講義見学と蔵書検索


 次の日から学院に通い出した。

 まずは講義を見学した。

 職員の案内と解説で、一年から八年までを見て回った。一般教養のようなものはなく、低学年は魔法詠唱と魔法訓練、武術訓練が主な講義だった。



 魔法の講義は暗記と詠唱練習。

 初めて講義を受ける者は、別室で鎖に繋がれた教本を写本して暗記する。教本は太古語の発音を、現代語で表し併記した物を使う。講義で練習し、訓練で発動させる。


 武術は各種武器の訓練を行う。

 低学年には武術だけを学ぶものはおらず、全員が武術訓練をする。高学年になると魔法か武術を選択して、更に数年訓練する。


 模擬試合も頻繁に行われる。

 仮のパーティーを組み、高学年になるほどパーティー戦が増えていく。模擬試合には専門校の学生も参加し、魔道具、防壁魔法、治癒魔法の実践的な訓練を行う。



 魔王との戦いの実践訓練って訳か。軍事訓練中心だね。ん? 一緒に訓練すれば勇者パーティーの弱点が分かるかもねぇ。




 講義は、レーデルが出席しているものもあった。

 僕はレーデルを見つけると微笑んで会釈する程度だったが、レーデルは満面の笑みで、大きく手を振ってくる。周囲の学生が驚いていた。

 天真爛漫、かな。



 見学の休憩時間に、図書館の目録走査を行った。始めてから四日目にはほぼ走査を終えた。



 学院と専門校の図書館は独特の魔力の流れが包み込んでいた。夜間王城を囲むものとは違っていた。

 学院の司書に尋ねてみた。


「これ、もう読み終わったので、次の目録をお願いします」

「はい。次で最後になります」

「本当にこれだけの蔵書はすごいですねぇ。さすがは世界一ですね。この量の蔵書を保存している仕事には頭が下がります。目録を見れば細心の注意が払われていることがわかります」

「ありがとうございます。そうおっしゃってくださるのはエルクさんだけです。本は読めて当然、その裏にどんな作業があるか、理解してくださる学生の方はいません」

「温度と湿気に常に気を使わなくちゃいけないから、大変なご苦労だと思います」

「ええ、本当に。管理する魔道具が魔力切れでも起こしたらと思うと……朝昼夕きちんと確認しているんですよ」

「へぇー魔道具ですか。僕も図書室を作るようになったら、そんな魔道具が欲しいですね。でも書架だけに魔道具を発動させたのでは効率が悪いか。部屋とか屋敷を包むようにしないとだめか」

「ええ、この図書館全体を管理の魔道具が包んでいるのですよ。温度、湿度を監視するものとそれを調整する魔道具と」

「その管理だけでも大変ですね」

「ええ、ええ、そうなんです。その上、本の持ち出しを禁じたり、盗難や侵入防止の魔道具まで。おまけに禁書庫はそれとはまた違う魔道具があって、神経を使うんです」

「禁書ですか、そちらは目録にありませんでしたね。まあ、禁書ですからね。でも、本当にありがとうございます。あなたのような司書の方がいなければ、世界の財産は守られません。ありがとうございます」


 赤くなった司書から、最後の目録を受け取って席に戻った。



 管理と監視の魔道具が、この魔力ってことか。禁書庫にも。魔力の特色を合わせれば、探知されずに侵入したりできるかな。魔道具を手に入れて構造解析と魔力について検証するか。




 最後の目録を返却して、食堂に行って薬草茶をもらう。お菓子は注文していない。

 パックから筆記用具と羊皮紙を取り出して、読む本の一覧を書き出した。「学生」で読める教本全てだ。


学院の目録を検索しても、「狂乱」は表題や概要にはなかった。

 精神魔法も見当たらないな。

 禁書庫か? 味方の士気高揚や敵方の集中力低下、状態異常は定番じゃないのか?

 魔法の種類を解説する本や講義に必要な本は読むとして……勇者に関する本もあるな。歴代勇者一覧、パーティーもか。魔石の情報も……。



 司書に渡す一覧を書いている所に声がかかった。


「エルク、こんにちは」


 レーデルが、後ろに僕を興味深そうに見つめる学生たちを引き連れて立っていた。


「ん、やあ、レーデル。こんにちは」


 僕は微笑んで立ち上がった。


「エルク、お友達を紹介するわ」


 レーデルが学友を紹介してくれた。皆、貴族家の子女だった。五の鐘が鳴ったから今日は講義が終了している。僕の許可を求めて、全員が席に着いた。


「エルクさんは今、講義を見学中なんですよね?」


 アニエスと紹介された黒髪の少女が聞いてきた。


「ええ、見学中です。僕のことはエルクと呼び捨てで。どの講義が面白いでしょうね?」

「あら、どれも詠唱の暗記で似たようなものよ」


 僕の事を何度か聞かれたが、その度に教授評や暗記の大変さ、寮の食事などに話をそらした。かしましいおしゃべりになり、僕は笑顔で聞いていた。



「エルクは寮には入らないの?」


 レーデルが質問してきた。


「専門校の見学が終わったら、こちらの寮に入るつもりだよ。数日中かな」

「ドナシアン、男子寮の良い噂を聞かないけど、どう?」

「酷いよ。緑から黄色になれたから、僕は少しは無視されるようになってきたけど。エルク、男子寮には序列があるんだ。緑の一年生は上級生に用を言い付けられる。まるで奴隷さ」

「学生は、貴族の子女が多いのに? ……それって寮の規則なの?」

「うん、あ、いや……寮の規則ではないけど、そういう習慣だって上級生から強制される……昔は違ったらしいけど」

「ふーん」


 ま、学校ってとこは、ほんとに役に立たない馬鹿馬鹿しい規則があるからな。

最下層の下級生か。

 士官学校なら、上級生と行き合う度に難題……その日の食事のメニューなどを突然質問される。

 だがそれは戦場で必要になることの訓練。どんな状況でも冷静に対処し、必要な伝達をして指揮を取るための訓練と聞いたな。

しかし、ここでは、奴隷?



「でもそれって、学院を卒業してから……報復されないの?」

「よほど高位じゃなければ無理かな。学生は貴族家の後継ぎじゃないから、報復する力はまずないよ。それと教育ってことで見過ごされる……微笑ましい先輩後輩って……」

「女子寮ではないわねぇ。まあ、家柄を鼻にかける娘はお屋敷から通うからね」


 そろそろ帰宅の時間とラドに告げられて解散となった。




 翌日は朝から司書に閲覧したい本の一覧を渡して、片端から走査した。


 午前中で全ての教本を走査し終える。走査も速くなった。

 ごく少数しかない太古語の本は誰も借りないようだった。

 現代語への翻訳が途切れてしまい、もう誰も読めなくなってしまっていた。翻訳されていない太古語の本も借り出したので、司書に不審がられた。


 教本ではない魔法陣や勇者関係の本など、一覧に上げた本はその日の内に走査し終わった。



 次から次と本を積み上げ、読んでいるとは思えない速度で本をめくっていく。そんな十歳の子どもの姿に驚く者もいたが、大抵は冷笑を浮かべていた。

 中にはなぜ子どもを遊ばせていると文句を言う者もいたが、僕に慣れてきた司書たちは取り合わなかった。



「お手数をおかけしました。これで一覧の最後まで読み終えました。ありがとうございました」


 僕は一日中本の出し入れに悩殺された司書たちに礼を言い、五ノ鐘がなる前に図書館を出た。

 「大鹿の角」は情報局の立ち上げに忙しいので、僕について来た屋敷の使用人、影の者に食堂から司書たちにお菓子を差し入れてもらった。




 屋敷に戻り、裏庭の訓練場で標的に向かい、走査した魔法を試してみた。



 詠唱の違いは変数の違いか。弾速、威力、収束の度合い、連射などの変数が違えば、全部別の魔法として教えられている。

 太古語の語彙も増えてきたから、共通する部分を残して変数部分のみ入れ替え、さらに並列化してみて試すと……発動するね。



 リブシェ商会に頼んだ魔道具がいくつか届いていたので、探査、鑑定して分解してみた。

 魔道具の基本は、魔石の魔力を刻まれた魔法陣に流し作用させる。魔法陣も太古語で、その配列や文様は、やっぱり変数を表していた。


 試しに、いくつか魔法陣を書き換えてみた。

 一番簡単な明かりの魔道具は強烈な光を放ち、あっという間に魔石の魔力を使い果たした。

 調理に使う物は溶鉱炉並みの温度になった。こちらも魔力の消費が激しいのと温度に耐えられず、魔道具本体が溶けてしまった。

 おおよそ構造はわかったから、自作も出来そうだ。



 次の日は専門校の図書館の目録走査を終わらせた。学院と同じように食堂があるので、テラス席で閲覧したい本の一覧を書きだす。

 防壁と治癒の教本、魔道具の修理、薬効のある薬草や動物と魔物の部位、医療や人体に関する本を一覧にした。魔石についての本は学院よりも揃っていた。



 なぜ魔物に魔石があるのか。それに魔石の物理的な構造。これらに関する本はないな。ベルグン、バルブロに埋め込まれた魔石の正体を探らないと。

 魔力を流す前の魔石、人体内の魔石を探知する手掛かりがあるといいんだけど。

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