試技、ふたたび


 図書館で目録を走査していると、閲覧室を利用する学生たちの小声が聞こえてきた。


「あの娘、誰だろう? 変わった服を着てるがきれいな娘だ」

「娘? 男の子じゃないの?」

「……あんな速さでめくって、遊んでるのか? 子どもがなぜ図書館で遊んでる?」

「いや、あの色、一年か? あの年で?」

「……きれいな子。あ、いま笑った。笑顔もきれいだわ」


 門が閉まる鐘の前に、司書が閉館を告げた。



 屋敷に帰ると、セリアから専門校に入学が許可され、試技が明日であると連絡が入っていた。


 夕食後にみんなに話をした。


「明日も試技があるけど、目標の図書館には入れた。まだ全部ではないけれど、蔵書の確認を始められた。皆のおかげだ、ありがとう。それで、魔王国中央情報局の件もあるが、皆交代で休みをとってもらいたい」


 全員が顔を見合わせて、アザレアが尋ねてきた。


「……休みですか? 毎晩休息は十分にとっていますが……」

「そういう休みではなくてね……僕が言ってるのは見聞を広める休みだよ。……アザレア、服屋さんで服を買ったことはある?」

「いえ、ありません。エルク様のお作りなったものをいただきましたから」

「うーん、じゃあ、お菓子は好き?」

「……はい。エルク様と旅をするようになってから、初めて食べたお菓子が美味しくて」


 ちょっと赤くなってそう言った。


「うん。休めといって、仕事の話をするのは変だけど。これからの魔王国のために『楽しいこと』を探してほしいんだ。たとえば、美味しいお菓子や料理を探す、どんな服を自分は好きかとか。何色が好きか。……市場調査で、どんな物がいくらで売られているか。どうやって買い物するかとかね。そこで、交代で例えば五日働いて二日休みとか、予定を立てて休暇を取って欲しいんだ」

「休暇ですか……」


 再び皆顔を見合わせた。

 つい、思いつきをそのまま言ってしまったけど、うーん、要検討だな。


「……後で、僕が考えていることを羊皮紙に書いて渡すよ。さて、今日レーデルと知り合いになったけど、その件を報告してくれない?」

「はい。あの男たちの組織を探らせています。まだ結果は出ていません。ブーシェ男爵自身は知らないようですが、男爵より高位の者が指示を出している様子があります。誰かが娘のネリーに父親からと手紙を渡し、レーデル殿下を誘い出したと考えられます」

「ブーシェ男爵に近い者が関わっているか。しかし、レーデルも簡単に誘い出されるなぁ……護衛も撒かれるし……いや、知っててか?」

「はい、今日の学内での様子からは、護衛というよりも監視者かと。ブーシェ男爵の屋敷の下働きと接触しています。今回の件は、魔王国中央情報局の演習、協力者を作る訓練にもさせていただきます」

「うん、わかった。ブーシェ男爵、姉のネリー、弟のジョエルの警護も演習に使ってね。レーデルは……学院全体を洗うか……どうやら、パルム……フラゼッタ王国の人物相関図も詳細が必要だね」




 翌日はまたセリアが来てくれて、専門校に向かった。

 専門校は職人街の西側、北門の近く、煉瓦の塀に囲まれた所だった。幾つかある門には門衛が数人立ち、塀の外側も同じ制服の門衛が巡回していた。


「専門校には大量の魔石や魔力鉱、高価な魔道具があります。学院より警備が厳重です。それでも盗みに入ろうという者が後を絶ちません」


 セリアが門衛に書類を見せ、正面の入口から案内されて応接室に通された。

ラド、アザレアが背後、扉の左右にオディー、ラウノが立つ。専門校の校長と、学部長と紹介された男性と女性の挨拶を受け、試技を行うため建物一階の部屋に案内された。



 前に演壇があり、大きな机と長椅子が演壇に向かって並んでいる。示された椅子に座った。


「学院の試技を通って入学が決まっているとか」

「どうしてこっちに? 学院はいかないの?」

「いや、両方で学びたいらしい……」

「何も知らない子どもだという話だが……ただでさえ時間がないのに、迷惑な……」


 部屋の外から会話が聞こえてきた。四人の中年の男女が入ってきた。

 試技を審査する教授と紹介されて、僕の前後に二人ずつ、四人の教授が立った。


 職員が金属の箱と平たい魔道具らしきものを僕の前においた。

 魔道具は木と金属で作られ、真ん中にくぼみがある。くぼみの左右に金属の半球が取り付けられている。


「では、魔法工学の試技から行います。魔石に魔力を充填する試技です。目の前にあるのは充魔器です。術者の魔力を増幅して、魔力のなくなった魔石に魔力を充填します。箱から魔石を取り出して、くぼみに載せてください」


 箱に入っていたのは色の失われた黒い魔石で、大きさは指先くらい。くぼみに載せて両脇の金属球から魔力を込めるようだ。


「では金属球に手を置いてください。訓練された学生は、魔石を満たすのに一時間ほどかかります。ご自分の最大量の魔力を注いでください。では、手のひらから魔力を流してください」


 魔力の増幅? どんな仕組みなんだ? 鑑定しても、仕組みがよくわからないな……この魔石はどんな魔物かな。角ウサギか。最大量で一気に満たすと魔石を壊しそうだね。細く、少量ずつかな。


 流し始めた瞬間に、魔石が白く発光した。あわてて流すのを止めたが、みるみる形が崩れ、蝋のように溶けてしまった。


「えっ!」

「あらら、溶けちゃった。これでも込めすぎか、短杖より脆いのか」


「……魔石が溶けた? いやあんなに……溶けるなんて見たことがない!」

「……そ、そんな……。ちょっとお待ち下さい……」


 職員は四人の教授と相談を始めた。



「何が起きたのか、魔石が溶ける現象について理由が不明です。もう一度行っていただきます」


 そう職員が言って新しい充魔器を用意した。


「今度は大きい魔石を使います。灰色狼のものです」


 そう言って、僕に渡したのとは別の箱から、先程より大きな魔石を取り出してくぼみに載せる。

 ベルグンの灰色狼より小さいな。


「ではお願いします」


 細くしても増幅されて込めすぎになるのか? ごくごく、本当に細く、細くだ。

 僕が魔力を流し始めると、すぐに黒から赤に変わった。ベルグンの灰色狼のものと同じぐらいになった所で止める。


「速い!」

「これくらいでしょうか?」

「……ええ、ええ、これで結構です! いかがでしょうか?」

「……ふむ、今度は溶けんか。……だが、なぜ溶けた……魔力の込め過ぎがあっても溶けるなど……」

「もしこの魔石に過大な魔力を込めたら溶ける……熱か? 鉄が溶けるように熱? ……いやそれでは……」


 職員の声が届かないようで、二人の教授が溶けた理由について議論し始めた。


「エルクさんの試技は合格でよろしいでしょうか?」

「……溶ける理由も調べねばならん。合格で良い。込める魔力量か?」

「魔力量か……それは確かにあるかもしれん……だがそうすると……」


「エルクさん、魔法工学は合格です。次は支援魔法です。訓練場に場所を移します」

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