邪魔しないで


 専門校の目録走査完了から二日後に、学院の寮に入った。


 寮は敷地の東側にあり、石と煉瓦造りの二階建ての古い建物だった。男性寮が北側、女性寮はその奥にあり訓練場に面していた。

 僕の部屋は二階にあり、職員が案内してくれた。


 応接室と書斎、主寝室に続く浴室と衣装部屋、側仕えの寝室という造り。屋敷ほどじゃないけど、良い部屋だね。

 好みのものを入れられるよう装飾品類は少なかった。

 一緒に来たラドとヴィエラが、職員と必要なものについて話をするのを横目に、僕は各部屋の窓から外を確認する。

 寝室の窓を開け放ち、夜間の散歩について考えていると、職員が声を掛けてきた。


「エルクさん、いかがでしょうか?」


 ラドがこちらにうなずいてくるのを確認して答える。


「良い部屋ですね。他の部屋も皆このような造りなのでしょうか?」

「いえ、学生の多くが二人部屋です。側仕えのいる学生用に使用人寝室のある部屋もありますが、エルクさんの部屋が一番広くなっています。よろしければ、寮内をご案内します」


 寮生の談話室、食堂などを見て回り、案内の礼を言われた職員は戻っていく。


「側仕えか。あんまり考えていなかったな」

「屋敷から交代でおつけします。エルク様がご不在の時もこちらに詰めさせる予定です。専門校の方も同じ様にいたします。今夜からお部屋を使えるよう、必要なものは今日中に運ばせます」

「わかった、よろしくね。さて、講義見学の続きに行こうかな」



 学院事務室で講義見学の案内を頼み、各講義を見て回った。次の講義に行く廊下で職員に質問する。


「学年の飛び級について、教えてもらえますか?」

「飛び級ですか? わかりました。便宜上学年と呼んでいますが、必ずしも一年間在籍する必要はありません。各講義で課される進級試験に合格すれば、次の学年に上がれます。これからご覧いただくのが一年生の講義です。教授の手が空きましたらお話してみますか?」

