三男さん
僕は席に戻ると一覧の続きを書きはじめた。
いちいち手で書くのは面倒だな。インクの粒子を文字の形に水魔法で吹き付けたらどうだ?
「君、一年生の君。ちょっといいかな」
小声がかけられたので、僕は目を上げて相手を見た。
「はい、なんでしょう?」
目の前に立っていたのは、金髪に青い目、人の良さそうな優しげな面立ちの青年で、首に銅色の布を巻いている。六年生だね。
「気をつけたほうがいいよ。リュックとギヨームはあまり評判の良くない連中の仲間なんだ。……仕返しが怖くて誰も逆らわない。言うことを聞かないやつは、決闘に引きずり込むんだ。それもパーティー戦の。一緒に戦おうってやつに脅しをかけるから、一対多戦になる。見た所、君は入学したばかりのようだから、仕返しに気をつけたほうがいい」
六年生は一気にまくし立てた。
「ご忠告、感謝します。僕はエルク、一年に入学したばかりです」
「エルク? エルク……ひょっとしてベルグン冒険者のエルク? じゃあ君は十歳かい?」
「ええ、十歳ですが……」
「僕はゲルト、ゲルト・ベルグンだ。父からの連絡にあった……あ、エルク殿下」
「殿下はおやめください。ベルグン伯爵のご子息ですね」
僕は立ち上がって挨拶をする。
「でも、君、いえ、あなたはエルク・コルペラ、ノルフェ王家の方なのでしょう?」
「いいえ、僕は家名を名乗れません。どうぞエルクと呼び捨てで」
僕に座っていいかとゲルトが聞いてくる。机の上を片付けて席を勧めた。
「いいのですか? 僕と一緒にいると、ゲルトさんも巻き添えになるのでは?」
「ゲルト、でいい。まあ、巻き添えになるだろうね。でもエルクにはいろいろ聞きたいこともあるし。僕はこの寮では最上級生だからね。なんとかなるさ」
「ここは全寮制では? 八年までいるのでしょう?」
「まあ、寮生にはなってるけど、五年生くらいから部屋や家を借りたり、屋敷から通うようになるね。だから寮で寝泊まりする上級生は、ほぼいないんだ」
「さっき決闘と言ってましたよね。学生でも決闘って習慣があるの?」
「ああ、あいつらね。あるよ、決闘。軽いものは訓練場で、場合によっては闘技場で行われる。街なかで決闘が始まることもあるね。あいつらは訓練場で、他の学生の前でやるのが常套手段だ」
「……見せしめにして、見てる学生も逆らえないようにするって事か。ほんと幼稚だね」
「幼稚か。くく、冷静だね、エルクは。相当に強いっていうのは、ベルグンからの話しだけでは信じられないんだが、自信家なのかな」
僕はにっこり笑った。
「まあね、僕に勝てる相手は、そういないからね。ふーん、決闘ねぇ。……細かくちょっかいを出されて手間を取らされるのも嫌だなぁ。緑は奴隷だって件もあるし、一回潰しておくか」
「おいおい、穏やかじゃないな。見くびらないほうがいいぞ。あいつらの後ろには公爵家の四男と侯爵家の三男がいるんだ。面倒な相手だ」
「公爵家と侯爵家……でも四男と三男……予備の予備たちか。はは、お笑いだね」
「……さ、三男はつらいんだ……」
「あれ? ゲルトは伯爵家を継ぐんでしょ?」
「それだ。何がどうなったのか、さっぱりわからんが、そういう事になったと連絡が……。いや僕のことじゃない。エルク、あいつらは決闘では負け無しなんだ」
「ふーん、決闘で生き残ってきたのか」
「生き残って……いや、学生の決闘では相手を殺したら、いろいろ不都合だからな。教授たちが審判に入って死者は出ない」
「死者が出ない決闘? それって決闘なの? ずいぶんぬるいこと」
「……」
「あれ? 勝てば総取りかな? 予備の予備じゃ大したことないか」
「で、どっちに申し込む権利があるの? ゲルトはさっきの見てたんでしょ」
「両方だな。殴って蹴りつけられたエルクが、被害者として申し込むことも出来る。怪我をしたとあちらからも申し込める。決闘は申し込んだ方が不利だ。決闘の方法は申し込まれた側が決めるからね」
「ふーん、それがどうして不利になるのかなぁ」
「あいつらは四人での戦いを申し込んでくる。入学したてのエルク側は二人だからな。人数が少ない方が不利だ」
「二人?」
「エルクと僕」
「ありがとう。そう言ってもらえるだけで感謝するよ。でもね、たかが学生四人だからねぇ、助力は必要ないよ」
「いや、あいつらは六年生がリーダーだ。四対一では勝ち目がない」
にっこり笑って、僕は会釈する。
「ゲルト・ベルグン卿、ご心配痛み入る。……でもね、まあ、心配しなくても大丈夫だから。そろそろ準備の確認しに、部屋にもどるよ。またね、ゲルト」
「ああ、気をつけろよ。都合の良い時でいいのでベルグンの事を話してくれないか?」
「ええ、いいですよ」
僕は席を立ってゲルトに手を振りながら談話室を出た。
談話室の前でラドと出会い、寝具の運び込みがまだなので、今夜は屋敷に戻ったほうが良いと謝られた。
「完璧じゃなくても寝れればいいんだけどね」
「そうは参りません。……どうしても追加で準備が必要かと。今夜はお屋敷にお戻りください」
ラドの不自然な説明にうなずいて、大きな声で返事をした。
「じゃあしかたないねぇ。今夜は屋敷に戻るか」
屋敷に戻る馬車の中で、ラドの説明を聞いた。
「エルク様のお部屋は高位の貴族か王族用です。兵を潜ませる隠し部屋、隠し通路がありました。どこにつながっているか。確認するまでお待ちいただいたほうがよいでしょう」
「そう、隠し通路か、面白そうだね。逃走用かな。そうそう、面倒だけど寮の学生を調べさせてくれる? 公爵家の四男と侯爵家の三男。邪魔になりそうなんだ」
「かしこまりました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます