次は裏から聖教会に
情報部への提出と打ち合わせを終え、学院に登校した。
ベランジェを探し、寮の談話室で話をした。
「こんにちは、ベランジェ。伝言ありがとう。寮にいなくて申し訳なかったね」
「やあ、エルク。いいんだ、専門校にも通ってるんだろ? 忙しそうだな」
「うん、勉強することがたくさんあるからね」
「熱心だな。あの話は、父の了解をもらっている。いつでもいいぞ」
「ありがとう。では……レーデルにつける侍女は、リブシェ商会からの行儀見習い名目で三名行かせるよ」
「最初の三名だな。そちらはうちの準男爵家と騎士家の養女として、離宮に入ってもらうことになっている。バランド公爵家派閥ではあまり表に出ていない家だ」
「うん。その次の四名だけど、日をおいて行ってもらう」
「離宮の侍女は、バランド公爵家、ロドリグのデュルケーム侯爵家、リュックのプレヴェール伯爵家、ギヨームのバラデュール子爵家の縁者として入ってもらう」
「ありがとう。手間をかけさせるね」
「いや、気にするな。なにかな、ワクワクするんだ。いままで……他人の思惑、策に踊らされる方だったからな。それが今回は自分で関われる」
「……じいやが注意しておくよ、あまりのめり込んで火傷しないようにね。って僕が言っても説得力はないね」
「はは」
レーデルの警護に、僕とラドの訓練を受けた活動部隊の女性三人。レーデルの母と妹に、同じく四名を侍女としてつける。平民では侍女として城には入れない。
頼み事で、ベランジェに接近したのには、別な意図もあるんだけどね。
レーデルとは学生食堂で落ち合った。
「母から辺境大森林への留学を認めてもらったわ……都合のいいことに、母の一族から使者が来るって先触れがあったから、王室内でも認めてもらえそうなの」
「それは良かったね。こちらも護衛の手配が済んだよ。一緒に辺境大森林に行ってもらう侍女と離宮で警護する侍女を行かせるよ」
「……その侍女さんたちって……エルクのなに? ……弟子?」
僕は、レーデルをまっすぐに見つめた。
「……僕が、王家に関わりがあるって話は知っているよね?」
「ええ、オルガお姉さまから……」
「これはここだけの話だよ。これからする話は内密にしてほしい。いいね」
「ええ、わかったわ」
「ある日突然、見知らぬ王位請求者が現れたら、何が起きる? よく知られた王位継承者でなければ、亡き者にしようとする者が出るだろう。僕はそれに対抗しなくてはならない。一人きりで、名乗りを上げるわけにはいかない」
レーデルがうなずいた。
「今、学院に通いながら、僕の部下たち、僕の軍を秘密裏に整えている。彼女たちは僕に忠誠を誓ってくれる、僕の家臣たちなんだ」
「エルクの家臣……」
「だから、主の僕が守りたい人、レーデルに対しても真摯に護衛をしてくれる」
「……守りたい人……」
食堂に僕の側仕えが来て、聖教会から使いが来たと教えてくれた。レーデルと別れて寮にもどる。
聖教会からの呼び出しか。明日のニノ鐘……今夜はやめておいたほうが……いや、呼び出しを話題にするかもしれないな。
寮から屋敷に戻り、光学迷彩を使って、聖教会に侵入することにした。
王城より神経を使わなくてはならない。
なんらかの探知装置が、それも王城以上のものがある前提でいかないと、足元をすくわれる。
聖教会は、魔王によるとされる病気の治癒を願い、また快癒を感謝して勇者に祈る街の人、聖教会が用意した治癒師を訪ねる人、多くの出入りがある。
広場や司教のメダルにある剣を握った拳は、勇者が聖剣を天にかざす姿を表したもので人々が祈りを捧げると、聖教会からもらったものに書かれていた。
寄付をする名目で、リブシェ商会が聖教会に入る。
馬車内で、光学迷彩を発動させ、商会の使用人が降りるのに合わせて、敷地の人影のない場所に飛ぶ。
物陰から入口正面の建物の屋根に浮かび上がり、屋根すれすれに浮かんで辺りを探知する。魔力の流れや間抜け罠の類も確認できなかった。
敷地内を調べていくと、南側にある納屋の一部で多くの犬が飼われていた。
夜間の警備用? 犬を使っているのかな。
西側の建物は門衛や使用人、下働きの宿舎で、その横にある別棟のトイレに入り込んだ。
影からの下働きには、予め指示が出されている。
トイレの天井裏から、隠してくれた間取り図と人員、人名表を回収して宿舎の各部屋を調べる。
門衛たちの控室、台所を見て回り、聖教会の人数や予定を手に入れていった。
ボリバル司祭と面談した白い建物に、白いローブ姿が一番多く出入りしている。
白い漆喰壁の建物、採光用の窓は不要なのか、鎧戸がつけられた換気用と思われる狭間窓がほとんどだった。
建物横の扉から出入りする白ローブの後ろについて侵入した。
天井付近に浮かびながら時間をかけて部屋の位置関係、出入りする白ローブを確認していった。
下働きからの情報では、装飾のない白ローブは助祭、襟に刺繍がついている者は司祭、さらに肩、胸に刺繍がついている白ローブが司教。
パルムには司教、司祭が三人ずついる。白い建物から渡り廊下でつながる別棟が、司教、司祭、助祭たちの居室になっている。
日が傾いた頃に、部屋の明かりが消され、白ローブが渡り廊下と玄関から出ていった。僕に関する会話はない。
床に粗相の跡や爪の傷が見受けられないから、夜間屋内に犬が放されることはなさそうだな。
玄関に近い部屋から中を探索していった。どの扉も鍵が掛けられているが、魔力を細く伸ばして解錠していく。
聖ポルカセス国を含めた組織全体の情報が手に入った。
国をまたいだ配置転換があるような組織なら、司祭以上の組織図がないと不便だからね。
配置転換は癒着防止もあるんだろうけど……その度に書き換えが必要で、重要なものって認識が薄れていってるのか。
おかげで、目に付きやすい所に置いてくれてる。
聖教会の頂点は「主座」、その下に「主座会議議員」か。
他は部署の名称だけ。担当業務が推測しづらいなぁ。この「諜報」ってのが情報機関? 普通は秘密にして、組織図に記載しないから別のもの?
空が白み始めるころまで探索を続け、玄関から外に出て鍵を元通りに掛けた。
探索終了で油断しちゃったね。ほんと、この詰めの甘い、抜けた所は直さないとなぁ。
そう思いながらゆっくりと振り向くと、五頭の黒い犬がこちらを向いて立っていた。
光学迷彩に頼って、隠蔽魔法を使っていなかったからな。何か感じるんだろうな。匂いか呼吸、音、空気の流れ、あるいは魔力の流れか?
犬たちは視覚をごまかす光学迷彩には騙されず、じっと僕を見つめていた。
吠えないように訓練を受けてるってことか。
攻撃専門かな。少しの動きが攻撃を誘発しそうだね。殺すのはかわいそうだしな。
僕は光学迷彩を解いて、犬たちを見つめる視線に気迫を込めた。
五頭の犬が一斉にビクリと動いた。
視線を僕から外し、耳を寝かせ、尻尾を後足の間に挟み込む。五頭全部が震えだし、腰が引け、粗祖をしながら後退った。
一頭が地面に腹をつけさらに激しく震えだすと、全ての犬たちも激しく震えだした。
ごめんね、怖がらせて。僕はもう行くから。光学迷彩を起動して浮かび上がり、塀を越えて屋敷に帰った。
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