贈り物は大事


 それから三日間は専門校の図書館で過ごした。夜間も。


 図書館を流れる魔力に、僕の魔力を同調させて身にまとう実験をした。

 専門校は聞いた通り警戒が厳重だったが、僕には苦にならないね。夜間に忍び込み、禁書庫まで入ったが、警報などは鳴らなかった。

 翌朝、専門校の様子に注意していたが、忍び込んだことが露見したような動きはなかった。


 禁書庫で魔法陣と魔石に関する興味深い情報が走査できた。以前は魔石についての研究が行われていた形跡があった。

 具体的な研究成果は記されていなかったが、魔力鉱と魔石を使い、魔力の凝縮を行っていたと読み取れる。

魔力の豊富な魔力鉱鉱山に、研究施設らしきものがあったようだった。

 鉱山の分布図の一部と思われるものもあり、ラドとラウノに確認してみると魔王国と聖ポルカセス国の鉱山らしかった。


 こんなふうに学院の図書館にも忍び込めるなら、飛び級しなくてもいいかな。



 翌日は学院に通学した。

 魔王国中央情報局は活動を開始している。ノルフェ王国王都エステルンドの支局と連携を取る道も探す。

 さまざまな事を試行錯誤で進めているが、訓練を兼ねて公安部と活動部隊の中から、エルク部隊が編成された。

 今後は、その日のエルク当番として僕に付いて来ることになった。護衛班はアザレアたちとは、色合いの異なる明るい略装と濃紺のベレー帽を着用させているんだ。

 調査班として付いてくる者たちは、目立たぬよう平服だね。



 事務室で進級試験のことを尋ねると、教授たちの会議が紛糾していると聞かされる。


「一度も講義を取らない者に、進級試験を行えない」


 そう強固に言い張る教授がいる、とのことだった。



「じゃあ、そのセンセイの講義を取ればいいんでしょうか?」

「はい、そうしてもらえれば納得してくれることと思います」

「どのような講義なのでしょう?」

「風魔法の講義です。……風魔法での攻撃は難しいので、講義を取る学生が特に少ないのです……」


 職員が風魔法の教授について教えてくれた。

風魔法には威力のある攻撃が少なく、不人気なので頑固になってしまったらしい。

 おかしくない? 風魔法は教本に忠実なら攻撃力抜群で、応用も豊富なのになぁ。


 ニノ鐘に訓練場で一年、二年、三年までの合同でその講義が行われるというので出席してみることにした。

 見学した時は一年生の講義室での暗唱だったから、威力の確認にも興味がわく。




 訓練場の土塁に囲まれた的の前に学生たちが並び、風魔法を発動していた。

 三年生の青い布を付けた学生の風魔法による空気弾は、丸太についている的の板が揺れる程度の威力だった。

 二年生の中にレーデルがいた。レーデルの風魔法の威力は三年生よりも高く、的の板が割れていた。


 職員が教授に僕を示して話をしている間に、気づいたレーデルが手を振ってきた。振り返す僕の前に、教授が立った。


「おまえがエルクか。進級試験を受けたいなどとふざけたことを。よし、あの的に空気弾を撃ってみろ」


 僕は短杖を取り出して、的の板に向かって空気弾を撃ち出した。的の板は真ん中で二つに割れて落ちた。


「ふむ、威力はあるな。五連弾!」


 板が割れた丸太が、五発の空気弾で、上から削れて短くなる。

 周りの学生が息を呑んだ。


「なんであんなに威力が」

「丸太が削れるなんて……」

「詠唱が速い!」


 三年生からも驚嘆する声が上がった。


「よし! みろ! あれが本来の風魔法だ! エルク、学生たちの空気弾を見ていたろう。お前の空気弾と何が違う?」

「魔力を込める瞬間を、どこに置くか、かな。最初から最後まで均等に込めるのではなく、その込め方に違いがある」

「その通りだ。だがそれには詠唱の熟達と、自分の魔力を熟知する訓練が不可欠だ。……それでも、実際にうまくいかせるのは難しい。訓練あるのみだ」


 まあ、魔力もだけど、呪文のどこが威力で速度なのか、がわからないからだろうね。それと風、空気は物質であると理解してないからだな。難しいわけだ。


「エルク、他にできることは?」

