王城潜入


 その後は長い会議になった。

 ガランたちとの、記憶と変身の話題で気がついた。


 「狂乱」に関する記録、記憶、伝承はなかったけど……。

 そもそも「狂乱」ってなんだ?

 ルキフェから「狂乱」と聞いただけだ。

 ガランは「狂乱」を知らなかった……もし、他のものをそう表現しただけだとしたら……。



「ラド、新たなお願いなんだけど……」

「はい、エルク様」

「ガランや魔王国のクラレンスたちから情報を集めて欲しい。ルキフェが復活した時に自分たちに何が起こったのか。『狂乱』とルキフェから聞いたけど、僕が思っていたものとは違うものなのかもしれない。その時の様子を、経験した者たちから聞き取りをして分析してほしい」

「……『狂乱』の分析……」

「うん、てっきり狂乱魔法というものがあって、皆その影響を受けたと思っていたが……僕の早とちりかもしれないんだ。僕が間違えていたのかもしれない」

「エルク様が……」

「ガラン、人種、女性に変身して、竜でいる時と違っていることはない?」

「違っていること……この姿では火が吐けません……飛べません……力も弱まり……先程出していただいた人間の食べ物、味わいが違って感じられて、大変美味しく……人間と自分を考えていたり、でしょうか?」


 ガランが小首をひねって考える姿は、とても女性らしい。


「味わいが違う、自分を人間と……。感覚や考えも変わるのなら、『狂乱』とはそうなのかもしれない……」



「……ねえ、ガラン。こんな事聞いてごめんなさい。……竜から人間……人間から竜……その……服はどうなるの? 裸?」

「エルク様。……裸です。人種の服を着たまま竜に戻ると破けます」

「パルムに入る時に困らなかった? 人種は人前では裸で歩かないから……その」

「クラレンスに相談しました。エルク様が魔王国からの者に求められたことは、人間に紛れること。私たちの変身におかしな所がないか見せました。裸では問題があると、宝物庫に入れなかったアイテムパックを借りています。元の姿の時はパックの革紐を咥えています」

「よかった」

「火は吐けなくなりますが……」



「ヴィエラ、アザレア、お願いがある」

「はい」

「ガラン、ホーロラ、スランに教えてやってほしいんだ。人として、女性として街で暮らしてもおかしくないように、いろいろとね。一人でも行動できるようにね」

「わかりました」



 ガランたちがヴィエラたちの教えを受けている間、僕はラドと書斎にいく。


「来てくれたばかりだが、ガランと里に相談に行って欲しい。今朝レオナインとは話したけれど、ガランの存在で事情が変わった。……距離と時間が短縮できる」

「はい」

「それと、今夜から、僕が王宮と聖教会を探ろうと思う」

「すみません。未だ情報を探り出せておらず」

「謝らなくていいよ。ラドのせいでも情報部のせいでもない。ガランが事態を動かしてくれたおかげだよ。それに忍び込んで探るのに、一番適任なのは僕だ。王都エステルンドでもやったしね。今度は女装しないけど。でね、忍び込むためのいろいろな情報がほしいんだ」

「はい」

「ほしい情報は……」



「次ね。レオナインとの相談は、こういう結果がほしい……」




 その夜、僕は王城の上に浮かんでいた。

 情報部からの概略図と実際の王城を比較する。


 魔力を同調することで夜間監視網を抜け、警備兵の詰め所に向かった。


 天井に張り付き警備兵の動きを監視し、巡回、交代時間、交代要員を把握した。詰め所の書類からは、王城の大まかな間取り図を手に入れる。

 親衛騎士団の詰め所に忍び込み、同じ様に監視することで王族の居室、来客の予定、警備が必要なほど重要な部屋を割り出した。


 天井近くの暗がりを移動して、王城に数カ所ある台所を回った。

 夜明けまではまだしばらく時間があるが、下働きの人間は働きだしていた。火を起こして回る者、料理用魔道具に魔石を用意する者、下働きを監督する者。その動きを基に総料理長の事務室を突き止め、書類を走査する。

 料理材料の発注と入荷状況、用意する量、食べる人数、届ける部屋。


 親衛騎士団の来客の予定と突き合わせている所に人が近づいてきた。事務室の外に立ち、鍵を使った瞬間に、風魔法で隣の部屋の扉を揺らした。

 物音に人の気配が遠ざかる。すばやく書類を戻し、浮かんで天井に張りつく。

 再び人が近づき、今度は扉を開けて入って来た。僕は空けられた扉の上部をするりと抜け出した。


 夜明けとともに動き出した王城内を、人の流れに付いて行き、僕は動き回った。




 欲しい情報は、「本当にギリス王国侵略を目論んでいるのか」の確証。フラゼッタ王国首脳部の考えの把握だった。把握したいそれらの情報がある部署は、財務。

 フラゼッタ王国、王室、派遣される王国軍の会計情報が知りたかった。


 軍を使って侵略するには、とてつもなく軍費がかかる。単純に兵を招集しただけでも大金が出ていく。

 人件費はもちろんだが、兵は食べさせなくてはならない。さらには騎乗する馬、予備の馬たち、飼料、運ぶ荷馬車。戦闘員ではない人員、側仕えたちも。

 食料や補給物資を十分に用意せず、輸送の手段も確保せず、全てを現地調達で賄うつもりなら、勝利を得るには相当苦労することになる。

 侵略される側からの抵抗を予想して、時間と物資に余裕を持たせなければ、いたずらに兵を死なせるだけだ。

 軍費の調達状況がわかれば予測ができる。



 欲しい情報の二つ目は、侵略の戦略情報。侵略の落としどころを、何処にしようとしているのか。


 使った軍費と人的資源は、補完されなくては国が潰れる。そこを見誤る指導者は精神異常者だ。


 経済的に見合うものを何処と定めているか。単純な鉱山奪取だけでは割りに合わない。金に変えるまでに時間がかかりすぎる。ギリス王国を併呑してまかなえるかが、問題になる。

 辺境大山脈、辺境大森林……魔王国への侵攻、侵略も視野に入っているかを確認しなくてはならない。


 さらに、他国、他組織との調整をどう考えているか。

 特に、聖教会は魔王討伐以外の消耗を嫌うはずだ。軋轢あつれきをどう処理するのかが重要になる。

 もしも聖教会がフラゼッタ王の考えを読んでいたら……僕の予測が当たることになる。僕がそれに便乗するのも、一つの手ではある……。




 それから三日間、僕は王城を探り続けた。


 ガラン、ラドミールとは念話で連絡を取り合った。

 屋敷に残るアザレア、ヴィエラとは、ホーロラ、スランを通して連絡を取り合う。レーデル、ベランジェから伝言が入っていた。


 僕は四日目の朝に、屋敷に戻った。

 調査結果は報告書としてまとめ、情報部に提出した。

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