「ええ、お願いいたします」



「よし、しばらく暗記の時間だ。後でもう一度詠唱させるからな」


 教授の声に、僕は職員と一緒に演壇に近づいた。


「こちらのエルクさんが飛び級について質問があるそうです」

「エルク? 飛び級? ……君は入学したばかりで、この講義にも一度も出ていないではないか。それなのに飛び級についてだと?」

「ええ、お伺いしたいのは、進級試験についてです。一年生の教本が全部詠唱できれば進級できますか?」

「……ああ、それが進級の条件だが……氷、火、水、土、風魔法でそれぞれ五連続攻撃の詠唱ができなければだめだ」

「詠唱できればいいんですね。試験はいつ行われますか?」

「……はぁ。この子に言ってやれ。講義を受けてから質問しろと。無駄な時間を使わせるな」


 教授は職員に向かって言ったが、この職員は僕の入学試技に立ち会っていた人なんだよねぇ。


「先生、私はエルクさんの入学試技を見ていました。進級試験を受けて飛び級しても不思議には思いません。……職員の身でありながら、勝手な物言い、申し訳ありません」

「な!」


 教授と聞き耳を立てていた一年生の小声が止まり、講義室は静まり返った。改めて、僕を見つめた教授は、不機嫌に口を歪めた。


「それほどのものなら、いま皆に暗記をさせているものが判るか? 答えろ」

「氷の礫ですね。二つの的に同時に攻撃する。詠唱の呪文は……」


 僕は発動の直前まで詠唱する。


「速い!」


 学生から声が上がった。


「……た、確かに、詠唱できるようだな……」

「ええ、三年生用教本までなら全部詠唱できます」

「……氷の槍、五連続攻撃、五つの的! 続けて、三つの的に十連続攻撃!」


 僕はにっこり笑顔で詠唱する。発動はさせない。


「……今年は三年生でもまだやっていない所だ……。わかった。飛び級を希望するんだな。教授会議にかけてやる。他の魔法もそれくらいできればいいんだがね」



 僕は職員と見学に戻り、四ノ鐘の終了の鐘まで案内をしてもらった。この後は講義がないが、多くの学生は自主訓練をする。食堂は混んでいたので寮に戻った。



 寮の玄関には何人かの学生が立っている。学生たちの横を通り、部屋に行った。部屋の準備がまだだったので、談話室で次の閲覧一覧を書き始めた。



「おい緑……おい! 緑!」


 騒がしい声に僕が目を上げると、大きな袋と泥まみれのブーツを手に持った若い男が、談話室の入り口に立っていた。興味がわかなかった僕は書き物に目を戻した。


「おい! そこの緑! 緑のくせに談話室に座るな! これを洗濯しておけ! それとお茶だ!」


 ああ、ドナシアンの言っていた奴隷ってやつか? よくやるなあ。僕はちらりと見て、再び一覧に集中する。



「きさま!」


 僕の肩を掴もうと伸ばされた手は、見えない壁に阻まれた。


「痛っ!」


 僕の防壁で、突き指をしたんだね。ご愁傷さま。


「なに? うるさいなぁ。邪魔しないでくれない?」

「き、きさま! 緑のくせに! 何をした!」

「不用意すぎるね。人に手をかけようなんて、安易にする方が悪い」

「な、何ぃ! 俺は青だぞ! この緑がぁ!」

「緑、緑って、ああ、緑って一年の布のことかぁ。で、あんたが青? 青って何年生? 悪いけど邪魔しないでもらえる?」


「リュックさん、どうしました?」

「ギヨーム、こいつ緑のくせに逆らって、怪我までさせられた!」

「ぷぷ、自業自得って正直に言えなのかねぇ」

「お前、緑なのになぜ談話室に座っている。緑は談話室を使うな」


 ギョームと呼ばれた青い布の学生が僕に凄んできた。

 怖い顔してもねぇ。十五、六の男の子じゃぁ、迫力ないねぇ。


「不思議なことを言うねぇ。ここは寮生の談話室。案内してくれた職員さんも寮生が自由に使えると言ってましたがね」

「ここは緑は使えない。上級生には逆らうな!」

「どうして? なぜ上級生には逆らえないの?」

「なぜ? 緑は最下層だ。上級生の言うことに『はい』以外の答えはない!」


 談話室にいた緑以外の布を付けた学生が寄ってくる。談話室の戸口から、玄関にいた緑の布の学生が覗いていた。


「はぁー……そう、じゃ、はっきりさせようね。ここの、学院と寮の規則のどこにも緑の学年が、談話室を使うのは禁止と書かれていない。勝手に作った規則、論理的理由のない規則に従うつもりはない。以上」


 僕は再び一覧の羊皮紙に目を落とした。


「き、きさま!」


 ギヨームが僕を殴りつける。防壁を思い切り殴る鈍い音がして、悲鳴をあげて拳を押さえてうずくまった。


「ギヨーム! きさまぁ!」


 リュックが蹴ってきたが、同じ様に鈍い音と共に悲鳴を上げる。



「なんでギヨームとリュックの方が悲鳴を上げた?」

「わからない、殴ったのはギヨームのはず」

「あの子何をしたんだ?」


「殴ったね。おやじにも……なんてね。先に殴りかかったのはそっちね。しかし、うかつな奴らだ」


 僕は立ち上がって、うずくまるギヨームと足を押さえるリュックの襟をつかみ、引きずって戸口から放り出した。

 机まで引き返すと、リュックの袋とブーツを、戸口にうずくまる二人に投げつける。


「洗濯なら自分でしろよ。子どもじゃあるいし。あ、子どもはこっちか。子どもに子どもって叱られてちゃ、世話ないねぇ」

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