「うーん、僕は風魔法が一番応用がきくと思ってるよ。例えば相手を殺さずに無力化することも、肉片に切り刻むことも出来る」


 そう言うと僕はレーデルをちらりと見て、短くなった丸太の隣を狙い空気弾を放った。

 丸太の上から下まで、十数発の空気弾が当たり小刻みに揺れる。揺れはするが、丸太は削れていない。


「このくらいで、相手は失神するかな。相手を殺すなら風の刃だね」


 同じ丸太に、薄く平たい空気弾を放つ。的の板に交差する傷が刻まれた。


「肉片にするなら旋風かな」


 丸太の根本から旋風が起こり、うねる空気の渦が丸太を削った。


「まあ、これが人の体なら肉片になるね」


 丸太は上から下まで削られ、細くなっていた。



「さらにさらに、火魔法と合わせるとこうなる」


 すぐ隣の丸太にまた旋風が起こる。短杖から火の玉が打ち出され、十数発が吸い込まれて火炎旋風になった。旋風が収まると、丸太は消し炭のようになって崩れ落ちた。



 教授を含め職員も学生も、呆気にとられている。


「火の旋風……」

「風の刃、旋風で削るなんて……」


「……わかった。エルクの進級試験を認める。だが、こんな応用ができるなら……何年生にすればいい……」


 教授から職員に何事か話され、職員は僕に大きくうなずいて事務室に戻っていった。



「よし、今見たエルクの風魔法が、お前たちが到達すべき場所だ。だが……正直に言おう。俺でもできん。俺も訓練しなおす。各自この後は自主訓練だ。魔力切れに注意しろよ!」


 教授自ら的に向かい、初歩の空気弾から練習を始めた。



 レーデルが僕のそばに寄ってくる。ほのかに良い香りがしてくる。僕はブルッと身震いしてしまった。


「意味ありげに私を見たってことは、あの夜、あの男たちに使ったのね、空気弾」

「ご明察。殺してしまうとジョエルのことが聞き出せなかったからね。……レーデルも風魔法取ってるんだね」

「ええ、全ての魔法の講義を取ってるわ。……ねえ、さっき魔力を込める瞬間の事を言ってたけど……。ちょっと耳を貸して」


 レーデルが屈んで、僕の耳元でささやいた。


「エルク、あなた、太古語がわかるんでしょ?」

「……太古語?」

「とぼけてもだめ。呪文が太古語なのは知ってるわ。エルフの母から聞いてる」

「……」

「エルフでも太古語がわかる者はごく少ない。もう人間は忘れてしまった。元々自分たちの言葉じゃないから。……でも調べたくても太古語の基本がわかる資料がないのよ、図書館にも。太古語がわかれば魔法をもっと使いこなせるのに」


 困ったな。敵になるかもしれないレーデルに教えるのは危険か。

 僕は素知らぬ顔をしてレーデルに答えた。


「僕も師匠から少し教えてもらっただけだよ」

「師匠? 誰かしら? ……太古語の事を知ってるなら、教えを受けたい」

「僕も本名は知らないんだ。しばらく世間で勉強してこいって放り出されて、連絡するすべもない」

「……そう、残念ね。……あ、こうしよう! うんうん、そう、それがいい! 私エルクに弟子入りするわ!」

「はい?」

「教授も出来ない、あんなすごい魔法! 風魔法に火魔法を加える! 師匠、よろしくお願いします」


 うっ、レーデルに師匠って呼ばれると、一気に年寄りになった気がする! そりゃそうなんだけど、いやだなぁ。


「やめて、師匠呼ばわりしないで。レーデルの方が年上でしょ?」

「年は関係ないわ。師匠からどうしても教わりたいの。いいでしょ、師匠」

「……やめて。お願いだから、エルクで。……この帽子あげるから勘弁して。……エルクって呼んで」


 にこにこ笑うレーデルに赤白橡あかしろつるばみのベレー帽を渡した。記章はついていない。


「あら、これって。エルクと同じ帽子。でも色が違うのね」

「うん、色には意味があってね。僕と同じ色のものはあげられないから。レーデルに似合いそうな、高貴な色にしたんだ」

「ありがとう、嬉しい。……どう、似合う?」

「うん、似合うよ。とっても綺麗だ」


 レーデルはほんのり頬を赤らめ、いつまでも帽子に触れていた。

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