれが……」



「それまで。では、防壁の試技はここまででよろしいでしょうか?」

「ちょっと待ってくれ。さっきは、魔法が一撃ずつだった。連続して攻撃をさせたいが、いいかね?」

「エルクさん、どうでしょう? 魔力は持ちますか?」

「ええ問題ないです。どうぞ」

「では、お願いします」


 魔術師が短杖を改めて構え、火の玉を連続して撃った。丸太の上部から地面まで当って爆発を繰り返す。オルガと同じくらいの弾速と威力だったが、丸太には届かない。


 詠唱を変え、丸太の立つ地面から大きな火柱が立ち、丸太を包んだ。

 爆炎が消えると、防壁に囲われた外側の地面が黒く焼けていた。が、丸太と直下の地面にはなんの損傷もなかった。


「……火魔法では破れそうにないな。こんな防壁は見たことがない……」


 職員が教授たちを向いた。


「防壁の試技はここまででよろしいでしょうか?」


 教授たちは声もなくうなずくだけだった。


「では、エルクさん、戻りましょう」



 僕は職員に聞いてみた。


「次は、治癒魔法ですか?」

「いいえ、試技の項目には入っていません。治癒魔法は素人にできるものではありません。治癒師が立ち会う基本の授業が済んでいない学生には発動できません。治癒魔法は使用後の容態を観察しなければ、失敗した時に命に関わります。もっとも授業には動物を使いますが」


 治癒魔法後の容態か。アグナーの銅証は術後を治癒師が見てくれたけど、ジャンは大丈夫かな。ベルグンを出る時は元気な顔を見せてくれたし……。後で確認しておかないとな。




 魔石の試技をした部屋に戻ると、職員と教授たちが一度、部屋を出ていったが、すぐに戻ってきた。職員の手にはお馴染みの魔道具があった。


「エルクさん、試技は合格です。専門校は正式にエルクさんの入学を認めます。学生証を作ります。ここに手のひらを置いて、光ったら名前をおっしゃってください」


 平たい魔道具に手を置くと、教授たちが覗き込んできた。光ったのを見て名を言う。


「……ゼロ……歳……魔力……ゼロ……魔力色……空欄……?」

「なんだと! 壊れてるんじゃないのか! まったく! 管理も満足にできんのか!」

「別のものを持ってきなさい! 早く!」


 慌てて出ていこうとする職員を、僕が止める。


「待ってください。この魔道具は壊れていないですよ。どなたか試してみてください」

「なに、お前ごときに何がわかる!」

「この魔道具が、僕を正しく測定できたことがないのでねぇ。試して、試して。それで壊れていたら別の魔道具を持ってくればいいでしょ」


 教授の一人が試してみる。操作して、名を告げると名前、年齢、魔力量などの情報が出た。魔力量は九十だった。


「……ふむ、正常だな……お前、もう一度やってみろ!」


 再度、僕が試すと先ほどと同じ様にゼロが並んだ。


「学院でも、冒険者ギルドでも手動で作ってもらいましたよ。はい、学院の学生証と銀証」

「銀証! ……十歳で銀証?」




 手動で専門校の学生証を作って渡してくれたが、教授たちは納得していなかった。


「魔力量がわからん! これでわかるかと思ったが、お前、魔力量は幾つなんだ!」


 教授の一人が僕に向かって叫び、教授全員が詰め寄ってくる。

 僕は自分の学生証を手に、深くため息をついて、わざとらしく肩を落としてみせたんだ。


「答えろ! お前の魔力量は幾つなんだ! 魔石が溶けた理由がわからん! 言え!」


 僕は目を上げて職員を見て、今度は大仰に肩をすくめる。


「いやだね」

「え?」

「あんたたちに魔力量を教える義理はない。いやだね」

「なんだと、この小僧! 教えるんだ!」

「ど素人のあんたたちに教えてやる。魔力量は戦闘では重要なものだ。たやすく他人に教えるものではない」


 教授たちも職員も、僕の噛んで含めるような低い声に動きが止まる。


「それに、試技が始まってからの物言い。初対面の人間に『お前』、『小僧』。無礼だ。礼儀を知らないにも程がある。いい大人だろうに」


 僕は一人ずつその目を見た。その眼光に教授たちは、体を震わせて身を引いた。


「魔力量を他人に知られるのは、戦闘では命取りになる。おいそれと教えられない。おまえたちは、己の知らぬことが重なり、興奮している。だが、言い訳にはならない。無礼は許さない。学生でも個人には礼儀を尽くせ」


 僕の声自体は幼いが、その身から発せられる迫力に気圧されたようで、教授たちは全員が膝をつく。


「人を教える身でありながら、あまり感心できん心根のようだ。学問を突き詰めるのもいいが、人の感情にも心を止めよ」

「はい」


 思わず、教授たちは頭を下げていた。

 あれれ、ルキフェの声は込めてないはずだけど……同化しつつある、のかな?




 腰が低くなった教授たちが出ていくと、職員が説明してくれた。


「エルク様、本来は一週間ほど講座の見学があるのですが、学院にもお通いになりますので、特に期限は決めずにいつでも見学していただいて結構です」

「それは助かります。ありがとうございます。ところで、講義の資料などを閲覧できる図書館があるのでしょうか?」

「はい、ございます。東端の建物がそうです。後ほど、ご案内いたします。本校は全寮制になっておりますが、エルク様は学院の寮にお入りでしょうか?」

「ええ、まあ、屋敷からも通いますがね。こちらの寮にも部屋を用意してもらおうかな。時々は滞在するかもしれません。詳細はうちの者とお願いしますね」

「かしこまりました」




 専門校でも図書館証を作ってもらったが、やはり学年により閲覧できる本が決められていた。

 学院図書館と同じ様に目録の走査を始めた。

 ここでも、利用する学生が小声で僕の事を噂していたが、声をかけてくる者はいなかった。


 閉館時間まで走査し、屋敷に戻った。


 夜は、夏用の装備と衣装の種類を増やした。リブシェ商会から亜麻布を仕入れ、それを基に強化された夏服をいくつか試作し、色や形も変えてみた。

 植物と動物の絵が描かれたものや、異国風の模様、目立つ色のもの、二の腕までの袖や膝までの裾丈のズボン。

 興に乗って素足用の履物も作ってしまった。足を載せる木板の台、その下に同じ木の歯が二枚ついた履物。そうあれね、夏には最適。

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